第32話 雨まで降って……

 夜半からポツポツ振り出した雨は、朝を迎える頃には本降りの雨となっていた。

 パステル自慢の二十人入れる超大型テントの床には銀マットが敷き詰められていたが、快適とはいいがたい蒸し暑さだけは、いかんともしがたかった。

「今日は屋外コンロが使えません。携帯食料で済ませましょう」

 パステルが全員分のレーションを配り、小さく笑みを浮かべた。

「師匠、ナイフ教えて!!」

 私はリズに笑った。

「だから、あたしはダメだって。犬姉かビスコッティに聞いて!!」

 リズが笑った。

「二人ともプロじゃん。いくらお金積んでも、きっと教えてくれないよ」

 私は笑った。

「なに、ナイフやりたいの。でも、今はまだ体調が……」

 犬姉が真っ青な顔で床に崩れ、マルシルが様子を見ていた。

「犬姉の様子はどう?」

「はい、恐らく今日がピークですね。明日には治ると思います」

 マルシルが笑った。

「そっか。あー、ナイフ憶えたいな。投擲ナイフとか、いい感じだし」

「なにがいい感じなの。あんたは、まともな魔法の一つでも憶えなさい!!」

 リズが私の頭にゲンコツを落とした。

「投擲は無理っぽいから冗談だけど、拳銃さえも近い距離で物をいうのはナイフか素手でしょ。素手は最終手段として、ナイフが欲しい。切実に」

 私は苦笑した。

「じゃあ、調子悪そうな犬姉じゃなくて、ビスコッティに聞けばいいじゃん!!」

 リズが笑った。

「だから、ビスコッティはナイフ持ったら怖いって有名なんだよ。スコーンじゃダメだし。でも、ビスコッティしかいないな。ねぇ、お金払うから教えて!!」

「いいですよ。授業料はいりません。でも、テントの中では危険なので振りません。どんなナイフを持っているんですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、ミリタリーモデルをもらったんだよね。錆びないから、果物切るときに便利なんだけど……」

 私は腰のベルトに挿してあるナイフを、鞘ごと外してビスコッティに見せた。

「いいナイフじゃないですか。少し研いだ方がいいですが、突き刺すならこれで十分です。持ち方はこうです」

 私にナイフを返してくれたビスコッティが、自分のナイフを取って構えた。

「そっか、こうか……。これが苦手なんだけどな」

 私は何回も練習して、多分それなりの形にはなった。

「あとは、実際に振らないとダメです。間違えても、ナイフの間合いでそのまま突撃しないで下さいね。逆襲されて、こちらがやられてしまいます」

「そんな怖い事しないよ。ナイフ格闘って聞くだけで、私は怖いもん」

 私は笑った。

「これは、一から教えないとダメですね。要領がいい人なら、すぐに憶えますよ」

「そっか、刃物は苦手とはいわないけど、せいぜいロングソードだからね」

 私は笑った。

「……待った。ビスコッティのは、暗殺術がベースだよ……。実戦的なのは……私。うげぇ、気持ち悪い……」

 弱り切った犬姉がヒックリ返った。

「まだ無理してはいけません。これが、副作用なので先に説明しておくべきでしたが、そんな余裕がなかったので」

 マルシルが犬姉を介抱した。

「そっちは任せた。それにしても、ナイフって色々あるんだね」

「はい、結局人それぞれなのですが、基本を知らないと怪我をするのは自分なので、ちゃんと教えますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならいいや……はぁ、調子悪い……」

 ここまで弱った犬姉も珍しいが、今なら撃てば当たりそうだった。

 しかし、テントに穴が開くのでやめておくに越した事はなかった。

「それにしても、大雨だね。今日一日は、これだろうね」

 私は苦笑した。

「はい。私も勘で分かります。これは、なかなかやまないですよ」

 パステルが笑った。

「だよね。こうなると、馬旅は止まるしかないんだよね。急ぎならともかく、無理してもいいことないから」

 私は笑った。

 テント叩く雨音が強くなったり弱くなったりしながら、今日も移動は難しそうだった。

「ビスコッティ、お酒あげる。テーブルワインだけど、暇でしょ」

「はい、ありがとうございます」

 そろそろ燃料切れだと思い、私はビスコッティにお酒をあげた。

 ラッパ飲みで一気にお酒を飲み干したビスコッティは、スコーンを抱えて髪型をいじりはじめた。

「ダメ、おでこ出ないとダメ!!」

「やってます。クルクルパーマでもかけますか……」

 とまあ、暇な時間はゆっくり過ぎていった。


 雨の中、外のタープ下に置かれたテーブルにある灰皿のところで煙草を吸っていると、リズがテントから出てきて、やはり煙草を吸い始めた。

「馬旅は天候に左右されるからねぇ。あたしは、車の方が好きだけどな」

 リズが笑った。

「それじゃ味気ないでしょ。これもまた、旅の思い出だよ」

 私は笑った。

「それはいいんだけど、これだけ降ってるとマッドゴーレムとか作って遊びたくなるねぇ」

 リズが笑った。

「それより、結界魔法を教えてよ。せっかく、魔法がまともに使えるようになったのに」

 私は小切手帳を懐から出し、金額を未記入でリズに渡した。

「なんのつもり。これで、あたしをどうこうしようと思ったら、弟子として失格よ!!」

 リズがその小切手を受け取らず、寝ぼけて出てきたリナに手渡した。

 国法により、小切手帳から切り離した小切手は、もう元には戻せないので、暇そうなリナに手渡したのだ。

「あ、あの、これは?」

 リナの目が一気に覚めたようで、金額欄が空欄の小切手をピラピラさせた。

「私の師匠が受け取ってくれなくてさ。代わりにもらっておいて!!」

「あ、あたしが一体なにを……。ちょうどビスコッティも昼寝から起きたから、代わってくる!!」

 リナが慌ててテント内に戻っていった。

 しばらくして、ビスコッティが笑みを浮かべて小切手を持って出てきた。

「リナから聞きました。師匠はまだ寝ているので、私が……。無記入で好きなだけ金額を書けって、どっかの裏商売ですか。私のナイフコレクションから一本差し上げますので、授業料として一万クローネだけ頂きます」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっと待った!!」

 フラフラとした足取りで、犬姉がテントから出てきた。

「あれ、もういいの?」

「あんましよくないけど、歩けるようにはなったぞ。それより、なんでビスコッティだけ授業料もらってるの。私だって教えるのに……」

 そこは傭兵の血が騒ぐのか、犬姉がビスコッティを睨んだ。

「はいはい、もう一枚出せば気が済むんでしょ」

 私は金額未記入でサインだけした小切手を、犬姉の手に渡した。

「うむ、素直だな。よし、普通じゃ教えない私の必殺技も教えてやろう。ちょうど、欲しい銃があってさ。これで、買える」

 犬姉がにんまりして目の前で金額を書き込み、またテントに戻っていった。

「あのさ、むやみに小切手切る癖直した方がいいよ。トラブルの元になるから!!」

 リズが笑った。

「なんで、いきなりこんな事やってるんです。仕事ですか?」

 ビスコッティが聞いた。

「いや、平和だよ。リズに結界魔法教えてっていったら、お金受け取ってくれないの。まあ、お金で動くようなリズじゃないけど」

「当たり前でしょ。まだ、魔力に目覚めたばかりで、結界魔法なんて冗談じゃないよ。あれ、あたしは簡単そうに使ってるように見えるだろうけど、細部の調整とか細かい事を経験則と理屈で一瞬ではじき出してやってるんだよ。お前には百年早い!!」

 リズが笑った。

「でも、使わないと伸びませんよ。私も結界は得意な方ですが、何回も失敗して憶えるんです。師匠があまり興味がないので、独学ですよ」

「へぇ、独学で結界をね。あたしも机上の計算はよくやってるけど、成功率はコンマ何パーセントでしょ。嫌にならない?」

「はい、なりません。好きでやっていますし師匠が攻撃魔法好きなので、結界をしっかりしないと脇が甘くなってしまうので必死ですよ」

 ビスコッティが笑った。

「呼んだ?」

 スコーンがテントから顔を出し、雨で濡れてボロクソになった。

「別に呼んでないよ。ビスコッティから、新作魔法のアイディアをもらっていただけ!!」

 リズが笑った。

「嘘だ。ビスコッティが自分の研究を明かすわけがない。話に混ぜて!!」

 スコーンが出てきて、煙草を吸い始めた。

「結解魔法の話をしていたのですよ。師匠は苦手じゃないですか」

 ビスコッティが苦笑した。

「えっ、結界なんてクソボロッコイ話してないで、攻撃魔法の話をしようよ!!」

「こら、あたしの専門はそのクソボロッコイ結界だぞ。一から鍛え直そうか?」

 リズが笑った。

「ヤダよ、リズを師匠にしたら筋トレばかりでしょ。お腹六つに割れたらかっこいいけど、マッチョは嫌!!」

 スコーンが笑った。

「あれ、マリーなんてもう全身筋肉だるまだよ。ちゃんと動ける筋肉を作ったし、ナイスバディな作品に仕上がったよ!!」

「それはオペの時気が付いたけど、さすがにここまでは……って思ったよ」

「だって、フィン王国海兵隊の隊員にも負けないボディが欲しいっていうから、あたしが鍛え上げただけだよ。コイツ、かなりストイックだから、なんか言い出したら気を付けた方がいいよ!!」

 リズが笑った。

「ナイフもそうなんですか?」

 ビスコッティが笑った。

「うん、やるからには犬姉やビスコッティには負けたくないもん」

「あれ、もう私に勝つつもりですか。気が早いですよ」

 ビスコッティが笑った。

「目標は高くね。魔法じゃリズに勝てないから、ナイフはなんとか……」

「アハハ、あたしに勝とうなんて百年早いわ。じゃなかったら、教育係に抜擢されん!!」

 リズが笑った。


 時間が過ぎてちょうどよくなり、みんなが起き出すとパステルがレーションを配りはじめた。

「味気ないですが、ないよりマシでしょう。インスタントですが、コーヒーも付いていますし」

 ずっと思っていたが、パステルは料理の選択が上手い。

 レーションなんて、失敗作を買ってしまうと酷い目に遭うのに、少々の薬品臭さは保存性のために譲る事として、ちゃんと食べられる食事だった。

「パステルとラパト、お酒好き?」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、嗜む程度ですが、嫌いではないです」

 パステルが笑った。

「はい、私も好むわけではないですが、美味しいお酒は好きですよ」

 ラパトが笑った。

「うん、目的地のポートランにエルムってシャトーがあるんだけど、そこのシャンパンが美味しいんだよね。予約しないとダメだから、さっそくやっとく」

 衛星電話経由でジジイに連絡し、すぐに早馬を飛ばしたというメッセージが返ってきた。

「あの、お酒なら私に相談して下さいよ」

 話を聞きつけたらしく、ビスコッティが近寄ってきた。

「いや、ビスコッティってガス入りのお酒は苦手かなって思って」

「とんでもありません。喉に染みるシュワシュワ感がいいんです。その場で飲まないと台無しになるところもいいですね。どんなお酒ですか?」

「うん、色は白なんだけど、最近はロゼも出したかな。お勧めは、白の三年物かな。のどごしが軽くて、ジュースみたいで美味しいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか。ジュースみたいなお酒なら、師匠も喜ぶでしょう。アルコール度は?」

「十四パーセントくらいだったかな。色覚えだから、よく分からないよ」

「そうですか。それなら、飲みやすいですね。私のチェックから漏れるとは、期待出来るお酒のようです」

 ビスコッティがメモを取り、ゲームボーイでテトリスをやって暇つぶししていたスコーンに報告した。

「なに、美味しいお酒があるの。行く!!」

 多少飲めるスコーンが笑った。

「それには、この雨がやまないとね。そういえば、犬姉はどうなった?」

 私がみると、レーションを自力でモシャモシャ食べている犬姉の姿があった。

「ちょうどよく雨なので、今日一日休めば戻るでしょう。かなり強力な魔力なので、その気になれば、ちょっとしたお城なら一瞬でぶっ壊せますよ」

 マルシルが笑った。

「へぇ、犬姉が……。私のオメガブラストと勝負する?」

 リズがさっそく食いついた。

「しないよ。あんなアホな魔法使ったら、ターゲットを確実に倒したか確認出来ないじゃん。結果が全てなんだから」

 犬姉が怠そうにいった。

 私は暇つぶしにノートパソコンを取りだし、オメガブラスト・アルティメット・デストラクションを越える魔法の開発に入った。

「ほら、リズの癖。つぎはぎだらけだから、つけいる隙がありすぎるんだよね……」

 私はC言語で丁寧に一からコーディングし、ルーン文字変換関数をお尻にくっつけてコンパイルを実行した。

 シンタックスエラーはなく、画面に表示されたルーン文字の羅列を確認し、推定比率二百七十パーセンと威力増大したが、ほぼ全文がいわゆる裏ルーンという禁断の文字だった。

「こりゃダメだ。表ルーンしか知らない師匠じゃ使いこなせないな」

 私が呟くと、頭にゲンコツが落ちた。

「あのね、あたしだって裏ルーンは知ってるよ。どうすんのこの魔法、禁術指定確定だよ!!」

 リズが呆れた顔をした。

「研究するのは自由だ。これどうしようかね。まさか、ほぼ全文が裏ルーンとは……」

「当たり前でしょ。オリジナルのオメガブラストを改良するために、裏ルーンをちょっぴり使った禁術すれすれの魔法なんだから。そんなの破棄しなさい!!」

 リズが苦笑した。

「ダメ、破棄はダメ。研究しる!!」

 どこで聞いていたのか、スコーンがすっ飛んできて、ノートパソコンの画面に表示された裏ルーン文字しかない呪文を見た。

「簡単だよ、表ルーンに紐付けて裏返せばいいんだよ。そうしたら、表ルーンだけのクリーンな攻撃魔法になるよ。メモるから待って……」

 スコーンがメモりだした頃をきっかけに、私は空間ポケットを開いて、クリーンな白のノートパソコンを取り出した。

「これあげる。使い方は自由だけど、分からなかったら聞いて!!」

 私はノートパソコンをスコーンに手渡した。

「こ、こんな高価なものいいの。ビスコッティに使い方を聞く!!」

 スコーンが喜んでノートパソコンを鞄にしまい、私が出力させた表には出せない魔法をノートに記述していった。

「要するに、これを表ルーンに変換すればいいんでしょ。なら、こうだ!!」

 私はキーボードを叩き、第二段階の世紀呪文生成エディタに全文をコピーして、実行した。

 複雑怪奇な裏ルーンの呪文が整理され、表ルーンに次々返還されていき、禁術を魔脱がれたオメガブラスト・アルティメット・デストラクション、合計二十四文字の呪文が完成した。

「師匠、いかがですか?」

「この野郎、あたしのオメガブラスト・アルティメット・デストラクションになにしやがる!!」

 リズが私を蹴った。

「でもまあ、やっぱ呪文作り得意だねぇ。これ、自分で使うとションベンちびるほどビックリするよ!!」

 リズが笑った。

 リズがこっそりメモ帳に呪文を書き記した事を確認し、次はスコーンに目を向けた。

「事前調査で知ってるんだ。スコーンの必殺技が『光の矢』であることは。さすがに、呪文までは分からないけど、私の『光の矢』を作ってみようか」

 私は基本エディタでC言語を使ってコーディングし、コンパイラに掛けて問題ない事を確認すると、吐き出されたエグゼを叩いた。

 開かれた呪文エディタは全て裏ルーンで、これをひょいっとひっくり返して表ルーンのごく普通の魔法に仕上げ、凄まじく長い呪文をどう圧縮するか考えた。

「なに、もう出来ちゃったの。何年もかかったのに……」

 スコーンが小さく息を吐いた。

「慣れてるから。スコーン、唱えられる呪文の最大文字数は?」

「うん、大体二十文字までは憶えられるけど、それ以上はメモを見ないと……」

 スコーンが、また小さな息を吐いた。

「二十文字ね。それじゃ、長すぎても困るから、十文字くらいにするか……」

 私は呪文短縮アプリケーションを起動し、長すぎる百文字を超える呪文を十文字に纏める作業に入った。

 最終的に吐き出された呪文は十四文字。これが、この魔法の限界点だった。

「これ、スコーンに上げる。途中経過もみんな上げるから」

 私はUSBメモリをノートパソコンにセットし、全てのデータをコピーするとスコーンに渡した。

「なに、このちっこいの?」

「中にデータが入ってるんだよ。魔法開発キットも入れておいたけど、自作だから好きに改良して。ビスコッティが詳しそうだから、聞いてみるといいよ。これ、ビスコッティにプレゼント」

 私は鞄の中からタブレットを取りだし、スコーンに渡した。

「分かった、ありがとう!!」

 スコーンが喜んで、ビスコッティにタブレットを渡し、説明を聞きながらスコーンが ノートパソコンの電源オンオフからはじめた。

「今や、魔法開発はIT化されてるんだよね。ノートに書く昔の方法も捨てがたいけど、なんだかんだで早いから」

 私は笑った。


 朝の具合からして、すぐに弱まるにわか雨だと思っていたのだが、雨脚は強くなる一方で、私のお天気運最悪という体質? を思い出した。

「参ったね。やる事ないから、自分用の魔法を開発しよう」

 朝から立ち上げっぱなしのノートパソコンに向かい、ついでに衛星電話の文字情報を確認すると、島にもう一つ魔法研究所が出来た事が記されていた。

「あれ、注文したの一軒だけだったんだけどな。勘違いでもしたのかな。このままじゃ、島が魔法研究所だらけになっちゃうぞ」

 私は苦笑した。

「さて、穴ぼことか身の回りの細々したのはすでに出来るから……。攻撃魔法は柄じゃないんだよね。調べてもらった結果は、どちらかといえば攻撃魔法に向いているって出たけどね」

 私は笑いながら、定番中の定番との評価も高い、ファイアボールの研究に入った。

「うーん、これじゃ中心核の音頭が二千度越えちゃってるし、爆発もおきないしなぁ。聞いてた、ファイアボールと違う。師匠!!」

「なんじゃい!!」

 リズがさきイカを囓りながらやってきた。

「ファイアボールが上手くいかないんだよ。これじゃ、なんか変なファイアボールになっちゃって……」

「どれ……」

 画面に映し出された呪文を見て、リズの顔色が変わり、真剣な物になった。

「……これ、作ったの?」

「うん、自分用に欲しかったから」

 リズが素早く呪文をメモった。

「これ、最強クラスでも上位のファイアボールだよ。どこで、こんな発想が……」

「だから、呪文作るのは得意なんだって!!」

 私は笑った。

「ファイアボールっていえばあたしよ。どんな魔法に仕上がったの?」

 リナがやってきて、ノートパソコンの画面を見て、素早くメモを取った。

「……ナーガ、負けた。なんだあれ」

「さぁ、どんな呪文ですか?」

 リナのメモをみたナーガが、リナをぶん殴った。

「修行が足らん!!」

「いてぇなこの。ファイアボールの中心核の温度って、せいぜい七百度だよ。二千度って、もう違う魔法じゃない!!」

「そうね……まあ、そういう魔法もあるって納得しなさい。あなたも、教科書魔法ばかりやってないで、自分で開発しないとダメね」

 ナーガが笑った。

「お茶入りました」

 静かにしていたマンドラが、夏らしく冷たいお茶を配りはじめた。

「ありがと……これ、どうしたら中心核の温度が適温になるか……」

 色々弄っていると、中心核の温度が一万度を越えてしまった。

「太陽か!!」

 私は苦笑してひっくり返った。

「なに、またパワーアップしちゃったの?」

 リズが笑った。

「一万度だって。なんだって解けちゃうよ!!」

 私は笑った。

「それはやり過ぎだね。さすがに、そんな魔法は使えないぞ」

「分かってるよ。これ、どうやっても……」

 ……気が付けば、裏ルーンを使っていた。

「あれ……」

「馬鹿たれ。滅多に裏ルーンなって使うな!!」

 リズのゲンコツが私の頭に落ちた。

「そういう設定になっていたんだもん。しょうがない、エディタの設定を変えて……」

 私はノートパソコンを弄り、エディタをまともなモードに切り替え、一からファイアボールの研究を始めた。

「……今度は中心核の温度がマイナス百九十七度。どんな炎だ!!」

 こうなればヤケなので、私がエディタを叩こうとすると、ビスコッティが呪文をメモして去っていった。

 相変わらずのC言語で魔法を組んでいき、コンパイルするとシンタックスエラーはゼロだった。

「ってことは、文法は間違っていないのか。なんで、シミュレータで実行すると、こんな結果になるんだろ……」

 これでは使えないので、私は吐き出された呪文を手解析していった。

「……あれ、なんでこんなところに裏ルーンがあるんだろ。コイツが原因だな」

 私は改めて呪文を組み直し、コンパイルの後にエグゼを叩き、吐き出された呪文を確認していった。

「……うん、今度はいい。シミュレータで確認しよう」

 私がシミュレータアプリケーションで実行すると、中心核七万二千度という試算結果が出た。

「もう嫌!!」

 私は泣きそうになった。

「どうしたの?」

 スコーンがビスコッティと一緒に近づいてきた。

「まともなファイアボールが出来ないんだよ。自分用って決めた途端に、全く出来なくなっちゃったよ。ホントは回復とかやりたいのに、魔力特性が攻撃寄りっていうから!!」

「それが原因だよ。攻撃寄りの魔力特性を持ってる人が、攻撃なんてやったら余計に強くなっちゃう。回復とかやってみたら?」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「私は完全に回復寄りなので、攻撃魔法はあまり得意ではありません。回復はいいんです。効果が高まった方が」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「……うん、やってみる。まずは、小傷直し程度の簡単なヤツ」

 派手過ぎる攻撃魔法に嫌気が差した私は、試しに簡単な回復魔法を作ってみた。

「いつも通り、シミュレータで確認して……」

 しかし、小傷どころか……死者が蘇生してしまった。

「うげっ!?」

 私は思わず声を上げた。

「な、なにこれ、ビスコッティ、生き返っちゃったよ。どうしよう……」

「分かりません。常識を越えたワンダーランドに突入してしまったようです。きっと、相反する魔力のバランスが……」

 ビスコッティが頭を抱えた。

「マリー、これはダメだよ。禁術指定どころか、捕まっちゃうよ!!」

 その捕まえる方にいる私に、スコーンが慌てて警告してきた。

 その間、ビスコッティがひっそり呪文をメモして、何食わぬ顔して渡したばかりのタブレットを弄り始めた。

「いっておくけど、これは私が使った場合の仮想結果だからね。みんなが同じ結果とは限らないし、実際に出来るとは限らないよ。そこは忘れないで!!」

 ……誰も話してくれなくなったので、無性に寂しかった。

「……マリー、ちょっと魔力みるよ。ビスコッティ、手伝って!!」

 スコーンがビスコッティに声を掛けた。

「師匠、忙しいです。後にして下さい」

 さっき上げたばかりのタブレットを弄りながら、ビスコッティが真顔で何かやっていた。

「ビスコッティ!!」

 スコーンがビスコッティをビシバシすると、ようやくビスコッティが現実に返ってきた。

「はい、なんです?」

「マリーの魔力測るの。例のあれ!!」

 ビスコッティが、なにやら手動式の血圧計のような物をもって、スコーンと一緒にやってきた。

「あとはビスコッティに任せて!!」

「はい、いきますよ」

 ビスコッティが私の右腕にバンドを巻き、なにか機械を弄りはじめた。

「えっと、七十八万ですね。人間ではあり得ません」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。

「ほら、やっぱり。特異体質みたいなものなんだよ。これじゃ、どんな魔法だって平均値をオーバーしちゃう。もっと小さく、魔力を抑制するような感じで、魔法を作ってみたら?」

 スコーンが笑った。

「抑制ね……。モジュールを作りますか」

 私は笑った。


 昼食を済ませた頃、犬姉がようやく復活した。

「うん、いいね」

 犬姉が、なにか嬉しそうだった。

 雨脚もようやく収まる気配を見せはじめたが、今日もここで一泊は確定の時間だった。

「話は聞いたぞ。ナイフを覚えるって?」

 犬姉が声を駆けてきた。

「うん、ビスコッティに基礎を習って、あとは犬姉らしいよ」

 私は笑った。

「うん、基礎は大事だぞ。でも、ビスコッティのナイフ術は癖があるからなぁ。元々裏家業で暗殺者をやっていたせいで、妙な使い方をするんだよね。そこまでは、憶えなくていいから。ビスコッティは訓練してるから戦闘にも使えるだけで、そっちは私の方が得意だから」

 タープの下で、犬姉が笑った。

「へぇ、こうだっけ?」

 私はナイフを抜いて、構えて見せた。

「不合格、全然甘いよ。ビスコッティ、ちょっときて教えてやって!!」

 犬姉が声を掛けると、テントからビスコッティが出てきた。

「あれ、やってるんですか?」

「見てこの構え。へっぴり腰で最悪だよ」

 犬姉が笑った。

「慣れないうちはそうでしょうね。筋肉は十分なので、あとは……」

 ビスコッティの指導の下、私は何度も構えを繰り返し、ようやく合格点をもらった。

「これが構えです。基本的にはこうですが、好きに変えてもいいんです。その点はお任せしますが、変えたら教えて下さい」

 小さく笑みを浮かべながら、ビスコッティがナイフを抜いた。

「どうぞ、どこからでも……」

「えっ、いきなりそういう展開なの!?」

 私はナイフを構え、ジリジリと迎え撃つ態勢のビスコッティとの間合いを一気に詰め、ナイフの刃をビスコッティの首に当てた。

「……あれ?」

 やられた判定のビスコッティが、目を白黒させた。

「あれ、やっちゃった?」

「やっちゃったじゃないです。私の方が鍛えないとダメです!!」

 ビスコッティが私を突き飛ばし、一人でナイフの素振りをはじめた。

「なんだ、もう負けたか。私は、優しくないぞ」

 犬姉が笑みを浮かべ、スッと構えた。

 全く隙がないその構えに、どうしたらいいか分からないでいると、犬姉の方から斬り込んできて、私はその刃を弾き、激しい切り合いになった。

「へぇ、やるじゃん。でも、私はこんなもんじゃないぞ」

 犬姉の速度がさらに上がり、私は犬姉のナイフを弾き飛ばすと同時に、思い切り一本背負いでぶん投げ、手に持っていたナイフで首を掻き切る姿を見せた。

「……マジかい!!」

 犬姉が飛び上がって跳ね起き、予備のナイフを引き抜いてもう一度私に殺気混じりの一撃を繰り出してきたので、しゃがんで避けた。

 立ち上がりざま、ナイフを下から上に突き上げたが犬姉は後方に飛んで避け、思い切り蹴りを入れてきた。

 その重たい蹴りを左腕一本で受け止め、渾身の右ストレートを犬姉の顔面に叩き込んだ。

「なんだ、やたら強いぞ!!」

「はい、やってられません。お酒飲みます!!」

 犬姉とビスコッティが言葉を交わし、その空きに私はナイフで突きを繰り出し、犬姉が首の動きだけで避けた。

 頬を切ったらしく、血しぶきが飛び散ったが、そんなことには構わず、目がマジな犬姉が私にナイフを繰り出してきた。

 私はそれを避けたが、紙一重で犬姉の刃が私の頬を斬り付け、私はナイフを捨てて降参の意を示した。

「なに、勝ち逃げかよ。許さないぞ」

 犬姉が私をぶん投げ、馬乗りになって私の顔をひたすら殴り、ようやく我に返った。

「……しまった、女王相手にマジになっちった」

 ボコボコになった私の顔を必死にマッサージしながら犬姉が慌てたが、もはや手遅れだった。

「おーい、医者!!」

「はい、なんですか。……うわ、やっちゃいましたね」

 ビスコッティが苦笑して、回復魔法で私の怪我を治してくれた。

「だから、私をマジにさせるな。メチャクチャやるじゃん」

 落ち着きを取り戻した犬姉が、小さく笑みを浮かべた。

「なんか、体が動いてた。リズの指導のお陰かな」

 私は苦笑した。

「リズ公の指導じゃ大した事ないでしょ。筋トレばっかさせるから」

 犬姉が笑った。

「まあ、そういうことかな」

 私は笑った。


 夜になり、あれだけ降った雨も上がると、パステルとラパトがタープの下に避難させていた屋外コンロ一式を移動させ、久々に温かな食事を作りはじめた。

「いい加減長居しちゃったし、明日は発つよ。もう少しだから、みんな頑張ってね」

 私は集まった全員に声を掛けた。

「お、お酒~……」

 ビスコッティが飲みたい感じだったので、十二年物の赤を空間ポケットから取り出して差し出すと、ビスコッティは自分の空間ポケットにしまった。

「お、お酒~」

 まだいうので、私は安物のテーブルワインを出すと、ビスコッティは器用に栓を開けて、一気にラッパ飲みした。

「はい、スッキリしました。大丈夫です!!」

 ビスコッティが笑った。

 そのうち食事が出来上がり、パステルがコショウと間違えて塩を入れてしまったといったが、しょっぱいだけで別に問題なかった。

「さて、みんな寝るよ。明日は早いから!!」

 私は笑みを浮かべたのだった。

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