はぐれ狼のアリア 4
「知り合いの探偵がいるんだが、……まあ、オレの後ろにいとけよ」
「そんなに危ない方なんですか?」
「いや、そうじゃねえんだが……」
「?」
何と説明したら良いものか、という様子で小さく首を捻りながらも、少し進んだところにある色がくすんだ鉄階段を昇る。
その先は通路を挟んで左右に部屋があるアパートで、廊下の照明は故障しているせいでほとんど足元しか見えない。
「段差あるぞ」
「キャッ!?」
「おっと。気を付けろよマジで」
雰囲気を感じ取ることに夢中で話を聞いていなかったヨルは、思い切り引っかけてザクロの胸に顔面で飛び込んでしまった。
「……」
「――スマン、煙草臭えな」
なにやら思考回路が詰まってフリーズした様子のヨルを、ザクロはそっと肩をつかんで自分から離した。
「いえっ、そんなにでもないですから……っ」
「そうか」
ヨルの顔は全体が真っ赤だったが、薄暗いためにザクロは気が付かなかった。
「おーい、アリエルいるか?」
非常口マークが付いた、磨りガラスの片開き窓が付いた廊下の突き当たりまで行くと、その右にある鉄製のドアをやや雑にノックしてザクロは家主に呼びかけた。
「やーやー。久しぶりでも分かるその借金取りノックはクローちゃん」
中から顔を出したのは、背丈が2メートル近くはあるモサモサした長髪の女性だった。
「寝起きか?」
「セットミスってね」
「そいつぁ災難だな」
「んんー? ところで、その後ろにいる良い匂いの娘さん誰よ?」
アリエルと呼ばれた彼女本人は朗らかだが、ザクロが痩せて見える程の筋肉質な身体によってかなりの威圧感を放っている。
「ヨルだ。訳あってオレの船に乗っけててな」
「ど、どうも……」
完全に気圧されているヨルは、ザクロに身体を半分以上隠して会釈した。
「ほうほう。ヒュウガのご令嬢の行方はここ――」
「おいコラッ」
「わーお、熱烈なご訪問だ」
「お
立ち話にも関わらず、色々と面倒事の種になりそうな事を言ったため、ザクロはヨルを引っ張り込んで慌ててドアを閉めた。
部屋の中は外と違って木造風の内装になっていて、15メートル程の廊下の突き当たりには、彫り細工が施された重厚な木製ドアの先がアリエルの執務室になっている。
廊下の右側にも同じドアがいくつか並んでいるが、1番奥の1つ以外は全て立ち入り禁止というプレートが貼られていた。
「スマンなヨル。コイツはこういうヤツなんだ。おら謝れアホ探偵」
「アホは心外だなあ。まあ、ともかくごめんねー」
「ああいえ。でもその、どなたもいらっしゃらない様なので大丈夫かと……」
「良く分かったね? 他の部屋は全部ダミーなんだ」
「へっ?」
「コイツ割と命狙われてたりするからな」
「そうそう。いろんな所に首突っこむから、反社連中に怨みをめっちゃかっててね」
困っちゃうね、と言って、ヘラヘラしている彼女の後ろに広がっている雑然とした様子の執務室は、壁にびっしり銃器が並んでいたり、床に弾薬が山積みになっていたりしていた。
「とりあえずそこでゆっくりしていってくれよ」
「おう。コーヒー出せ」
「当然の様に言ってくれるなぁ。ライク品でいい?」
「おう。ヨルはなんかいるか?」
「ああいえ、喉は渇いてませんので……」
それが一覧できる位置にある応接セットに通され、ザクロはどっかりと座って飲み物を要求し、その隣にちょこんと座るヨルは落ち着かない様子でそう言った。
「謙虚だねぇ」
対面式のキッチンにいるアリエルは、ニコチンリキッドのカートリッジを交換しているザクロをやれやれ、と言った様子で小さく笑って見やりつつプリンターを操作する。
「あのう、ビーム銃は使われないんですか?」
しばらくキョロキョロしていたヨルは、コーヒー2杯を持って対面に座ったアリエルへ、おずおずといった様子で訊いた。
「クサカベ式が嫌いってわけじゃないんだけど、やっぱり重さがあると鉄火場でも落ち着くんだよね」
「なるほど……」
「で、なんのご相談かな? ユノ・オギノメの件ならツケでいいよ」
「恩に着るぜ」
アリエルがしれっと自身の金欠まで把握していた事について、ザクロは何も言わずにそう言ってアリエルから紙の資料を受け取る。
「……本当にコイツ、あのオギノメか?」
「驚いた事にあのオギノメだよ」
不思議そうに顔をしかめるザクロに対して、アリエルは予想していた様にニヤリと笑う。
「家は?」
「そこはあっちこっちフェイクの名義があって掴めなかったね」
「流石にそのクセは抜けなかったか」
「まあ可能性が高いところは3枚目をご覧下さい」
「お。気が利いてるじゃねぇの」
さらっと目を通す限り、マキ・ハギワラを名乗っている彼女は、散々やって来たテロ行為は一切働いておらず、移住者として特に問題なく生活している様子など、
「まあでも、だからっつって罪が消えるもんでもねぇからな。すまねえがとっ捕まえてメシのタネにさせて貰うぜ」
「私は良いよ。別に大口というわけでもないからねえ」
「お前はそういうヤツだもんな」
「ヨルちゃん、ちょっとザクロの言い方だと語弊があるんだけど、こっちに利益があるなら丁重に扱うからね?」
「あっ、はい?」
横から資料を覗き込んでいたヨルは、全く話を聞いていなかった様子できょとんとしていた。
「じゃ、一応様子を見にはいくか」
「行ってらっしゃい。なんならヨルちゃん預かろっか?」
「お前んとこの方がよっぽど危険だっつの」
「まーそうか。いつカチコミかけられるか分からないもんねぇ」
「そうじゃなくてもご一緒するつもりですのでっ」
「いや、
「そんなぁ……」
「鉄火場でドジったら死ぬからダメに決まってるだろ。足手まといになられても困る」
「それはそうですね……。はい……」
悲しみオーラ全開で見上げてくるヨルに、ザクロは罪悪感からかたじろぐも、きっぱりとそう言って彼女に納得させた。
「……あー、その、なんだ。スマン足手まといは言い方がダメだな。留守番っつうかな……。アレだ。万が一があるから
自己嫌悪で完全に意気消沈して
「なるほどっ。お任せ下さいっ! 思い出とかたくさん詰まったお
「そういうこった」
ちゃんと期待されている事を明言され、ヨルは、フンス、と鼻息を荒くして大きく1つ頷いた。
「ところでその、探偵さん?」
「アリエルでいいよ。お手洗いはあの出てすぐのドアだから」
「あっ、ありがとうございますっ」
訊くより先に答えを言われ、やや恥ずかしそうにしながらもヨルはお手洗いにそそくさと駆け込んだ。
「――随分と優しくなったね。レイちゃんのおかげかな?」
「――ヨルの前で絶対に言うなよ。ぶっ殺すぞ」
ギリギリ聞こえる程度の小声で同情する様に頷いて言うアリエルに、同じぐらいの声量だがドスを効かせてザクロは返した。
「と思ってたらいきなり物騒だなぁ。振れ幅が変わっただけか」
アリエルはわざとらしく自分を抱きしめ、おお恐、と震える真似をして言った。
「そうホイホイ変われるほど器用じゃねぇの」
「どうやらそのようだね。せっかく禁煙成功してるんだから目の前では止めてもらえる?」
「スマン。つい」
ヨルがいないのでごく自然に煙草をくわえてしまい、
「あれ? ニコチンリキッド吸うの。あんなにケチョンケチョンに言ってたのに」
その代わりにリキッド式のパイプを取りだしマズそうに吸うザクロを見て、アリエルは身を乗り出してまで興味深そうにそう言った。
「
「ふーん」
「ニヤニヤすんな」
腕を組んだアリエルにわざとらしくにやけられ、ザクロは居心地悪そうにしかめた顔を彼女から逸らした。
「ぴえッ」
するとちょうどその視線の先にあるトイレからヨルが出てきて、完全に油断していた彼女は目がピッタリ合ってビクッと身体を震わせ、
「遅くてキレてたとか、そういうのじゃねえから安心しろ」
「そ、そうですか……」
説明を聞いて胸をなで下ろした。
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