ロウニン・ソウルジャズ

赤魂緋鯉

第1話

ラグランジュ・ブルース 1

 薬莢やっきょう付きのライフル弾形状のスペースコロニー外縁部にある、薄暗い戦闘機の駐機場に小柄な人影が1つ、探る様にコソコソと動いていた。


 その人影は左端にあるトビウオを模した様な形状の、赤い戦闘機の下に潜り込んだ。


 深緑色に塗装された、小型の潜水艦に近い形状の宇宙戦闘艦・ソウルジャズ号の前方に置かれていたそれは、宇宙戦闘機の中でも骨董こっとう品の域に片足を突っ込む旧型だった。


 何かに怯えるようにキョロキョロと頭を動かす人間は、


「へい嬢ちゃん。どうやって入ったか知らねえが、ここにあるのはポンコツか尖りすぎた変態船ばっかりだ。真っ直ぐ飛ばねえから止めときな」


 そのコクピットで紙巻き煙草たばこを吸いながら、指名手配犯の懸賞金発表番組を見ていた、大柄でやや細身の筋肉質で、機体の持ち主の女性に気が付かなかった。


 彼女のくわえ煙草から流れる紫煙は、天井にある空調設備の吸気口の方へと流れていた。


「――ッ! いたっ!」


 低い少年の様な声で、お嬢ちゃんと呼ばれた小柄な女性は縮み上がって顔を上げ、機体の腹に後頭部をぶつけた。


「おいおい。壊してくれるなよ? 直したばっかりだってのに」


 短くなった煙草を機体の縁に置いた灰皿で潰してから、ひょいと降りてきて下をのぞき込み、おおお、とうずくまる闖入ちんにゅう者へ、持ち主の女性は苦笑いを浮かべた。


 黒髪を適当に切っただけの短髪の彼女は、ピッタリとした黒いパイロットスーツに、モスグリーンのミリタリージャケットを羽織っていた。


「さみーと思ったら開いてんじゃねえか。ちゃんと閉めとけよ、ったく……」


 下に潜り込んだ小柄の女性に悪意がない事を見た持ち主の女性は、外の重力発生装置が働いていない港湾区画を隔てる、半開きのシャッターをぼやきながら閉めた。


「なァ嬢ちゃん。んな狭いところにいつまでもいねえで、いい加減出てきたらどうだ?」


 ジャケットの腹ポケットに手を突っ込みながら、フラフラと帰ってきた彼女に、まだ車の下に入ったネコみたいにしている、小柄な女性にややぶっきらぼうに呼びかけた。


「あっ、はい……」


 そう言われた彼女は、ビクビクしながら恐る恐る這って出てくる。


「大方、貨物船の従業員にでも紛れ込んでここに来たんだろ?」

「――ッ」

「そう怖がんな。オレの単なる勘だ」

「そ、そうなんですね……」

「まあその制服、とっくに廃業した『極東銀河運送』のヤツだから、警備員にバレてるけどな」

「ぴえッ」


 即座に涙目になった小柄な女性は、どうか見逃してください! と言って腰を直角に曲げて頼み込む。


「つまみ出したりしねえよ。見るからに嬢ちゃんは善良そうだしな。もしかして迷える子羊かなにかか? ん?」


 顔を上げさせた持ち主の女性は、無駄に彼女と肩を組んでスッと離した。


「まあ、とりあえずは名乗りな。オレは『ロウニン』のザクロ・マツダイラだ」

「あ、はい……。ヨル・クサカベ、です」


 ザクロと名乗った持ち主の女性に、小柄な女性はそう名乗って丁寧に頭を下げた。


 『ロウニン』は、太陽系中に散らばる犯罪者を地球の『連合国』と『連邦国』政府、各スペースコロニー政府の依頼で捕らえる事を生業にする、いわば賞金稼ぎの事を差す。


 だが、特に超温暖化と地殻変動で陸地が激減している地球住民からは、地に足を付ける事をしない不気味で異常な者達、と忌み嫌われている。


「よし。じゃあ付いてきな。"秘密の相談所"より、もっとアテになる人紹介してやんよ」


 その前にコイツだけしまわせてくれ、と言ってザクロは愛機をコンコンと叩き、船首が口のように開いたソウルジャズ号の格納庫に、翼を折りたたんで格納した。


 ザクロが外に出ると、ブザーが鳴ってゆっくりと『口』が閉まり、いくつかのカションカション、という音の後にエアー音が聞こえ完全に密閉された。


 壁際の通路をしばらく歩いて格納庫から出る際、故障中、と書かれたスイングドアをザクロは蹴り開けた。


「クロー! イカれてるからって蹴るんじゃねえ!」


 すると、ドアの外側すぐ近くで工具を持って、梯子をかけようとしていた老人の男性が、かなりキーの高いしわがれ声で彼女へ怒鳴った。


「へいへい。一箱やるからさっさと直してくれロッキー」

「いらねぇよ。んな長くて重てえやつ吸えるか」

「健康志向か? 1日5箱吸っといて今更だぞ」

「だから1本で良いって事だ。それにわけぇやつにたかる程老け込んじゃいねぇっての」

「そいつぁ失礼。ほい、良い仕事頼むぜ親方」

「誰に物言ってやがると思ってんだ。朝飯前よ」


 1本受け取って自分の箱に突っ込んだロッキーと呼ばれた老人は、上機嫌で天井付近にある制御ボックスの下に梯子をかけた。


「おうそうだ。マッハで終わらせてやるからついでに下持っててくれ。労働管理局の連中が安全基準が云々とやかましくて叶わねえ」

「あいよ。それはそうとラッシュの野郎はどうしたんだ?」

「せがれはネエちゃんの尻の追っかけだ。営業とか抜かしやがってな」

「アイツも変わんねえな。また前歯折られても知らねえぞ」

「あんときはすまねぇ」

「もう流石にいいぜ? オレを見ただけでションベン漏らすのは可愛そうだしな」


 ザクロが吐き捨てる様に言ったところで、当のラッシュが若い女性を連れてやって来てしまい、彼女を見た瞬間に尿を漏らす事故が起きてしまった。


「あーあ、可愛そうに」

「どら息子の自業自得だよ。ところで、また引っかけてきたのか?」


 ふられて泣きながら帰っていくラッシュを見送った後、梯子はしごを登ってボックスを開けながら、ロッキーは壁際で居心地悪そうにしているヨルを見て訊く。


「人をポン引きみてえに言うな」


 保護だよ保護、と面倒くさそうにザクロは答えた。


 その後、ロッキーは一切喋ることなくほんの20分で作業を終え、開閉を確認すると悠然と去って行った。


「私、歓迎されてませんよね……。やっぱり」


 青白いダイオードランプが照らす、パイプラインの間を通る通路を歩きながら、小さくなってザクロの後ろを歩いているヨルはゴニョゴニョした声で彼女へ訊ねた。


「んなこたねえよ。このコロニーは5万人はいるがな、半分は流れ者だし、もう半分も元は流れ者の集団だ。いきなり殴りかかりでもしねぇ限りは大歓迎だぜ」


 鉄階段を昇った所で左側に「西区画第7層」、と書かれたオレンジ色のエレベーター扉が現われた。


 中には誰もいなかったが、床に穴が空いたように見える、悪趣味なトリックアートが2人を出迎えた。


「ひぃ……」

「おー、またバンジの新作か。アイツも暇だな」


 安全だとは分かっていたが、ヨルは何となく隅っこに貼り付く様に乗った。


 第1層で止まって扉が開くと、一気に人々のざわめきや音楽、エリアを移動するゴンドラの駆動音などの喧騒が飛び込んできた。


 そこは住民の居住区で、長さ2キロ幅1キロ高さ500メートルほどのドーム状空間を支える、中心部にある大黒柱の様な1本と、その周りにある8本の柱は建物と一体化していて天井まで伸びていた。


 周りの柱表面は、帯状にホログラムスクリーンが表示されていて、気候のタイムスケジュールが掲載されていた。


 そこを頂点として、底が大きな円錐状に建物が建ち並んでいて、ザクロ達がいるのは『西』側の1番建物の低いエリアだった


 天井に映し出されているのは、全く地球と同じ様な青い空だが、よく見ると『南』側の3割ほどは宇宙の黒が透けていた。

 戦闘時は閉じて装甲板になるフタ裏に、そこから取り入れた太陽光を反射させて、それで居住区を照らす仕組みになっている。


 『北』側の居住区の先は戦闘区画になっていて、上下に巨大な2連装ビーム砲2門が装備され、居住区下の格納庫エリア最下部中央に同じものがもう一門付いていた。


「……。誰もこっち見ませんね?」

「言ったろ? 見慣れねえヤツがいるのには慣れてんだよ」


 『西』区画中央にあるゴンドラ乗り場に向かう2人に対して、ザクロの方にはたまに挨拶が飛んでくるが、ヨルには誰も何も言わなかった。


 モノレールに沿って進むゴンドラは、外周を1周する大型のものを用いた路線と、その内側に張り巡らされた小型のものを用いた路線がある。


「いきなり因縁付けて喧嘩けんかをおっぱじめる様なヤツもほぼいねぇ。安心してくれて構わねえぞ」

「そう、ですか……」

「まあ。万が一居てもぼくが対応するけど」

「ぴッ」


 ゴンドラを待っていると、後ろからいきなりやたら渋い男性の声が聞こえてきた。


「相変わらずの忍者ぶりだなデューイ艦長」

「きみ達がぼやっとしてるだけじゃないかな?」

「ヘっ、抜かしやがる。おいヨル。この人が――」

「ありゃりゃ。この子、立ったまま気絶してる」

「はー、器用なヤツだな」


 それに死ぬほど驚いたヨルは直立不動で白目をいていた。

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