ロング・ランニング・エランズ 6
2時間程かけてやっと検査が終わった後、ムラカワによる入船審査が行われて、コロニー居住区の玄関口を通過した。
「マジで何なんだあのジジイは!」
ムスッとした顔で、そこからしばらく離れた所までやって来たザクロは、我慢していた怒りを爆発させた。
ムラカワは入船審査の際、結婚するならどんな男性が良いか等と関係ない質問をしたり、ヨルの身体や髪に許可無く手を触れたり、そのとき以外にも時折、彼女の全身をなめ回す様にニヤニヤと嫌な視線を向けていた。
それを見てザクロは、6回ほど彼に殴りかかりそうになり、流石に暴力はだめですっ、とヨルに必死に制止されていた。
「まあまあクローさん、もう終わった事ですので……」
「終わったとかそういう問題じゃねえ!」
荷物を入れた運搬用の箱付き台車を押しているザクロは、
「ですけれど、ああいう人ってどこにでも居ますし……」
「お前はそれで良いのか? どんな気がしたよ?」
「……はっきり言えば、あんまり良い気はしませんけれど……。クローさんならともかく……」
「だろ? で、オレでも嫌ならちゃんと言えよ」
「あっ、はい……」
台車の箱の上にクッションを敷いて、持ち手のすぐ前の位置で乗馬の様に横座りするヨルは、ムラカワの嫌な視線を思い出して自分を抱きしめて身震いした。
「嫌な事されたらよ、ちったぁキレた方が良いんだよあんなのには。下手に優しくするとつけあがるからな」
それを見てザクロは少し柔らかい口調でそう言い、歩く速度を落としてヨルの頭をそっと
ちなみに、最初にムラカワがセクハラ発言をした直後、ザクロはその様子をこっそり録画していたため、彼からデータの削除と引き換えに20万せしめていた。
「マジでもう二度と来ねえぞこんなクソみてえな所」
まだちょっと怒りの表情を見せるザクロは、文句を漏らしつつも、氷河谷の様な船内の中央をひたすら真っ直ぐに伸びる、ひなびたメインストリートを進んでいく。
途中、30代ぐらいの男に絡む、50代ぐらいのチンピラを張り倒したりしつつ、ゲートの真逆の地点へと向かっていると、
「えいクソ! 何で雨降ってんだ! 晴れの予定じゃねえのかよ!」
所々に立つ掲示板に表示されていた、天候予定にはない激しい降雨に2人は襲われた。
「クローさんが入ってくださいっ」
「オレぁいい!」
「いえ、そういうわけには!」
その台車には傘が積まれていたものの、小さいのが1つしかなくヨルもザクロもちょっとずつ濡れてしまっていた。
「あっ、クローさん! あそこにお店が! 雨宿りさせて貰いましょう!」
どこ避難する場所は、とキョロキョロしていたヨルは、左手の建物の横に立つトタン屋根の店舗を発見して指をさした。
「お。コイツぁついてるなっ」
ザクロは道路を挟んだところに立つ、オートレストラン、と書かれていたであろう、文字パーツがいくつか消えている、錆びまくった看板の店へ小走りで駆け込んだ。
正面の壁がガラス張りの店内は、古くさいLED電球で照らされ、そこだけ20世紀に取り残されたダイナーといった雰囲気を漂わせている。
「やれやれ……、ひでえ目にあったぜ……。これ使え」
「ありがとうございます」
ザクロは腰のホルスターに付いた横長のポーチから、圧縮袋に入ったタオルを2つ出して1つをヨルに渡した。
「クローさん、どうやら設備故障だそうです。制御装置の不具合だとか」
「なるほど」
ヨルが入船時に渡されたボロボロの端末でコロニーの天候情報にアクセスすると、古くさいUIの画面の1番上に、対応終了予定時間と共にそう表示されていた。
「へーえ……。しばらく足止めかよ……」
「ですね。……ところでクローさん、あれって何ですか?」
ヨルが興味深そうに指さした先には、フリーズドライ食品をもどすタイプの、かなりレトロな自動販売機が店の奥にずらっと並んでいた。
ちなみに、左手の壁際は後で詰め込んだ感のある、やや新しめのコインランドリーになっている。
「なるほど……」
ザクロからざっくりと説明されると、冒険活劇にウキウキする子どものような様子で、ヨルは正面の照明で光るアクリル面が黄ばんだ自販機を凝視する。
「買っても良いぞ。金は幸いたんとある」
その様子につい頬を緩めたザクロは、自身のプリペイドカードをヨルに渡してそう言った。
「ほ、本当ですかっ! ありがとうございますっ!」
両手で名刺交換の様に受け取ったヨルは、ボールを投げられた飼い犬みたいにすっ飛んでいった。
「こういう所初めて来ましたっ!」
「そりゃ良かったな」
「はいっ!」
ふおお、と声を漏らしつつ、ヨルは端からじっくりと眺めて何を買おうかと思案する。
ザクロはその様子を横目で見ながら、4つずつ2列並んだ4人がけの正方形なテーブル席の、右奥にあるそこへと台車を押して移動して座った。
煙草を吸おうとしたサクロだが、禁煙、と張り紙がしてあって、そもそもヨルが素でいるため箱をしまい、代わりにパイプ式の代用品をくわえた。
「クローさんっ! よく見たら皆パーツが交換されていますよっ!」
「ほー、ちゃんと手入れしてんだな」
興奮した様子で報告してくるヨルに、ザクロはちょっと眩しさを覚えた様に目を細めてそう返した。
『ねえあなた。
地球の寂れた田舎町の掘っ立て小屋で、仕事帰りに雨宿りしていた若き日のザクロは、雨漏りがするそこの先客である、ミステリアスな少女に話しかけられた。
『なんだ
『そうよ』
『――あん?』
『私をコロニーまで連れていって頂戴』
『地球人だろ、お嬢ちゃん』
『私『地上至上主義』なんて嫌いよ。それに〝お嬢ちゃん〟じゃあないわ、レイよ』
『おう、そりゃスマン。――でもなぁ、オレぁ慈善活動はしてねぇんだ』
『これで足りる?』
『金塊? どうやら訳ありって感じだな』
『事情は後で言うわ。それしか持ってないの。どうか足りないなんて言わないで』
『いいぜ、十分だ。よろしく頼まれたぜ依頼主サンよ』
『レイ』
『冗談だ、レイさん。オレぁザクロ・マツダイラだ。クローって呼んでくれ』
「クローさんっ!」
「――おうっ、なんだ?」
「凄いです! お湯を注ぐだけでこんな本格的なものが出来るんですねっ!」
ボンヤリしていたザクロは、ヨルが紙カップに入ったうどんを見て、凄まじくエキサイトする声に引き戻された。
そのチープな味にキャッキャしながらヨルが完食したところで、設備の修理が終わって外は晴天になっていた。
「止みましたねぇ」
「おし。さっさと届けて
「はいっ」
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