第3章 悪役令嬢、日本を満喫する

3-1 龍斗の受難①

 パワハラ上司の久瀬くぜ係長から無茶ぶりされたプレゼンテーションもレイカの努力が実り、大成功を収めた。



 その後の久瀬係長は不気味なほどに大人しくなり、特に何か仕掛けてくる様子も無かった。


 一方で黒原ハラグロ先輩からのイビりは割増しになったが、レイカが毎回それを軽くあしらってしまうので、彼女は悔しそうに地団太を踏んで逃げていく……そんな光景が職場では繰り広げられていた。



 もうレイカはあの気弱な玲華ではない。

 以前の頃のように自分の思い通りにいかない後輩に、黒原は多大なストレスを溜め込んでいるようだった。


 もう一人の先輩である池尾はそんなレイカを心配していたが、『私よりも先に黒原先輩のヒールか床が壊れるんじゃないでしょうか?』なんて冗談を言うほどの余裕を見せ、彼を笑わせた。




 そんなこんなでレイカはあの無理難題だったプレゼンテーションの成功で、かなり乗りに乗っていた。

 いわば、調子に乗ってしまったのである。



 仕事も毎日ノリノリで終わらせていると、やがて土曜日の休みがやってきた。

 今まで散々サービス残業や休日出勤をさせられたことで上司を脅し、もぎ取った連休である。



龍斗りゅうと!! 今日は車の運転をするわよ!!」

「……マジかよ」



 いつも通りキッチンで朝食の目玉焼きトーストを作っていると、起きたばかりにもかかわらずやたらハイテンションの姉がパジャマ姿で突拍子もないことを言い出した。


 そのパジャマも寝相が悪かったのか、肌蹴はだけて色々と見えてしまっている。

 そんなツッコミどころ満載な姉を見て、朝から頭痛がしてくる不憫ふびんな弟、龍斗。



 たしかに姉は仕事で使うために自動車免許を持ってはいたが、それは元の身体の持ち主である玲華であって、この異世界出身のレイカではない。


 この法治国家である日本において、自動車教習所に通って免許を取らなければ公道で運転することは許されない。それをこのアホ姉は分かっているのだろうか……



「それは私だって分かっているわよ。でも書類上は免許を持ってるのに、最初から教習所ってところに通うのも出来ないでしょう?」


「いや、ペーパー教習とかあるじゃん。そういうのから行けばいいじゃん」


「えぇ~? この元公爵令嬢の私がそんな面倒なことをすると思って?」


「ええ~、じゃない。普段ド平民なことばっかりしてるのに、こういう時だけ意味のない権力アピールすんな。っていうか、そんなんで事故ったらどうするんだよ。車の運転ってマジで危ないんだからな?」



 ただでさえあおり運転や高齢者のアクセルの踏み間違えといった事件で、ドライバーへの風当たりが強いのだ。

 対人事故なんて起こしたら、免許どうこうではない。


 悪役令嬢が飛ばされた異世界で牢獄生活の始まりである。



「治療魔法使えば大抵のことは大丈夫なのに……」

「ぜんっぜん大丈夫じゃねぇ!! そもそも、この国に魔法は無いの!! 魔法なんて非科学的なモンがが世間にバレたら、それこそ大問題だわ!」



 治せばいいんでしょ、治せればと言わんばかりの暴論に龍斗のツッコミが止まらない。

 余りにも考え方が違い過ぎて龍斗の疲労は積み重なる一方だ。



「しょうがないわね……分かったわ、運転は教習所に通うわよ……」


「是非ともそうしてくれ。レイカ姉さんまで死んだら、今度こそ俺は独りぼっちになる」


「それは絶対にさせないわよ」


「なら最初から無茶なことは言わないでくれよ、頼むからさ……」



 だが折角の休みなのに運転ができないと知ると、レイカはしょんぼりと床で体育座りを始めてしまった。

 ただでさえ面倒見のいい龍斗が、そんな庇護欲をそそるような姿を見てしまうと……弟ながら良心が痛む。


 この異世界産の義姉はだいたいのことはちゃんと真面目にこなせるのに、こうしてたまに子どもっぽい所を見せられる。そうすると大抵この男は甘くなってしまうのだ。



「分かったよ、なら絶対に事故にならない車に乗りに行こう」


「ホントにっ!? この世界にはそんなのがあるの!?」


「あぁ、それに他にも色んなアトラクションがあるぜ」


「やったぁ!! 行く、今すぐ行きましょう!!」



 寝間着姿で外へ飛び出そうとする子どもみたいな姉をどうにか宥め、朝食を摂って支度を済ませる。

 龍斗は大はしゃぎする姉に若干の不安を覚えながらも、日本の技術を異世界の姉に自慢出来ることにワクワクし始めていた。

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