四章 動機

「ばぁさんじゃ呼びにくいから、名前を教えてください」


 バルトは老婆の後ろをついて行きながら、尋ねた。


「ばぁさんはばぁさんだから、そのままでえぇよ。その方が面白いから……ねっ!」


 老婆は笑いながら、バルトの股間を叩く。


「痛っ!ばぁさんそれは駄目だろ!」


 バルトが股間を押さえながら、内股になる。


「鍛え方が足りないね!そんなんでサキュバスの相手が務まるのかい?」


「え……サキュバスってそういう店なんですか?」


 バルトの顔から血の気が引いていく。


「冗談だよ!兄ちゃんは本当にバカだねぇ」


  老婆は笑いながら、再び歩きだしたのでバルトも少し後ろをついていった。


「それで、魔王倒すことにしたのかい?」


 バルトの方を見ずに老婆は尋ねる。


「出来るか分からないですけどね……今この国で動けるのは俺達だけですから」


「見て見ぬ振りも出来たろうに、何故そこまでするんだい?」


「俺の夢はサキュバスのお店に行く事です。でも、このままじゃいつ行けるか分からないですからね……可能性が少しでもあるなら……って感じです」


「……本当に理由はそれだけなのかい?」


 老婆は歩くのを止め、バルトの目を真っ直ぐに見つめた。


「残念ですが、本当にそれだけです。

 カッコいい理由でもなければ、自分勝手で人に大声で言えるような夢でもないですよね。けど……」


「……けど?」


 老婆は立ち止まり、バルトの価値を見定めるような鋭い視線で聞いた。


「誰かが困ってる時に動くための動機なんて、なんでも良いと思うんです。俺は、理想を語って動かない人間よりも、エロい事するために動ける人間でいたいですから」


 そう言うとバルトはわざとらしくドヤ顔をした。


「本当に最後まで格好がつかない兄ちゃんだねぇ」


 老婆もわざとらしく呆れた表情をする。


「でも……悪くない答えだ。連れていきたい所があるからついてきな」


 老婆に言われるがまま、バルト達は森の中に入っていった。





 森の中を歩きながら、バルトは辺りを見回す。


 こんな道あったか?


 子供の頃から逃げ回ることが多かったバルトは、郊外の森には詳しい自信があった。


 珍しい木や、遺跡などを目印に森を把握していたのだが、そういう目印が全く出てこない。


「そう言えば、ばぁさんは何で俺が魔王を倒せるみたいなことを言ったんです?」


 何か目印がないか探しながらバルトは聞いた。


「兄ちゃんがバカがつくほど善人だったからさ」


「善人?なんでそんなことが分かるんですか?」


「うちの店には少しでも客に悪意があれば、正気を保てなくなる結界が張ってある。商売柄そういうやつはお断りだからね」


「え!?まじで!」


「嘘ついてどうすんだい。普通はどんな人間でも言葉使いが悪くなったり、興奮してイライラしたりするもんなんだが、兄ちゃんは全く変わらなかった。

 悪意が全くないやつをあたしは初めて見たよ」


「いや、普通に悪意とか俺ありますけど?」


 バルトは不思議そうに老婆に見る。


「悪意ってのは純粋な理不尽の事だ。あんたの言う悪意は怒りや、憎しみの事だろ?そいつらとは、似て非なるものなんだよ」


「良く分かりませんが、続きが気になるから分かったふりをしときます」


「はぁ……まぁいい。とりあえずそんな善人が、国の危機に黙ってられる筈がないと思っただけさ」


「なんかひねりがない答えでしたね」


ひねりが無くて、悪かったね。それに照れ隠しで軽口かるくちを叩くんじゃないよ」


「別に照れてませんけど?それ、あなたの感想ですよね?」


 バルトはわざとらしくまばたきをする。


「なんだかそれ、無性にイラッとするねぇ。とにかく、あたしは兄ちゃんが最初から気に入ってたって話さ。それより目的地に着いたよ!」


 そう言われ、バルトが前を見ると巨大なダンジョンが立っていた。


「デカっ!こんなダンジョンこの国にあったか?」


 この規模のダンジョンは大抵知っている筈なのに、バルトの記憶と合致するダンジョンはなかった。


「この国?兄ちゃんどこにいるつもりだい?」


「どこって……バーラック王国?」


「兄ちゃん……いつの話をしてるんだ」


 老婆は頭を抱えながら首を振った。


「え?違うの?」


「まさか、全く気付かないのかい……ここは歪界えかいだよ」


歪界えかい?それおとぎ話にででくる、仮想の世界ですよね?めったに行けないボーナスステージみたいな」


「仮想かどうかは、今ここにいる兄ちゃんがよく分かるんじゃないかい?」


「お、おとぎ話じゃなかったのか……」


 バルトは衝撃で立ちくらみがした。


「簡単に行ける場所じゃないからね。それで、兄ちゃんが読んだおとぎ話には何て書いてあったんだい?」


「確か……不思議なダンジョンで、今までに見たことのない魔道具を手に入れただったかな?」


「正解だよ。んじゃ待っててやるからさっさと取ってきな」


「ん?何を?」


「魔道具」


「誰が?」


「兄ちゃんが」


「何で?」


「魔王との戦いで、役に立つかも知れないから」


 バルトと老婆の間に風が吹いた。


「絶対嫌ですよ!確か、おとぎ話だとダンジョンめちゃくちゃ危なかったじゃないですか!」


「そりゃ基本的に、歪界えかいのダンジョンは上級以上だからなぁ」


「それを1人でクリアできるわけないじゃないですか!?絶対にやりませんからね?」


「まぁ、無理にとは言わないがもしクリアしたら、うちの店へ一回無料招待しよ……」


「おばぁ様、私精一杯やらせていただきます」


 そう言うとバルトは風の早さで、ダンジョンに消えていった。


「相変わらず、ぶれない兄ちゃんだよ……どれ、あたしは時間まで寝てようかね」


 老婆は魔法でハンモックを作ると、横になり目を閉じた。

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