SS置き場
シオン
サボタージュ
魔が差した、とはこの事だろう。
それは今朝のことだ。俺はいつも通り家を出て最寄りのバス停まで歩きバスに乗って職場に行こうとした。
予定より五分遅れてバスがやってきて、それに乗りスマホに繋がっているイヤホンを片耳に差して仕事に行く覚悟を決めていた。
俺は仕事が嫌いで、その嫌いな仕事をするために出勤時にお気に入りの音楽を聴いてその覚悟を決める。それが俺のルーティーンだった。しかし、今日はたまたまそれが上手くいかなかった。それ故に、指が停車ボタンを押せなかった。
心の中で葛藤が巡り、理性と本能が駆け巡った。本能が槍で理性を殺そうとして、理性がでかい盾でそれを防ぐ。そんなイメージ映像が頭の中で繰り広げていたらとうとう停車ボタンを押すこと叶わず、目的のバス停で降りることが出来なくなった。本能が理性に粘り勝ちした瞬間だった。
やってしまった。やった後に言うのもあれだが、実際やってみると罪悪感と後悔が押し寄せてきた。
まあ次のバス停で降りてそこから歩いていけば普通に出勤時間には間に合うのだが、俺の中でやってしまったものは仕方ないという結論が出て、ばっさり言ってしまえば開き直ってしまった。
幸い今は世の中を蝕む感染症のおかげで仕事を休むことは容易い。一言「すみません、朝熱を測ったら熱が出てしまいまして、この後病院で検査を受ける予定なので今日はお休みを頂いてもよろしいですか?」と言えばよいのだ。
そして俺は休みの連絡を入れ、当然病院には行かずバスに乗って街に出た。流石に店で飲み食いする訳にはいかないので、コンビニでコーヒーを二本ほど購入して散歩に出た。
コーヒーの安っぽい苦味を味わいつつ、その先で見つけたベンチに腰掛け平日の昼間を過ごした。
今の季節は春で、桜がよく咲いていた。よく見れば周囲にも花見をしに来た人達がいた。皆暇だなと思いつつ、俺も仕事をサボってこうしてまったりしているのだから人のことは言えない。感染症さえ無ければ気兼ね無く楽しめるのだが、流石に人が集まってきたので俺はベンチから立ち上がり散歩の続きを始めた。
こうして自由に自分の時間を過ごしていると、毎日嫌な仕事をルーティーンで覚悟を決めてまでやって、帰ってきてから泥のように眠る日常に何の意味があるのか疑問に思うことがある。
恐らく人が仕事をする理由はいくらかある。大抵の人は生活するためと答えるだろう。俺は人が仕事をする理由は人生はだらけて過ごすにはあまりに時間が有り余りすぎるからだと思う。そしてその膨大な時間を他人のために使いたい。人は孤独では生きられないから、嫌な仕事をしてまで世間と関わっていたいのだ。
しかしそのために人生の何割を犠牲にしていることだろう。世間と関わるにしても、俺が毎日やっていることは時間と人間性を金に変えていることだけだ。もっと上手く時間を使えばやりたいことが出来るはずなのに、毎日仕事に時間を使うから結局やりたいことが出来ないでいる。
何のための人生だ。このゆったりとした時間より仕事の方が価値があるとは思わない。
しかしどんなに一人論破しても、世の中は変わらない。俺の人生も変わらない。明日も変わらず仕事がやってくる。だからせめて、この時間を大事にしよう。固く決心した。
ちなみに後日談だが、翌日職場に行くと上司から病院の領収書を求められた。俺は笑って誤魔化した。上司の目は笑っていなかった。
おわり
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