一章 幼女の恩返し

 部屋の奥に連れられ入ると、いわゆるリビングキッチンのような部屋だった。


「自宅兼店なんでね。とりあえずかけてくれ」


 ミルコは部屋の真ん中にあるテーブルを差し、キッチンの方へ向かった。


 言われた通りにテーブルの椅子に腰掛け、辺りを見渡す。


 大きな部屋ではないが、綺麗に整頓され清潔な印象だ。


 ふと窓際に目をやると家族写真が飾られていた。


 嬉しそうに笑っているフランとミルコの写真が数枚壁に飾られている。


 バルトの視線に気付いたのか、ミルコが話しかけてきた。


「妻はフランが生まれたばかりの時に亡くなってね。部屋の片付けはフランが良くやってくれて……え!?」


 キッチンからお茶を持ってきながらミルコは驚いた。


「え?どうかしました?」


 バルトは話を途中でやめてしまったミルコに尋ねる。


「フラン?何でバルト君の膝の上に座ってるんだい?」


 あぁ、フランが俺が座ったタイミングで俺の膝の上に座っていたからか…そんなに珍しいことなのかな?


「バルトさん大好きですから!」


 フランは元気に答える。


「私将来絶対にバルトさんのお嫁さんになりますから!」


「こんな可愛い子からのプロポーズなんて嬉しいね。大きくなったら楽しみにしてるよ」


 バルトはそう言いながら、フランの頭を撫でた。


 フランは顔を赤らめながら、しかしどこか鋭い目つきで呟く。


「約束……」


 この年位だと年上の人に憧れたりするからなぁ。


 あれ?


 俺も小さいころ誰かに憧れていたような気がするんだけど……なんだっけ……


 バルトはフランの頭を撫でながら、少し気になったが思い出せずに諦めた。


「バルト君……そんなことを言ったらフランは……」


 青白い顔をしながらミルコが呟く。


 ミルコは知っている。





 フランは言い出したら絶対に諦めない。


 本当に絶対諦めないのだ。


 まだ3歳だった時、いきなり家事をやると言い出し本当に数日で家事を完璧にこなすようになり。


 4歳でやりたいと言い出した店の経営を完璧に覚え、売上を10倍にした。


 5歳で経営に集中したいからすぐに学校を卒業するといって、飛び級で6歳には卒業している。


 有言実行。


 努力の天才であり、8歳とはいえすでに大人顔負けのスキルを手に入れている。


 そしてミルコも本当に自慢の娘だと思っているが、一つだけ心配している事がある。


 それはフランの異常なまでの集中力だ。


 やると決めたら本当に目標までどんな手を使っても最短距離で突き進む。


 ご飯を忘れ、睡眠も忘れ、その結果何度も倒れ、注意をしても、またすぐに同じループに入っていく。


 そうはならないようにミルコが色々手を焼いて、なんとか乗り切ってきたのだ。


 そんなフランが絶対に結婚すると言い出した。


 しかもバルト君は子供の言う戯れ言だと思い、話を合わせてしまっている。


 大変なことになってしまった。


 フランは一直線に最短距離でどんな手を使っても、バルト君の隣にいる権利を狙いにいくだろう。


「まぁ……バルト君なら預けても安心か……」


 ミルコが少し笑いながら呟く。


「え?ミルコさん何か言いました?」


「いや、こっちの話だから気にしないでくれ。それで短剣が欲しいんだったね」


「そうなんです。そろそろ交換時期だし、買っていかないと少しマズい状況でして」


「それならこれはどうかな?」


 そういうとミルコは立ち上がり、店から綺麗に装飾された短剣を持ってきた。


 線は細いが、無駄のないデザインで見るからに高そうだった


「凄い魅力的な短剣ですが、おいくら位でしょうか……?」


 良いものをすすめてくれるのはありがたいが、一秒でも早く金貨をためたいバルトにとって、今は質より安さだ。


「銅貨3枚だよ」


「銅貨3枚!?いや、それはないでしょ!ミルコさん変に気を使わないでください」


 安い短剣でも大体銀貨5枚位はするのに、明らかに俺だから安くしているのが分かる。


「バルト君、俺も銅貨3枚で売りたくて勝手にやってるんだ。買ってくれるよね?」


 ミルコは少し意地悪そうに笑いながら答えた。


 これはミルコさんにうまく返されたな……


 ミルコの少しでも恩を返したい思いを汲んで、バルトは笑いながら銅貨3枚を手渡した。






「バルト君、何かあったらいつでも来てくれてかまわないからね!君ならいつでも歓迎するよ」


「ありがとうございます。明日から冒険者になるんで時々使わせて頂きます」


「明日から、冒険者になるのか!是非今後も贔屓に頼むよ」


「次は勝手にお金置いていきますからね」


「では俺は勝手にサービスさせてもらおう」


 二人で笑いながら話していると、奥からフランが剣を持って出てきた。


「バルトさん、この剣は私からのお礼です。いらなかったら今ここで折ります。貰って頂けますか?」


「フラーン!!それはちょっと……」


 ミルコがフランの持っていた剣を見て叫んだ。


 形はシンプルだが、恐らく魔法石かなにか特殊な材料で作られたのだろう、剣全体にゆらゆらと青白い炎らしきものをまとっている。


「フランちゃん気持ちはとても嬉しいんだけど、これ凄い高いんじゃないかな?さすがにこれは貰え……」


「残念です。じゃあ折りますね!」


「フランちゃん!?」


 ミルコさんに助けを求めと、焦りながら口パクで『もらえ、おられる』と言っている。


「あ、ありがとう!フランちゃん是非頂くよ!」


「良かったです!バルトさんに良くお似合いですよ!」


 ミルコを見るとほっとした様子でため息をついていた。


「では、俺はそろそろ帰りますね。逆にサービスしてもらって……ありがとうございました」


「またおいで!フランも待ってることだろうし」


「バルトさんまた来てくださいね!」


「分かりました!またね、フランちゃん!」


 バルトは手を振りながら、自宅へ帰っていく。





「フラン、あの剣の説明してなかったけど……」


 バルトを見送りながら、ミルコが冷や汗混じりにフランに話しかけた。


「あれが勇者の欲しがった我が家の家宝で、所持しているだけで魔力が2倍になる聖剣の一本だと言う話ですか?

 それとも売ったら金貨10万枚以上という話ですか?」


 フランは笑顔でバルトに手を振りながら答える。


「それもそうだけど、一族の結婚の時に伴侶に渡す掟の話は……」


「え?だから渡したのですが?」


 バルトが見えなくなり、フランはこの親父は何を当たり前の話をしてるんだ?って顔をして答えた。


「いや、でもバルト君それ知らないしさ……」


 ミルコの冷や汗が止まらない。


「だってもう婚約はしてますから、今更説明はしなくても良いかと思いまして。何か問題はあります?」


 あっ……あれはフランの中では婚約になっていたのね……


 しかし今思えば、フランが自分の気持ちで動いたのは初めてかもしれない。


 今まではミルコの為に努力をして、そして完璧にこなしてきた。


 それはミルコのためであり、フランのためではなかった。


 でも今回は違う。

 フランがフラン自身のために頑張る。


 父として、今までは助けられた分今度は俺が助けてあげよう!


 ミルコは嬉しそうにフランに言った。




「今度は父さんが、フランの恋がうまくいくように手助けするよ!」


「結構です。私お父さんがバルトさん殴ったの許してませんから。これから当分口はききません」


 フランはにっこりとミルコに笑い、店に一人入っていった。


「バルト君……早くまた来てくれ……」


 ミルコは見えなくなったバルトに祈るように呟いた。

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