紅い世界の中で

月影いる

曲線の交わり

 ここはいまだに、魔女狩りが盛んに行われている都市のひとつ。

 この都市の人間は、肌や髪の毛、瞳の色も全体的に色素が薄いことが一般的とされている。だがそんな中、ごく稀に深紅のような深くあかあかとした瞳を持つ者が生まれてくることがある。白い肌だからこそより目立つその瞳は、見た者全員が口を揃えて「不気味だ。」「呪われている。」と言うのだ。更に、紅い瞳を持つ者が生まれた年には災いが起こるという言い伝えまで広まっていた。そうやって彼女らは異端者——魔女とされ、処刑ころされる運命から逃げる他無くなったのだ。


 真冬の夜、暗い森の中を冷気を切りながら裸足で走る少女わたし、アリフィアは紅い目の持ち主であり、ただ今数十人もいるであろう大勢の民に追われている最中である。

「アイツは魔女だ!」

「子供だからって油断するな!捕らえろ!」

 追う大人達が凄まじい剣幕で叫びながら迫ってくる。紅い目の者にとってこのようなことは日常茶飯事……なのだが、流石に一時間程ぶっ通しで追われ続けるとは体力的にも厳しいものだ。ここまで追いかけっこが続く程のお互いの体力に賞賛を送りたいなどと悠長なことを思いながらも、この寒さの中、季節外れの半袖のワンピースと、擦り傷や霜焼けだらけの素足は確実に私を追い詰めてくる。足の感覚はほとんど無く、服に関しては着ているのかすら分からなくなる。でも買うお金も無ければ、街へ出て紅い目を晒すことこそ危険行為だ。仕方がないのだろう。

 息を切らしながら木々しかない道を闇雲に走っていると、目の前に大きな城のような豪邸が建っていた。夜なのにも関わらず明かりがひとつも灯っていないこの建物は、月明かりに照らされてようやく建っていることが分かるほどである。体力には自信のある私でも流石に限界を感じ始めているので、ちょっとだけ休ませてもらおうと素早く正面の扉へ歩み寄った。少しだけ扉が開いていたので一応覗いてみるが誰もいないようだ。大人達の足音と叫び声が近づいてくることに気づいて私はするりと中へ滑り込む。

「ふー……危なかったぁ……。ここまで追ってくるとか……どんだけ暇なのよぉ……。」

 息が上がりながらそんなことをボヤく。

「とりあえず人は居ないようね。少しだけお邪魔させてね。」

 独り言を呟きながら奥へ進む。玄関からは真っ直ぐ廊下が続いている。月明かりが窓から差し込んで廊下を照らす。薄暗いが夜の暗さに慣れている私からすればちょうど良いくらいだ。ふと床に敷かれたカーペットが目にとまる。赤い布地に金色の刺繍が入っている。なんか高そうな物の割には汚れがあり、乱れている。廃墟なのか、住人が適当なのか分からないが、勿体無いなぁと少し思いながらも私は先を急いだ。

 廊下を進むと右側に大きな扉が見えた。扉の前に来た時、玄関が開くと同時に大人達の足音が聞こえた。私は焦ってその扉の中へ飛び込みすぐさま閉めた。その時

 ——ドサッ

 何かが落ちる音がした。驚きのあまり振り返ると、そこには一人の青年が月明かりを浴びながら立っていた。静かに私の方を向く。青白い肌に映える赤い液体。手には光を反射するかのように輝く鋭いものが。床には…廊下のカーペットよりも映える赤い絨毯が広がっている。その中央には人型の物体。あれは……人間だ。人間が転がっている。彼の仕業なのだろうか。驚きながらも彼を見上げる。すると彼は、こちらに向かってゆっくりと歩き出した。私もそこの人間と同じようになるのかな、と思いながら彼の歩みをまじまじと見ていた。この時不思議と恐怖は感じなかった。追われる日々を送る中で感覚が麻痺してしまったのかもしれない。血を見るのも死体を見るのもいつもの事だ。あと一歩で目の前に来るというタイミングで背後にしていた扉が勢いよく開いた。

「今度こそ逃がさねえ!」

「もう観念するんだ!」

「いるのは分かっているんだ!この魔女め!」

 大勢の大人達がとてつもない勢いで入ってきては騒ぎ立てている。扉の真ん前にいた私は吹っ飛んで扉の反対側の壁まで飛ばされていた。

「な、なに事……?うっ、いったぁ……」

 勢いで打ち付けた頭を抱えつつ扉側を見る。あの青年はギリギリ避けたみたいだ。涼しい顔で入ってきた大人達を睨んでいる。

「なんだ貴様は!魔女の仲間か!?」

「おい、待て!あれは……?」

 大人の一人が転がっている人間したいに気がついた。

「貴様がやったのか!?なんという……貴様も魔女と同類だ!殺s……」

 言いかけた途端ソイツはこの世界から消えた。青年は表情ひとつ変えず持っていた凶器で大人の首を切った。真っ直ぐに。まるで赤いチョーカーをつけているかのように。〝キレイ〟とでも思ってしまう程に。

「……ヒィッ」

 ソイツが倒れると同時に、近くにいた大人達は腑抜けた声を出す。震えながら一斉に扉を開けて逃げ……ようとした。それは一瞬で私もよく見えなかった。気がついたら部屋にいた大人達がまとめて人形のように転がっている。赤い絨毯がどんどん大きくなっていく。

「う、うわぁああぁ!」

 部屋の外にいた大人達もこの異様な光景に気が付き逃げ出す。青年はそいつらには見向きもせずに、雫が滴るナイフを静かに自身のコートで拭いていた。そして、私の方を向き近づくと勢いよくナイフを振り上げた。が、そのナイフが私を切り裂くことは無かった。青年は何かに動揺したかのようにナイフを上げたまま固まっている。そして何故かナイフを降ろしその場から去ろうとする。

「ねえ!どうして私を殺さないの?」

 私は思わず彼に問いかけていた。今まで会う人会う人私を殺そうとしてきたのに、こんなことは初めてだった。散々同じ紅い目の人達が目の前で殺されていき、毎日毎日リアル鬼ごっこを体験している私は、もう『死』自体怖くない。死体も血も臓物も怖くない。逃げていたのは単純にアイツらには殺されたくないと思ったからだ。運命を変えられないなら死に方くらいは選びたいと思ったからだ。

「……っ」

 彼は振り返ると少し複雑そうな顔をしてまた歩き始めた。

「ねえ!どうして?あなたは沢山人を殺したのに。何故私を殺すことをやめたの?」

 私は彼の目の前に立ち塞がるようにして再び問いかける。彼はもうナイフを振り上げることは無かった。少し強ばった表情で私の顔をまじまじと見つめる。

「……紅い目をしている……から。」

 彼が小声で呟いた。

「だったら尚更!紅い目は魔女の証って言われてるんだよ?つまり処刑ころす対象なの!殺される側なんだよ!なのに……どうして……?」

 感情なんてほとんど失くしたと思っていたのに。私は今、酷く動揺している。目の前にいる殺人鬼の事が不思議で仕方がない。何を考えているのか全く分からない。私は険しい表情を浮かべつつ彼を見上げている。彼は困惑しつつ私と目線を合わせるようにしゃがむ。間近で見た彼はとても綺麗な顔立ちで、まるで深海のように深く青く暗い瞳をしていた。そこに光はない。

「……。」

 私は何か[#「何か」に傍点]を感じた。それは懐かしいような、ずっと忘れていたかのような、そんな感覚。この正体が分かるのはもう少し後になってからだ。

「…殺さない。」

 彼は小声で呟く。互いに複雑な表情を浮かべ見つめ合う。私はこの時、似ている[#「似ている」に傍点]と思った。何がとはよく分からないが、直感で。彼は他にもなにか言おうとしたが口を噤んだ。そして立ち上がると、再び私の前から去ろうとする。その時、私は咄嗟に彼の手を引き止めるように強く握っていた。彼が驚いた顔で振り返る。私も驚いていた。体が勝手に動いたのだ。でも彼を見ていると手を離すことは出来なかった。

「ねえ!私、あなたに着いていってもいい?」

 口元に笑みを浮かべつつ彼に問う。彼は案の定困惑している。

「邪魔はしないから!あなたが私を殺さない理由も気になるし!それに、行くあてもないから……。」

 続けて言う。彼は小さくため息をつくと、

「好きにするといい。」

 と呟く。表情は変わらなかったが、私には何だか優しく聞こえた。

「そういえば名前はなんて言うの?私はアリフィア!まあ、好きに呼んでね!」

 今までの空気をガラリと変えるかのように明るく、元気に言う。

「……ロイ。」

「そう!ロイって言うのね!よろしくね!ロイ!」

 戸惑いながらも名を告げた彼。私たちは共に、この真っ赤な屋敷から赤い足跡を付けつつ出ていった。


 これが私たちの出会い。曲線かわりもの同士が交わった瞬間。お互いにねじ曲がった人生だからこそ交差し、始まった物語。私はロイと共に、この赤い道を歩んでいくことにした。

 たとえ私自身が「あか」に染まろうとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅い世界の中で 月影いる @iru-02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ