使えない勇者はどいてください

虚々実々

一章 残念転生

 

 社会人。


 ブラック企業


 別々の言葉にも関わらず、もともと同じ言葉だったかのような二つの単語。


 そして、もはや一つの言葉にしてしまえば良いと思わずにはいられない位に、社会は当たり前のように厳しい世界だった。


 毎日が終電、日曜日以外は毎日満員電車に揺られ、日曜日さえ家で仕事の後処理に追われる日々。


 過労に過労を重ねた結果、通勤中その時はいきなり訪れた。


 張りつめた糸が切れるように視界が暗くなる。


 享年25歳。


 俺は死んだ。


 死因は過労からきた何かだろうが、死んでしまってはもはや知る術はない。


 死んではじめてわかるが、人は案外何で死んだのかわからないまま死んでいくことの方が多いのかもしれないと思う。


 むしろ死んだことさえ最初はわからなかった。


 なぜなら恐らく死んだであろうその瞬間。


 時間にして1秒のまばたきの間に俺は、転生してしまったからからだ。


 では、何故転生したってわかるかって?


 それは、今笑いながら俺を覗き込む緑の髪の毛のおねーさんがいるからだ。


 尖った耳に、白い肌。


 確実に日本語ではない言語。


 今まで漫画やアニメで死ぬほど見て、恋い焦がれたエルフに酷似こくじしている美女がそこにはいたからだ。


 そしてまだ鏡で確認してないが、俺はサイズ的に赤ん坊になっていると思われる。


 海外のコスプレイヤーのもとに生まれた可能性もゼロではないが、家の中の恐らく地球ではみたことのない光る植物が間接照明の役割を果たしていることから間違いはないだろう。





 やっとだ……


 やっときた……やっと俺にもチャンスが来た!!


 今まで腐るほど読み漁ったであろう異世界転生系のメディア達から想像するに、俺は100%勝ち組として生まれたにちがいない。


 圧倒的なスキル、チートじみた魔法、唯一無二の何かを生まれながらにしてもち、人生イージーモード確定の人生。


 そんな素晴らしい人生を今すでに勝ち取ったと思うと、前世の辛い記憶さえ霞んでしまう。


 うざい上司や、意識高い系の同僚、口うるさいお局事務員達と金輪際関わらなくて良いと思うと嬉し過ぎて涙が出そうになる。


 はっ!


 本当に泣きそうになっていたらしく、恐らく母親であろう緑の髪のエルフが心配そうにこちらを覗き込んでいる。


 心配するな、母親よ。


 これは悲しい涙ではなく、勝利の涙なのだ。


 これから始まる俺のチート人生を、大いに楽しませてもらおうじゃないか!








 と思っていた時期が俺にもありました。


 俺は明日15歳になります。


 そして、明日から社会人になります。


 あのですね……


 確かに転生は成功したんですよ。


 様々な種族が入り乱れ、魔法、モンスター、魔王、王族、貴族が存在するテンプレのような異世界。


 勇者や魔法使い、戦士に剣士。


 スキルやHP、MPに近いものもあり、想像しうるすべての異世界の要素を詰め込んだような世界に転生をはたしたのに……




 俺は明日からまた前世での死因にもなったサラリーマンをやることになったのだ。


 何故こんなことになったか順をおって説明しよう。


 5歳になるまでは順調そのものだった。


 母親はエルフ、父親はドラゴンと人間のハーフで竜騎士。


 その息子である俺は魔法適正も戦闘適正も、もちろんあった。


 だから小さいうちから初級魔法は使えたし、体術や剣術も同じ年の子とは比べ物にならない位に上手かった。


 そして、五歳になりいわゆる小学校に入学。


 だが、そこから少しずつ歯車が狂いだした。


 あれだけあったアドバンテージは数年でなくなり、俺は普通の子供になっていったのだ。


 魔法も普通、体術や剣術も上手くはないがそれなり。


 やることのレベルが上がるにつれて、出来なくはないが自分より上手い奴らが、1人また1人と出てきた。


 そして、気がついたら普通に、クラスにいる真ん中位のやつ。


 いつの間にか俺の夢だった、チート主人公の成り上がり勇者コースは現実とは遠く離れていってしまった。


 そこからは何も劇的な変化がないまま今に至る。


 同級生には勇者を目指すやつ、さらに高度な知識を学ぶ研究所に進学するやつ、家業を継ぐやつなど。


 様々な道があったが、俺が選択出来たのは就職の道しかなかった。


 勇者は王族から、研究所は研究所の所長からの指名制。


 指名を受けるような奴らは、トップクラスの奴らのみでほとんどの学生は就職と決まっているのだ。


 しかも就職先は基本的に一種類しかない。


 農業や商業は根強く世襲制、いわゆる家族で代々継いでいくのが当たり前で、よほどのコネがなければ、商人や農民にはなれない。


 商人や農民は一般的に地位が低いイメージだが、この世界ではそれは全くない。


 それらは国からの許可制で、誰でも勝手に商売をしたり作物を作ったり出来ない法律になっている。


 そしてその許可は基本的にどこかの店等が廃業しなければ、新しい許可は出ない仕組みなのだ。


 つまりは人間に必要不可欠な食べ物を作る側、売る側は数が決まっておりむやみな価格競争は起こらず、しかも安定した収入が約束されている。


 だからその子供達も嫌がることなく、親の商売を継ぐ。


 そして俺らみたいな一般人に、唯一残された職業は…冒険者ということになる。


 冒険者といっても、害虫苦情からモンスター退治、隣国との戦争時の傭兵といわゆる何でも屋というのが実際のところだ。


 そして冒険者はギルドというものに登録して、働きに応じた給料を貰う。


 まぁ簡単に言うとギルド=会社みたいなものだ。


 ギルドは大小合わせれば俺の住んでいる国でさえ1万は越えている。


 だから競争はバリバリあるし、依頼の取り合い、談合は当たり前。


 リストラ、パワハラ、サービス残業も普通にあるし、なんだったら依頼成功までは休みもない。


 そんなギルドが沢山あることは、15年も生きていれば嫌でも耳にはいってくる。


 しかも、多少の噂はあれど基本的にギルドの内情は極秘扱いのため入ってみないとわからないときたものだ。


 就職ガチャ。


 学校にきているギルドの就職条件なんて、どこも同じような内容ばかりだし、前世と一緒で在学中の成績で大体の入れるギルドは決まっている。


 そして、俺も無事無名ギルドに就職を決め、明日から出社というわけだ。


「ギルド 飾り鳥ねぇ……」


 自室のベッドに横になりながら、ギルド情報を見た。


 ギルド名

 飾り鳥


 所属人数150名


 ギルドランク 圏外


 主な実績

 ドラゴン討伐 1

 ダンジョン攻略 1


「入る俺がいうのもなんだが、微妙なギルドだよな……」


 情報誌を読みながら、思わず呟く。


 ギルドランクはS,A,B,C,D,Eランクまであり上位1000ギルドのみ各ランクに分けられる。


 Sランクにいたっては3ギルドのみで、その力は国家に匹敵するとさえ言われているほどだ。


 そして、俺が入るギルドは、実績も難しいとはいえほとんどのギルドがこなしたことのあるような内容ばかりである。


 いわゆる中小企業。


 そこはブラック企業の温床。


 そんな感じを安易に想像できるギルドへ、俺は明日から出社しなくてはいけない。


 こんな転生俺の読んでた漫画にはなかったのだが……


 もう一度叶うなら転生しなおしたい……






 とは思わない!


 しかしそんな俺にも…あるのですよ!楽しみが!


 こんなゴミ転生をして、またサラリーマンをやる羽目になった俺にも!


 最初にいった通り、この世界には多少多様な種族がいるって話をしたじゃないですか?


 いるんですよ!


 男の夢!希望!


 サキュバス様が!


 そして彼女達は、職業と食事を兼ねて商売されてるんです。


 そう、いわゆるサキュバス風俗がこの世界にはある!


 利用できるのは15歳から。


 俺は今日で15歳。


 俺はこの時を親父に連れられ初めて町にでて見つけた3歳の時から夢みている!


 体はガキでも心は大人!


 どこぞの少年探偵もさぞ苦しかったろう!


 でもそれも今日で終わりだ…俺は風俗に通うためだけに生きると3歳ですでに決めたのだ!


 そしてその為なら、俺はあまんじて自分の運命を受け止めようではないか!


 普通に生きて、普通に風俗に行って、普通に死ぬ!


「俺の人生はまだまだこれからだ!」


「バルト?あなたの人生はまだまだこれからなのだけど、何故泣きながら叫んでいるのかしら?」


「か、母さん!?」


「明日から不安なのはわかるけど、何も興奮しながら叫ぶほどではないと思うのだけれど…」


「いや、これは…なんというか…あはは…」


 俺にバルトと言う名前をつけれてくれた、15年前と何も変わらない姿で心配そうにこちらをみているのは、俺の母親のセシリアだ。


 エルフということもあり、俺を生んだ時から見た目はあまり変わらず、緑の透き通った髪、美しいプロポーションに端正な顔立ちは息子の俺でも親父が惚れた理由はよく分かる。


 ちなみに親父のルードはガチムチのナイスガイなおっさんだ。


 前にも言ったが、親父は竜騎士だ。


 そして竜騎士はドラゴンの血が入っていないとなれないため、数が少ないことからギルドには所属せず国の直属の騎士団に所属している。


 俺が4歳の時に他国のダンジョン攻略の助っ人として、いわゆる単身赴任をしているのだが、もう10年近くまともに顔を見ていない。


 テレポートがある世界で単身赴任とは?と思うだろうが、結構ある話なのだ。


 一度ダンジョンに入るとダンジョンで何かしらの条件を達成しない以上、出れない仕組みになっているため、難易度が上がれば上がるほど入ったきりになってしまい何年か潜るのは、珍しい話ではない。


 まぁ10年ともなると、かなり長い部類ではあるが最長記録の250年に比べればまだましな方である。


 そしてこのダンジョン攻略こそがギルドをブラック企業にしてしまう主な原因でもある。


 親父のように国から一定の給料を貰えるやつはいいが、大抵はダンジョン攻略にどれだけ時間がかかろうが、設定された報酬金額しか貰えない。


 だから弱者ギルド程時間がかかりすぎ、労働時間が長くなるのに報酬は少ない。


 前世でいうサービス残業の原因になるのだ。


 この世界は時給制ではないから、そもそもそんな概念はないのだけれど…




 話はそれたが、そんな理由で俺は母さんと二人で生活している。


 そして母さんには俺の今からの予定は絶対に話せない。


「いやぁー…明日からの俺の新生活を考えると楽しみで、思わず感情が高ぶってしまいました」


「その割にはギルドが決まった時は笑いもしなかったし、なんなら死んだ魚のような目をしていた気がするのだけど……」


 さすが我が母、息子をよくわかってらっしゃる。


「バルトが感情的になるときは、大抵ろくでもないことを考えてる時だと思うのだけど?」


「えっ!?いやっ……別にそんなことは……」


「8歳の時にいじめられてた子を助けるために、いじめてた子の人形を土魔法で複製して、丁寧に色まで着色して全裸で学校内を走り回らせたたのは覚えていますか?」


「それは……その」


「11歳の時、他国交流で来た留学生が友達をバカにしたからという理由で、課外授業と嘘をついて高難易度のダンジョンに閉じ込めたのは覚えていますか?」


「ぐっ……」


「バルト、あなたは必ず何か企んでると部屋で変なことをしていました。また変な事を企んでいると思うのだけれど……」


 さすが親子、今から頑張って5年貯めたお小遣いを握り閉めてサキュバス店へ向かうのを察知されかけている。


「確かに色々とありましたけど、さすがに明日から新生活を始める前に変な事をするほど、俺はバカじゃありませんよ」


 疑いの目を向けるセシリアに、あえて堂々と会話を続けた。


「そうは思えないのだけど……では今から明日まではずっと家にいてくれますね?」


「基本的にはいますよ。ただ、明日の初出社に向けて短剣を新調しには行きますが」


 相手の意見を肯定しながら、自分の意思を通す。


 サラリーマンをやっていたのだ、対話術はお手のものだ。


「短剣?確かに短剣はもう3年位変えていませんでしたね……」


 スキルにもよるが、基本的に冒険者はみな短剣を持つ。


 何かアクシデントで、主要武器が使えないときに何も武器がなくならないようにだ。


 そして短剣はオマケ的な要素が強いため、意外に交換せず刃こぼれしていても放置されていたりする。


 実際に買いに行く予定だし、完璧な言い訳といえよう。


「余計なことはせず、早く帰ってくるのですよ」


「わかりました、母さん」


 セシリアはため息をつくと、部屋から出ていった。


 すまぬな、母よ……


 男にはやらなきゃいけない時がある。


 今まで夢にまでみた最高の時間まであと少し。


 俺は有り金を全てポケットに押し込み、新しい世界へ飛び出した。



 



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