一章 金、足りぬ
全財産を手に町へ向かう途中、今更ながら一つの疑問が浮かんだ。
はたして所持金で足りるのだろうか?
この世界の通貨は単純で金貨、銀貨、銅貨しかない。
金貨は銀貨10枚、銀貨は銅貨10枚。
感覚でいえば金貨が一万、銀貨が千円、銅貨が百円ってところだ。
そして俺の全財産は金貨10枚。
前世の経験値から、むしろ多めに用意したつもりではあるが、いざ直前となると不安になる。
幾度なく店の前を通りはしたが、料金などは看板に書いていないので想像で貯めるしかない。
日本で言ったら十万もあるんだ……さすがに話にならない、なんてことはないだろう!
「話にならないね」
魔女のような風貌のババァがタバコを吸いながら冷たく答えた。
「いやっ、えっ!?そんなわけないでしょ!」
「こういう店、あんた初めてだろ?飛び込んできた勇気は認めるが、金貨10枚位じゃ話にならないよ」
「嘘……だろ……金貨10枚で話にならないだと……」
ババァが説明するには以下のような話だ。
前にも話したが、この世界は国からの許可制の仕事が多く存在する。
そしてサキュバス風俗もその一つで、しかも風俗関係はサキュバスのみが経営を許されているため、いわゆる独占状態なのだ。
競争がなければ、価格は上がるのは当たり前で今の金額は金貨100枚。
一回ムフフするのに100万だ。
「金がないなら、諦めるんだね。客が来るから早く出ていっておくれ」
ババァが貧乏人は早く帰れと手をヒラヒラさせて出口を指している。
実年齢30を越えたおっさんが、久しぶりに本気でダダをこねようかと思ったがさすがにやめて、出口に向かう。
嘘だろ……
最悪今回は諦めるにしても、これでは俺の夢である風俗三昧生活なんて夢のまた夢である。
もう希望は全てついえたのだ。
「兄ちゃん、そんなにサキュバスと良いことしたいのかい?」
ババァがため息混じりに声をかけてきた。
「えぇ……3歳からの夢でしたから……」
「3歳!?ふっ……あっははは!あんた本当に変わり者だね」
ショックのあまり本当の事を言ってしまった!どこに3歳からスケベを目標に生きている子供がいるのだ。
「いや……まぁ大袈裟に言うと……みたいな感じですけど……あは……あはは」
「別に隠すことじゃないよ。金がない事には遊ばせてやれないが、一つ良いことを教えてやろう」
「良いこと?」
「今魔王が復活したのは知ってるね?」
「あぁ……町中もっぱらの噂ですよね……」
魔王。
定期的に滅ぼされては、なんらかの理由で復活を繰り返す悪の象徴。
この世界は様々な種族が入り乱れていることもあり、仲良くやってる種族もいれば、小競り合いを繰り返している種族もいる。
その小競り合いの代表が魔王族と人族だ。
魔物と呼ばれるモンスターが魔王の魔力でガンガン作られては侵略を繰り返す。
それを人族が他の種族の力を借りながら倒す。
そして最後は魔王を倒してハッピーエンド。
小競り合いという規模ではないが、そんな感じでずっと続く定期イベントみたいなものだ。
「魔王の賞金は知ってるかい?」
「いや、詳しくは知らないですけど……」
魔王を倒すのは勇者様御一行と、テンプレ通りこの世界でも決まっている。
俺には関係のない話だ。
「金貨1億枚。この店100万回分だよ」
「…………それがどうしました?」
このババァ何が言いたいのだ。
「兄ちゃんも100万回も使えば、満足するだろって話さ。そこまで兄ちゃんが元気でいれるかはわからないがね」
このババァからかってるな……
「お姉さん……からかってるなら帰りますからね」
「お姉さんとは、あんたもなかなか上手いじゃないか。あたしは別にからかってないよ」
「魔王を倒すのは勇者。俺は勇者じゃない」
「勇者じゃなきゃ魔王を倒せない訳じゃないだろう?それにあんたは勇者より使い方によっちゃ強い」
「勇者より強い?そんなわけないでしょう…俺は普通の能力値しかない冒険者ですよ」
「能力値は普通でも、兄ちゃん一つだけ人とは違うところがあるんじゃないかい?」
「え……」
このババァ意外にやり手かもしれない。
確かに俺には人と違うことが一つだけある。
それは魔法の全適正というものだ。
魔法には、火、水、土、風、雷、光、闇、無と8種類属性があるが、大抵は使えても3種類程度。
8種類使えるやつは、多分俺以外にはいない。
そしてこの世界でステータスは自分しか基本的には確認できない。
「なんでわかったんですか?」
「わたしはサキュバスの王女様から加護を受けてるからね。加護のオマケで鑑定スキルが貰えるんだよ」
「鑑定スキル?でもあれは物にしか使えないはずじゃ……」
「そうだよ。あたしらみたいな商売をしてると客はしっかりと吟味しなくちゃいけないから、サキュバスの鑑定スキルは人とはちょっと違ってるのさ。あんたなら意味がわかるだろ?」
「なるほど……」
サキュバスからすれば、俺たちはエサでもあるから人間にも使えるのか……
にしても鑑定スキルってかなりの珍しいスキルのはずなんだけどな…確か国でも5人位しか使えるやつはいなかったはずだけど。
「あんたのそれは、世界中どこを探してもいない特別なものだよ」
「確かに珍しいけど、使い物にならないんですよ。俺は全ての魔法が商業利用レベルですから」
俺が唯一転生で受けた特別なスキルは、欠陥品だったのだ。
全属性を使えることは学校に入学するタイミングでわかり、それはそれは村中大騒ぎになった。
しかしそれも一瞬である。
俺の魔法はどれも初級魔法レベルからは成長することなく、魔法研究所からも器用貧乏の烙印をおされ、英雄伝説の始まりにはならなかった。
「あんた魔法ってものを全く分かってないね。まぁいずれ分かる日が来るさ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味さね。掛け合わせは理を越える」
「掛け合わせ?」
「全て教えてどうすんだい。魔法は自分の頭で考えて使うもんだよ。さっさと金を貯めてまた来るんだね」
「はぁ…ところでなんで呼び止めたんですか?」
全適正がそんなに気になったのだろうか。
「鼻血出しながら店に来たのはあんたが初めてだったからさ」
…………あまりのショックに気付いていなかったが、自分でも引くレベルの鼻血が出ていた
そりゃ相当な変わり者に見えるはずだ。
「これは失礼しました。床の掃除を……」
「掃除なんか魔法でやるからいいよ。また来るの待ってるからね」
「…………まぁ頑張ります……」
恐らく何年も先の話になるだろうけど……
「それに今回の魔王は……いや、なんでもない。また来るんだよ!」
ババァは話終えると手を上げて奥の部屋に入って行った。
最後に変なフラグみたいなの立てやがって。
回収できないフラグ立てんじゃねぇよ……
店を出て、深いため息をつく。
この転生した世界でやっと見つけた希望は、あまりにも辛い現実だったのだ。
とりあえず、先の事はこれから考えるとして言い訳にした短剣の購入に向かうことにした。
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