2-3 七つの大罪を背負う男。
営業先の病院で行うプレゼンテーションを
プレゼンの内容は開発されたばかりの新薬の宣伝で、これが病院内で採用されれば会社の利益になる。レイカの所属する営業部の中でも重要な業務のひとつである。
外回りから帰ってきたレイカを見るなり、脂肪
彼はレイカ顔と胸元をニヤニヤと眺め、フゴフゴと鼻息を荒くさせている。
この男こそがレイカに無茶な仕事をブン投げた張本人であり、彼女の直属の上司なのである。
「ふほほほっ、これが上手くいけばレイカ君も我が営業部のエースだよっ。これまで君の実力を鑑みて簡単な仕事しかさせられなかったけど、今の君なら出来ると信じているからねェ? ふひひっ」
気色の悪い喋り方をしているこの男の名は
以前から彼女を気に掛けていたような口ぶりをしているが、この部署の係長であるくせに
今まで散々会社のお荷物扱いをしていたのに、美人になったと分かった途端にレイカへすり寄ってきたのだ。
しかし優しい性格だった玲華にとっては、彼に興味を持たれていなくて幸せだったのかもしれない。
なぜなら、この久瀬という男は気に入った女性社員のプライベートにまで関与して来ようとすることで有名なセクハラ上司なのだ。仕事の相談に乗ると言って業務後に食事に誘ったり、やたらボディタッチをしたり……普通なら訴えられていてもおかしくは無いのだが。
恐らく玲華が誘われていたら、この男を拒絶することは出来なかったであろう……。
とにかくこの営業部の中でも女性社員からは大変嫌われているのだ。なにより、体臭がひどいので彼の周りには空間ができるので人間ミステリーサークルができたほど。
そしてついたあだ名が、久瀬の名字をもじった――クセェ係長。
七つの大罪である傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、貧食、怠惰の
「これからは俺の部下としてしっかりフォローしていくつもりだから、よろしく頼むよ」
「はぁ……よろしくお願いします」
そもそも、まだ入社数年目の新人に近い玲華にたった一人でプレゼンをやれ、というのがおかしいのだ。他の社員は先輩の補助をつけてから行うのが通例である。
ましてやほぼ雑用だったとはいえこの仕事をしてきた玲華ならまだしも、その身体の中身は異世界人のレイカなのだ。普通に考えれば一人でやれるなんてことは有り得ない。
戸惑いの表情を隠せないレイカを見た久瀬係長は案の定、下卑た笑いを
「ところで玲華君。今夜あたり時間あるかね? 食事でも食べながらアドバイスでもしてあげようじゃないか。……手取り足取り、優し~くね」
ニチャア……と開いた口に粘ついた
前世界で不潔な人間などいくらでも見てきたレイカだが、『これはさすがに……キッツイわね……』と心中で漏らしてしまう。
生理的嫌悪感で背筋がゾクゾクとするレベルだ。
そして臭い。なにかの攻撃魔法かと錯覚するほどに体臭と口臭のダブルスメルがレイカを襲う。
反射的に体内の魔力を練り上げ、一時的に嗅覚を遮断する。
もはや魔法技能の無駄遣いである。
「お誘いは嬉しいのですが……その場には他の方もいらっしゃるのですか?」
「ん? 心配しなくても、もちろん二人きりだよ。んふふふ、なんだレイカ君。もう期待しているのかい?」
「……でしたら、申し訳ありませんがお断りいたしますわ。紳士な久瀬係長さんであれば御理解いただけるはず……ですよね?」
「ぐぬっ!? ぬぬぬ……」
暗に『お前は信用ならないから行くわけがないでしょう?』という皮肉を込めて断りを入れるレイカ。
しかし言葉通りの意味しかくみ取る能がないのか、ただ単にフラれたと受け取った久瀬係長は吹き出る汗をハンカチで拭きながらフン、と鼻から空気を抜くと――
「そうやって俺の善意を無下にしても、最後に困るのは君の方だからね。……まぁいい。どうせすぐに泣きつくことになるだろうから」
皮肉にもならないような台詞を吐き捨て、ノシノシと革靴の軋む音を鳴らしながら自分のデスクへと帰っていった。
「……いったいアレは……なんだったのかしら?」
ぽつりと、つい溜息のような愚痴が漏れてしまう。
そしてレイカのその疑問の答えは、早くも次の日に判明した。それも、驚きの事実と共に。
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