最終話 そして、次へ
翌朝、ビスコッティの薬の抜けが悪く、寝ぼけたような状態のまま気合いで食べた朝食の味など覚えていなかったが、大好物の玉子サンドをしこたま食べたリズはご機嫌だった。
私はベッドに横になり、このどうにもならない怠さと眠気が抜けるのはいつかと、ビスコッティに聞きたかったが、どこかに出かけてしまっていなかった。
「あれ、まだしんどいの?」
スコーンが様子を見にきてくれたのは嬉しかったが、効くかなぁと打っていった注射によってさらに具合が悪くなり、私はもう終日クローズドか、これ? という有様で死にそうになっていた。
「はぁ……これって医療事故?」
私は苦笑して、ぐったりしていた。
「なんだ、薬物耐性ないのか。拷問されたらイチコロだな」
様子をみにきた犬姉が物騒な事をいって去っていき、こりゃダメかもと思っていたとき、リズがテキーラのショットグラスを持ってきたので、一気飲みしたら……治った。
「やっぱ、あんたが調子悪いときはこれに限るねぇ。なにせ、三才の時からやってるから!!」
リズが玉子サンド片手に去っていった。
「はぁ、治った。なんだったんだ……」
私は笑みを浮かべてベッドを下り、私は衛星電話を接続したノートパソコンを立ち上げた。
すると、至急でジジイから旅もいいが、いい加減城に入れ。お前は一国を任されている身なんだぞというメッセージを着信した。
私はジジイ……父親の性格をよく知っていた。
これは警告。次は、強制力がある命令でくる。
私は小さく息を吐き、大好きで生き甲斐ともいえる旅を、ここらで閉める覚悟を決める時がきたかと覚悟を決めた。
なにせ、もう四十三才である。これから、女王としての様々な事を学ぶには、もうかなり遅いといえた。
「……朝から暗いな。嫌だねぇ」
私は苦笑した。
家から出る気にもならず、みんなどこかに出かけて一人でいる時を狙って、私は赤い衛星電話を使って、仲間たちの怪しい情報を全て消去してクリアな状態にした。
「これで、変に狙われる事もないでしょ。これだけは、やっておかないと……」
私は赤い衛星電話をしまい、煙草に火を付けて冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「……こりゃ解散かな。私には、意見する権利はない」
苦笑して、私は紫煙を吐き出した。
まあ、これが今生の別れではない。
それだけが、せめてもの救いだった。
「まあ、最低でも教育係のリズはついてくる義務がある。これからは、女王教育だぞ。できるのか、あいつ」
私は笑った。
「呼んだ?」
天井に張りついていたらしいリズが、飛び下りてきた。
「呼んでねぇよ、このキャラメルフラペチーノ野郎。首輪つけて、リード引いてやろうか!!」
私は渾身のパンチでリズを黙らせ、ノートパソコンの画面に戻った。
……ぶっちゃけ、少し機嫌が悪かった。
私はカウンターからテキーラの瓶を持ってきて、ラッパ飲みしながらクソジジイに今帰るから待ってろ!! と返信した。
「ああ、お酒が美味い。こんなの、久々だな」
私は笑って二本目のテキーラを飲み、変な気分になった。
「おい、そこのキャラメルフラペチーノ。私の股の穴ぼこを嘗めろ!!」
「馬鹿野郎!!」
リズが派手なパンチを繰り出し、私は避けた。
「なに昼から悪酔いしてるの。機嫌悪そうだけど、腐ったマンゴーでも食ったか!!」
リズが笑った。
「その程度ならいいよ。ジジイが城に帰ってこいってさ。旅生活も終わりだよ……」
私は三本目のテキーラを一気に飲み干し、そのまま倒れた。
「あーあ、ついにきちゃったか。まあ、この状況の方が異常だからねぇ」
リズが苦笑した。
「はぁ、飲み過ぎた。エロいことでもしようぜ!!」
「……ダメだこりゃ。あたしも手がつけられない」
リズが頭を掻いた。
「うん、エロいことか。どんなのだ?」
外で盗み聞きでもしていたのか、犬姉が笑みを浮かべて、家に入ってきた。
「ああ、真に受けないで。コイツ、ついに爆発しちゃっただけだから」
リズが小さくため息を吐いた。
「そうか、残念だ。ここまで酔っ払ってしまったら、護衛の一人でもいないと危ないだろう。ちょっと手伝え、ベッドまで運ぶ」
「はいはい、手間掛かるねぇ」
犬姉とリズが私をベッドに運び、そのままテーブルに向かっていった。
私は隠していた四本目を一気飲みし……そのまま気絶した。
すんごい気持ち悪い中、起きたら夕食の時間だったが、とても食欲はなかった。
「あの、凄まじくお酒臭いですけど、どれだけ飲んだのですか?」
ベッドサイドにいたビスコッティが、心配そうに聞いてきた。
「……憶えてない」
「それ、ヤバいです。師匠、これはダメです。寝かせましょう!!」
ビスコッティが叫んだ。
「分かってるよ、ビスコッティ並に飲んじゃったのは。ビスコッティのアルコール中和の魔法薬があったからいいけど、普通は急性アルコール中毒だよ」
スコーンが小さく息を吐いた。
「……なにもしたくない」
私は息を吐いた。
「なにも出来ないでしょう。お酒がもったいないですよ」
ビスコッティが苦笑した。
「どうしちゃったんだか知らないけど、悩みがあったら聞くよ。落ち着いたらね」
スコーンが笑みを浮かべ、ビスコッティと一緒に今日はピロシキだったらしいテーブルに向かった。
「あぁ、なんて日だ……」
私はちょっと泣いた。
ビスコッティの薬はかなり強力だったようで、深夜になってようやく私は復活した。
「はぁ、あのキャラメルフラペチーノ野郎どこいった……」
リズは食卓を囲み、ビスコッティのお供でチビチビ飲み、スコーンはゲームボーイを弄っていた。
「おい、そこのキャラメルフラペチーノ野郎。攻撃魔法で、なんかぶっ壊せ!!」
「あーあ、まだ荒れてるよ。それも、しょうがないんだけどね……」
リズが苦笑した。
「あの、マリーさんどうしたのですか。今日一日、完全におかしいですよ」
ビスコッティが不思議そうに聞いた。
「うん、あたしの口から話す事じゃないな。みんなに伝えて、明日の朝になるけど、マリーから重要な話があるからって」
リズが笑みを浮かべた。
「はい、分かりました。なにか、痛々しいです」
ビスコッティが小さく息を吐いた。
「……私はなにもできないね」
スコーンが息を吐いて、俯いた。
「……ごめん、みんな。私どうも元に戻せないから、そこのキャラメルフラペチーノ野郎に任せた。私よりよく分かってるよ」
私はため息を吐き、ベッドに横になって布団を被った。
翌朝、いよいよ嫌な時がきた。
ご飯が不味くなるといけないので、食後のお茶の時に立ち上がって、私は息を吐いた。
「みんなに会えて嬉しかったよ。もう自由の身じゃないから、私は城に入る事にしたんだ。つまり、この旅のチームから私は抜けるって事なんだけど、みんなはどうするのかな。バラバラになって旅をするのか、私が抜けた状態で纏めて旅をするのか、私に決める権利はないからね。まあ、楽しかったよってのが、私の偽らざる本音かな。いいたいことはそれだけなんだ」
私は笑みを浮かべた。
「あの、実はみんなで秘密に決めていた事があるんです。昨日のマリーの大荒れを知って、この決意は固いです。私たちは、この群島に定住します。それなら、暇な時にみんなに会えますよ」
みんなのお姉さん、ビスコッティが笑みを浮かべながらいった。
「……そっか、みんな優しいね。分かった、食料なんかの手配はするし、建設部の面々も置いていくから、苦労はしないかな。暇な時があったら、なるべくちょくちょくくるよ」
私は笑みを浮かべた。
「あのジジイがブチ切れる前に帰らないといけないから、今日の夜帰るよ。あの可愛一号機はスコーン専用機にする。私は改修前で、ボロい三号機でいいから。女王はこうじゃないとね!!」
私は笑った。
昼になったが、私はちょっと寂しくなってしまうので、あえて家の中にいた。
一緒にいるのはリズだけで、スーパーファミコンで遊んでいた。
「おい、キャラメルマキアート野郎。茶くらい淹れろ」
「ヤダよ。自分でやれ!!」
リズが笑った。
「じゃいいや。そのロ○のテーマいいね。なんかこう、冒険心が……」
「やめな、もう完全に王女だぞ。旅と放埒の日々は終わり。あたしも、城詰めなんて嫌なんだけどね」
リズが笑った。
「はぁ、おうち帰るのか。飛び出したの、二十かそこらだぞ。ずっと旅して、時には追い剥ぎに遭ったり、魔物の襲撃で死にかけたり……色々あったなぁ」
私は笑った。
「そりゃ二十年近く城にも帰らず、旅は生き甲斐とまで言い切っちゃうようなバカだもんね。これから、延々と退屈だぞ!!」
「暇だったら、リズに夜這いかけるからいい。何度襲っても、迎撃されちゃうんだよなぁ」
「当たり前じゃ、このボケ弟子!!」
リズが笑った。
「弟子ね……一生これかい!!」
私は笑った。
時間はゆっくり流れ、誰もこないまま昼時を迎えたが、よほど遠出しているのか、誰も帰ってこなかった。
私とリズしかいなかったが、いつも通りCAさん二名がきて昼食の準備をはじめた。
「おかしいな。みんな、いつもはお昼には帰ってくるのに。定住してくれるって事は、家でも建ててもらってるのかな」
私は笑みを浮かべた。
「それはあり得るね。台風対策で、ここの家ってシンプルなわりには細部をしっかり作り込むから、かなり時間が掛かるって監督がいってたぞ!!」
リズが笑った。
「そっか。まあ、ここが嵐の時は凄まじい強風が吹くからね。飛んじゃったら、シャレにならないから」
私は笑った。
「ん、この香りはとんこつラーメンだな。好物なんだよね」
リズが笑った。
「相変わらずだなぁ。私は醤油で勝負なんだけど……」
私は笑った。
「キャラメルフラペチーノ野郎、メシ食ったら速攻で帰るぞ。夜便って嘘吐いたけど、下手にお見送りされたら、私もさすがに大泣きしちゃうからね」
「はいはい、そうだと思って準備はしてある。あとは、大事なノートパソコンを抱えて出るだけだぞ」
リズが笑みを浮かべた。
「さすがだね。あとは、クランペットに任せていくぞ!!」
私たちは手早く食事を済ませ、私はノートパソコンを入れたアタッシュケースを持って、待機していたバスに飛び乗った。
ゆっくりバスが走りだし、空港のゲートを潜り抜けると、垂直尾翼だけフィン王国の国章に変わったトリトンブルーの747-400の機体の脇に止まり、私とリズはタラップを上って機内に入った。
国内線仕様で、全てエコノミークラスの狭いシートの一つに腰を下ろすと、私は思わず涙した。
「嫌なんだよ、どうしても。でも、これも定めだから……」
「あたしだって、こんなマリーを連れて行くのは嫌なんだよ。でも、諦めるしかないね。むしろ、今までよく許されていたと思うよ。もう、議会を抑えるのも限界なんでしょ」
隣のリズが苦笑した。
「分かってるけどさ……。これで、みんなでお見送りなんてされたら、せっかく決めた覚悟が崩れそうだよ」
「だから、さっさと帰るんでしょ。少なくとも、あたしはこれをみんなを騙したなんて思ってないからさ!!」
リズが小さく笑い、飛行機の扉が閉じられた。
年季の入った機体がプッシュバックされ、四発あるエンジンが快調に始動すると、私は涙を拭って、自分なりの女王の顔を作った。
「よし、気合い入ったな。城は城で忙しいから!!」
リズが笑った。
「まぁ、さすがに気合い入れないとダメでしょ。人前じゃ弱いところを見せられないしね」
私は笑みを浮かべた。
飛行機は誘導路を通り、滑走路に入ると一度止まった。
ややあって、エンジンが全開になった事を示す金属音が機内に響き、長い離陸滑走のあと、空に上がった。
機窓から遠ざかる島の姿を見ながら、私は小さく息を吐いた。
私たちを乗せた飛行機は、王都に向けての飛行に入り、程なく島も見えなくなり、さて次ぎに行けるのはいつか。そのことばかり考えていた。
こうして、私の長い旅人生活も終わり、女王としての仕事に専念する事になった。
いい仲間たちに出会い、最後に楽しい旅ができた。
これは、私の大事な宝物として心にしまっておこう。
そう思って決意も新たに、私は小さく笑みを浮かべたのだった。
(完結)
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