はぐれ狼のアリア 3

『なんて顔してるのよザクロ……。せっかくのいい顔が台無しじゃない……』

『んな顔色悪けりゃ当然だろ! なんで……ッ』

『こればっかりは……、地球育ちは仕方ないわよ……。運が悪かったの……』

『なんとかなるだろ! 諦めんなよ!』

『ありがとう……、ザクロ……。私……、あの日から……、ずっと……、楽し、かった、わ……』

『――おい……? レイッ!』


「クロー殿」

「――ん? なんか言ったか?」

「火」

「あ? あっつッ!?」


 レイの命日の、フライフィッシュⅡコクピットの記憶の中にいたザクロは、バンジが煙管で指したフィルターだけになった手元の煙草を灰皿に慌てて放り込んだ。


「メアあんがとよ。危うくまた火傷するところだったぜ……」

「ザクロ。お前がボンヤリするとか珍しいな?」

「……おい、いいのか? 素に戻ってるぞ」

「誰のせいだと思ってんだよ。お前、それでいつか死ぬぞ」

「どうせもう9歳からこっち、人生延長戦してるみてぇなもんだから、それでも良いけどな」

「3回の表にも入ってないのに、なーにを達観したこと言ってるんだか」

「まあそんときゃリリーフ頼むわ」

「ヨルちゃんがそれでいいって言うわけないだろうに」

「……。なんでヨルの話になってんだ」

「リリーフっていうから」

「……」

「あのー、呼びました?」

「いいや。今夜の食事の話でござるよー」

「あっ、なるほど」


 ザクロが押し黙ったところで、ヨルが船室から呼びかけてきて、バンジは額のサングラスをサッと下ろし、顔を枠からひょっこり出してそうごまかした。


「件のコロニーってあれだろ、養殖物の野菜とか食えるんだっけか?」

「うむ。食糧生産にかなりの予算をつぎ込んでいるようでござるからな。ひと味もふた味も違うものが出てくるに違いないでござる」

「いや調べてねぇのかよ」

「いやあ、綱渡りする案件が一つあったもので、細かい所までは手が回らなかったんでござる」

「なら仕方ねぇか」

「まま、開けてみてのからのお楽しみ、ということで」

「おばけのつづらじゃねぇといいがな」

「まーたそういう縁起でも無いことを」


 と、完全に冗談でそんな事を言い、がっはっは、高笑いした2人だったが、


「……。なんでぇ、ウチの船にのってるのと同じ味じゃねぇか」

「あっれぇ?」


 バンジの奢りでふらっと入った、『RW-99』のホットドッグ店で出てきたのは、普通のライク品3Dプリンター製のものだった。


 入船審査官の耳が遠い老年男性のせいで、審査が大分もたついたため昼になり、3人は駐艦場に止めたソウルジャズ号の甲板で昼食を摂っている。


「うーん、ではなぜ『NP-47』取引額の10倍もかかっているのでござろう……?」


 首を左右にグネグネ捻りながら、サイドメニューのフライドポテトをがっしと掴んだバンジはそれを口に突っこみ、兎のように咀嚼そしゃくして飲み込んだ。


「業者がぼったくりでもやってんじゃねぇの?」

「まさかぁ。コロニー政府公正取引連合会の審査を通った業者でござるよ?」

「じゃあそりゃねえか」

「となると、この艦の卸がなにか問題があるのでござろう」

「まあ、それはどうでもいい。オレぁヨルと第1階層回るから、お前は適当にぶらついて帰ってこい」

「了解でござる」


 ピッと手を挙げると、バンジは再びフライドポテトを引っ掴んで、もしゃもしゃと咀嚼していく。


 『RW-99』はやや小型の現世代型スペースコロニーで、巨大なドラム缶に見える外見をもち、内部の半分を占める居住区は動力炉を挟んで上下に階層が分かれ、上が第2階層、下が第1階層と呼称されている。


 一方、もう半分は3階層ある駐艦場で、最上部がコロニー軍の専用区画、他の2層が『ロウニン』などの民間用区画となっている。


「メアさんお1人で大丈夫なのですか?」

「ご心配なく、でござる」


 バンジは服の中から『クサカベ』ビーム警棒をとりだし、赤い刀身をわざわざ出してニヤリと笑って見せた。


「メアはオレより強えぇぞ」

「そうでござるよー。って、さっきヨル殿まで呼んだでござるな?」

「……。――あっ、すいませんっ。仲良くもないのに……」


 流れでつい、バンジの本名を呼んでしまった事に気が付いたヨルは、すっくと背筋を伸ばして立ち上がると、ビシッと90度頭を下げた。


「いやいやいや、そこまで頭を下げなくても」


 バンジは慌てた様子で、不快に思っている訳では無い、と説明をして止めさせた。


「そうなんですね……」


 それを聞いて冷や汗をかいていたヨルは1つ息を吐いた。


 ややあって。


「さて、腹ごしらえも終えたことでござるし、お仕事始めるでござるかねっと」


 バンジはそう言って立ち上がると、甲板の右奥にある梯子はしごから小気味良い足音で下りていった。


 この梯子は不使用時、金属製の箱の中に折りたたまれて収められ、使用時には電動で展開される仕組みになっている。


「だな。行くぞヨル」

「あっ、はいっ」

「ゆっくりでいいぞ。危ねぇからな」


 ヨルが落ちてきても支えられる様に、ザクロはチラチラと振り返りながら1歩先を下っていく。


「うわあっ」

「気を付けろよー」

「はい……」


 案の定、足を踏み外しかけたヨルは、なんとかフレームを掴んで耐えた。


「写真を見せて、みたいな方法じゃないんですよね?」

「そりゃな。相手が相手だ」

「なるほど。まずはどうされるんですか」

「一応、ここにも知り合いが何人かいるから、そこを当たる。そこまで治安良くないから絶対オレから離れるなよ」

「あっ、はいっ」


 床面まで下りた2人は、あまり人も駐めている艦もいない駐艦場を歩きながら、若干コソコソといった様子でそう話して、屋根と窓が付いた居住区との接続橋を通過する。


「念のために手ぇ握っとくか? おめえドジ踏みやすいし」

「そうですね……。お、お願いします……」

「なんでそんな緊張してんだよ。たかが手ぇ握るぐれぇで」


 唾を飲み込み、ガチガチの様子でおずおずと手を伸ばすヨルだが、一方のザクロは何のためらいも無くその手を繋いだ。


「おお……。結構大きいんですね……」

「何を今更。初めて見たわけでもねぇだろうに」


 感触を確かめるように握り返してくるヨルへ、怪訝そうな顔をして横目で見ながらザクロはそう言う。


 ややあって。


 2人は居住区の前半分の商店エリアにやってきて、さらに1本裏の路地へと足を踏み入れた。

 ものの種類を問わず様々な機材のジャンク品屋が、照明をケチっているせいで薄暗い裏路地の左右にずらっと軒を連ねていた。


 道を歩く客はさほど多くはなく、台車を押して歩く業者の方が多かった。


「おっ、クロー。こっち来てたのか」


 小型コンテナが乗った台車を押す、ゴリラのような体格で厳めしい顔の中年男性が前からやって来て、一転、朗らかな様子でザクロへ挨拶をした。


「ようジョニー。ガラクタの売り上げはどうだ?」

「部品取り品と言ってくれよ。まあ、ジャンク品の値上がりが酷くてちと景気が悪いぜ」

「ライク品プリンターがか? あんなアホみたいに数があるもんなのに」

「なんか流通量が減ってんだよな、この頃」

「なんでまた」

「さあねえ。こっちが訊きたいんだが」


 ジョニーと呼ばれた男性は首を捻りながらそう言うと、じゃあな、とザクロ達と別れてデコボコした道を進んでいった。


「クローじゃないか。最近景気悪くてなあ」

「おっす。ジョージお前んとこもか」

「おうクロー。なあ、なんか最近、物の供給が妙に悪いんだが、なんか知らないか?」

「いや。知らねえな。それよりアリソン、膝の具合は――良さそうだな」

「うおっ。クロー! 知り合いに戦闘機部品持て余してるヤツいるなら教えてくれー!」

「声がでけえんだよエイミー! 分かった、後で銭振り込んどけ」

「缶詰が全然入ってこないんだが、そっちの商人に回してくれる様に頼めるか?」

「オーベルのじいさんまだピンピンしてんのか。まあ話だけは振っとく」


 その後も、船内用ステレオ中古部品屋の若い男性や、中古照明機材屋の中年女性、恰幅の良い航宙機部品屋の若い女性、偶然来ていた地球産の缶詰商達から、だいたい似たような話を振られ、ザクロはぶっきらぼうながらも全部引き受けていた。


「クローさんってやっぱり頼りにされているのですねっ」


 ザクロのそんな様子を見て、ヨルは話しかける声が止んだすきを狙って、光が見えそうな位にキラキラした尊敬のまな差しを彼女へ向ける。


「……さて。それはどうだかな」

「またまたご謙遜をー」


 まんざらではなさそうなザクロは彼女の余りの目力に、まぶしそうな顔をしてたじろぐ。


「無駄話はこの辺にしといて行くぞ」

「あっ、はい!」


 いたたまれなくなったザクロは、口にニコチンのリキッドを吸うパイプをくわえ、さらに1本細い隘路あいろへと足を踏み入れた。

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