ロング・ランニング・エランズ 7

 2人は意気揚々と出発したものの、いくら進んでも道路の左右にコロニーの縁まで延々パイプで繋がった水槽があるばかりで、


「あー……、マジで2度と来ねえぞこんな所……。なんで今時徒歩しかねえんだよ……」


 あっという間にザクロのボルテージが底を突いた。


「クローさん。一応路線バスはあるみたいなのですが」

「おお」

「ゲート周辺以外は廃止されてしまったみたいですね」

「そうか……」


 ヨルがせっかく調べて知らせてくれた情報だったが、ザクロはぬか喜びさせられただけだった。


「ところで、このお風呂みたいなものってなんでしょうね?」


 ザクロを退屈させないように、とヨルはずっと気にしていた様子で見ていた、目の前の明らかに古そうな、ガラス蓋がされた強化繊維プラ製の水槽を指さしてそう話を振った。


「こりゃあ、ライク品の植物タンパク質原料ソースの原料を培養するやつだな。蒸気機関で飛行機飛ばしてるぐらいのクソ効率だけどよ」

「なるほど」

「しかしまあ、なんでこんなにどれもこれも設備が古いんだこのコロニーは。もう部品取りパーツも無い様なもんばっかりだし、新しいのにした方が安いだろうに」


 ドット抜けが大量発生している道路標識を横目に、ザクロは理解出来なさそうな様子で憐れむように表情を曇らせる。


「多分、新しい物を取り入れる事が億劫おっくうなんだと思います」

「なるほどそういう事か。サンキュー」

「はい。……」

「無理に話さなくても良いぞ」

「あっ、はい……」


 無理して話題を探そうとキョロキョロしている様子のヨルに、ザクロはそう言って止めさせた。


 時々ぼやきつつも、ザクロとヨルは指定された地区の住所へと到着したが、


「ここ、ですよね?」

「どう見ても書いてあるのはな……」


 その〝AA-1-1〟と地番が表示されている、びた電光掲示板の周りは空き地になっていた。


「もしかしてあれか? この辺の管理もいい加減なのかここは」


 イラつきMAXの鬼のお面の様な顔で、ザクロは腕組みをしてゴーストタウンと化している周囲を見回す。


 すると、右方向にある小さな商店が集まっている小道から、先程ザクロが助けた若い男が原付バイクに乗って現われた。


「おうあんちゃん」

「どうもー」

「や、先程は助かりました」


 一時停止して左右を確認した男性の目に2人が入り、彼はバイクを下りるとそれを押しながらやって来て頭を下げた。


「なにかお困りですか?」

「ああはい、ちょっとお訊ねしたいのですが――」


 ヨルは自分の端末を出し、送り状の送り先のアサダ、という高齢男性の名前と指定された住所を見せて何か知らないか訊いた。


「ああ、こい――このご老人なら〝G-8-8〟につい3日ほど前に移住しましたよ」


 男性はアサダという名前を見て、どこまでも冷ややかな表情を浮かべた後、人当たりの良さそうな表情にすぐ戻り、ヨル達に地図を見せて説明した。


「ゲー、こっから半周の半周すんのかよ……」

「逆に行った方が良かったですね……」

「だなあ。勘弁してくれよ……」

「お気持ち、お察しします」

「このコロニー、住所管理もいい加減なのかよ?」

「多分申請漏れでしょうね。お年寄りがよくやるんですよ」


 もはや怒りを通り越して呆れるザクロへ、男性は心底同情する様に頷いた。


 男性と別れた2人は、そこで一旦休憩を挟んで本当の目的地を目指して歩く。


 所々、耕作放棄地の雑木林がある大規模な耕作地エリアを歩いていると、


「なんだ、廃墟の見本市かなんかか?」


 正面にずらっと大きな建物が十数棟建ち並んでいる場所が正面に見えてきた。


 その入り口ゲート横にある案内板には、ショッピングモールやカジノやギャンブルの外貨獲得の遊興施設を集めたエリアだと表記されていた。


 建物それぞれが凝った作りにされているが、全て錆びていたり壁が落ちているなど、ボロボロの状態で放置されていた。


「なんだか怖いですね……」

「だいたいこういう所は、チンピラとかヤクザ崩れとかが居座ってたりするんだよな」

「そうなんですか……」

「絡まれる前に突っ切るから掴ま――、遅かったか……」


 両手を握りしめて落ち着かない様子で辺りを見回すヨルを見て、ザクロはさっさと通過してしまおうとしたが、バンダナを口に巻いたチンピラ数十名がゾロゾロと集合して道を塞いだ。


 ザクロはヨルを下ろして、一応台車の後ろに隠れさせた。


「へへっ、おい――グエッ」

「オレぁ忙しくてな。その上虫の居所がわりいんだよ。しばかれたく無けりゃどけ」


 金属バットを手にしたチンピラ達は、下品な笑い顔をして2人に近寄ってきたが、一番前にいた男をザクロはヤクザキックで蹴り倒し、動揺が見えるチンピラを一睨みする。


「誰にもの――」

「テメエ、喧嘩けんかう――」

「オイオイオイ――」


 それでも食ってかかろうとしたチンピラ3人を、ザクロはジャケットのポケットに手を入れたまま右前回し蹴り、左後ろ回し蹴り、再び右前回し蹴りで順番に蹴り倒した。


「で、返事は?」

「あっ、すんませんした……」


 パキポキ、と指の関節を鳴らしてもう一度ザクロが訊くと、そそくさと多勢のチンピラ集団は撤収していった。


「このまま帰っていいか? もう営業時間外って事にしてよ」

「お、お気持ちは分かりますけれど、流石にそれは……」

「冗談だ。もうここまで来りゃ大して手間は変わらねえからな」


 本気で言っていると思いわたわたするヨルへ疲れた様に笑ってそう言うと、ザクロは彼女を抱き上げて元の位置に座らせた。


 そこから1時間ほど歩いて水田地帯を抜けたところで、一見石垣の様に見えるコンクリート塀が現われた。


 その大手門を模したゲートを潜ると、無駄に金ぴかだったりする武家屋敷ぶけやしきの様な邸宅や、同じ様に金ぴかで王宮を模した邸宅など、成金趣味全開といった物が建ち並んでいた。


「なんだか、前住んでいた所を思い出します……」

「ああ、確かにそんな感じだな。セキュリティは段違いに良いが」


 流石に台車から降りたヨルは、ザクロの隣を歩きながら辺りを見ると、あまり気分良く無さそうにそう言ってザクロにほとんどくっ付く様にして歩く。


 そんな緩やかな丘となっている成金住宅街のメインストリートを歩き、中心部の最も高い地点にそびえる、目的地の平城のような邸宅にやっとたどり着いた。


 出発からトータル16時間を要した苦労が報われる、と2人は疲れ切った微笑みを浮かべつつ拳でタッチした後、ザクロが豪奢ごうしゃな門扉の右に付いたインターホンのスイッチを押した。


「あー、やっぱり要らないから持って帰って貰える?」


 だが、依頼主のアサダからインターホン越しに、悪いとも思っていない顔でそう言い放たれた。


「は?」

「はい、承りましたー」


 丸半日以上もかけて運んだ苦労が無駄になり、ザクロがキレそうになった事を察したヨルは、愛想笑いを浮かべて彼女の前に割り込んで受け取り拒否の処理を済ませた。


「オレ達は、一体何しに来たんだろうな……」

「いやあ、ついてませんでしたね……」

「おう……」


 うなだれ気味にヨルとレタスを乗せた台車を押しつつ、深々とため息を吐くザクロの様子は、ずっしりとのしかかる徒労感が可視化されたかの様だった。


「それで、荷物のお野菜どうしましょうか」

「もう明日の朝飯で食っちまうかこれ。捨てるのもったいねえや」

「一応、ジェイジェイさんにお伺い立ててみましょうか」

「だな。まあちょっとは良い思いしても良いだろ」

「ですねえ。お疲れさまです」

「おう。帰るまで何もねえと良いけどなぁ」


 もう呆れすら通り越して、虚無感満載のひたすらに渋い顔をするザクロは、成金住宅街から脱出し、残り4分の1となったゲートまでの道を面倒くさそうに歩き始めた。

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