第30話 馬旅再開
翌日、真夏の日差しが照りつける中、私たちは全員置きだし、遅めの朝食を摂っていた。
「ビスコッティ、納豆!!」
「はい、師匠。納豆好きですね」
ビスコッティが鞄から納豆のパックを取りだし、スコーンに手渡した。
「このネバネバがいいんだよ!!」
ご飯ではなくトーストなのに、スコーンはパンに山ほど納豆をかけ、バリバリ食べはじめた。
「そういや、名前はいわないけど、ドラゴニアは滅亡したって知らせがきたよ。流れで途中まで旅したけど、本来は第一級駆除対象だからね。危険すぎるって」
私は苦笑した。
「そうなんだ。どこか怖かったからね」
スコーンが苦笑した。
「まあ、過ぎた話はどうでもいいや。暑いけど、今日から馬旅に出ようと思うんだ。みんな大丈夫? 目的地は旧北部のポートラン。昨日話したっけ?」
私は笑った。
「はい、全員ではないと思いますが、聞いた人は聞いたと思いますが、全員揃った今なら問題ないですね」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「あたし、馬は初めてなんだけど……」
「私も……」
リナとナーガが自信なさそうにいった。
「すぐ慣れるよ。進む道は馬が勝手に選ぶし、手綱は馬屋のクランペットに聞くといいよ」
私は笑みを浮かべた。
「そうならいいけど……」
リナがハムエッグを平らげた。
「そう心配しなさんな。パステル、順調にいった場合、どのくらい掛かる?」
私が問いかけると、地図を片手にラパトと相談をはじめ、すぐに答えは出た。
「大体、二日くらいですね。美味しいお酒を飲みましょう!!」
パステルが元気にいった。
部屋でノートパソコンを開き、私の予定を『国内視察』にして準備を終え、階下に下りると全員揃っていた。
「準備はいいね。いくよ!!」
私を先頭に宿を出て、パステルとラパトを先頭に隊列を組み、私は最後尾についた。
隊列を組んだまま町を出て、私たちは真新しいアスファルト舗装の街道を走りはじめた。 久々に風を切る感覚が気持ちよく、過度な日焼けを防止するために身につけたマントが暑かったが、そんな事はあまり気にならなかった。
そんなこんなで街道を進み、特に問題なく時刻が昼下がりとなった頃、私たちは宿で作って貰ったお弁当を食べ、犬姉とビスコッティが夕食の食材を狩りにいった。
「いやー、平和だねぇ」
私は笑った。
無線ががなり、狩猟チームがリズを呼んだ。
「よし、いってくる!!」
リズがへカートⅡを持って、追いかけていった。
「あんなもんで撃ったら、野ウサギなんてバラバラになっちゃうぞ。まあ、いいけど」
私は苦笑した。
「マリー、逆穴ぼこ教えて!!」
スコーンが笑った。
「うーん、適当にやったからなぁ。師匠がみたら、ぶん殴られるよ」
私は苦笑して、呪文を唱えた。
スコーンの体が浮き、そのまま勢いよく空に向かっていった。
「あれ……」
私は空高く飛んでいった、スコーンを見上げた。
そのまま落ちてこないスコーンが視界から消えると、私は頭を掻いた。
「……なかった事にしよう」
浮遊の魔法か飛行の魔法でも使えればよかったのだが、私は師匠から使用を固く止められていた。
「救助に行くよ」
リナが飛行の魔法で空高く舞い上がり、数分後になにか喜んでいるスコーンがリナに抱えられて下りてきた。
「飛んだ!!」
「……ゴメンね」
私は小さくため息を吐いた。
「楽しいけど、これじゃダメだよ。穴ぼこは下!!」
「分かってるよ。でも、なぜか上に行っちゃうんだよね」
スコーンがノートになにか書きはじめた。
「これ!!」
スコーンが呪文を教えてくれたが、私は苦笑してメモを取るだけにした。
「なんで使うとこうなるかなぁ。永遠の謎だよ。さすがに、自信ないよ」
私は苦笑した。
「そういう人、たまにいるよ。直そうと思えば直せるけど。魔力って生命エネルギーだから、その流れを整えてやればいいんだよ。でも、これは魔法じゃ出来ないよ。慎重にオペしないと……」
スコーンが笑った。
「私はいいよ。痛そうだし」
私は苦笑した。
「痛くないよ。絶対やるべきだよ。ビスコッティが帰ってきたら、相談してみる」
「だからいいって。もし、私がまともになっちゃったら、師匠が悲しむよ。怒る相手がいないって!!」
私は笑みを浮かべた。
「場合によっては、寿命にも差し障るし、絶対やるべきだよ。ってか、まず診断だけしてみよう。手のひら貸して!!」
スコーンが私の右手と左手を取って、目を閉じた。
「……大変だ。完全逆位相。つまり、生命力が逆に回ってる。これじゃ、魔法が使えないどころか、寿命が縮んじゃうよ。医者としていうけど、オペしなさい!!」
スコーンが目の端に涙まで浮かべて、私に告げた。
「わ、分かったよ。ただし、忘れないでね。女王にオペするんだからね」
私は苦笑した。
夕方になって、かなりの数を仕留めた様子で、野ウサギを抱えてきた三人は、野外炊事セットを空間ポケットから出して、さっそく調理をはじめた。
「ビスコッティ、大変だよ!!」
スコーンが、ビスコッティに声を掛けた。
「マリーの生命力が完全逆位相なんだよ。早くオペしないとダメだよ!!」
スコーンの言葉を聞いた途端、ビスコッティの表情が険しくなった。
「師匠、それは大変です。今すぐでもオペしないと。リズ、結界を!!」
「なに、体質って聞いてたけど、そんなに大変だったの。結界ってどんなの?」
リズが轟いたようにいった。
「完全無菌で五、六人入れれば形は問いません。よく、今まで平気でしたね」
ビスコッティが頷いた。
「変だなとは思っていたけど……あたしだって魔法使いだし、逆位相の怖さは分かってるつもりだよ。まさか、バカ弟子が……」
リズは呟き、巨大な結界テントを作りだした。
「出来た、あとは医師に任せるよ」
スコーンとビスコッティが頷き私を結界内に導くと、さすがは師匠というか、ベッド型に加工された結界が一つあった。
「よし、このベッドを使おう。マリー、三時間くらいで終わるけど全身麻酔なんだ。まあ、麻酔は魔法で掛けるけど、大丈夫だから。服を脱いで、そこのベッドに仰向けに寝て」
私がいわれるとおりにすると、ビスコッティが呪文を唱え始め、私は急速に意識を失った。
独特の香りで目を覚ますと、マルシルが布袋を持って、私の顔の前でゆっくり振っていた。
「目覚めましたよ」
マルシルが笑みを浮かべ、近くで半分寝ていたスコーンを起こした。
「はぁ、寝ちゃった。オペは成功だよ!!」
疲れの見える顔で、スコーンが笑った。
「そっか、ありがとう。でも、私は派手な魔法は使わない。慣れてないから」
私は笑みを浮かべた。
「なんで、もう正常に使えるのに……」
「私は呪文を作る方が好きなんだ。変わってるでしょ?」
私は笑った。
「もったいないよ。使って!!」
「まあ、細々したものはね。さて、起きていい?」
私は笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。ビスコッティ、マリーが魔法を使わないっていうよ。どうしよう……」
「はい、師匠。人それぞれです。取りあえず、最悪の状況は脱して、通常の人間の形にしました。これがエルフだとややこしいのですが、人間は比較的簡単なんです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そっか、ありがとう。よし、今何時頃だ?」
腕時計をみると、すでに深夜だった。
かえってならず者や魔物を呼び寄せてしまう焚き火はなく、地面に置かれた巨大ランタンの周りに、みんな集まって談笑していた。
「……ひもじい」
私は空いている場所に座って、思わず呟いた。
実際、かなりお腹が空いていた。
「はい、どうぞ」
たまたま隣だったリナが、私に野ウサギの丸焼きを手渡してくれた。
それをモシャモシャ食べていると、師匠ことリズがやってきた。
「よう、無事か!!」
「無事だよ。でも、魔法は使わないからね」
私の言葉に、リズが笑った。
「それがいいよ。慣れてないし、暴発でもされたら困る。あんたは、今まで通り魔法でも作ってなさい!!」
「そうする。魔法作りは自信あるから」
私は笑った。
「えっ、可哀想だよ。練習すれば出来るよ。なんで、魔法を使わないの?」
スコーンが聞いた。
「もう、練習して覚えられる年齢じゃないの。感覚的なものもあるから、特大の魔法は難しいよ」
私は笑った。
「そっか……」
心底残念そうに、スコーンが小さな息を吐いた。
「まあ、これでも師匠の尽力で称号は持ってるから、それなりの、魔法使いだって認められているし、論文を書きまくればいい話だしね。
私は笑った。
「全く、大変だったよ。出来の悪い弟子でさ!!」
リズが笑った。
「そっか、ならいいや。ビスコッティ、お酒ちょうだい。ちっこいの二つ!!」
「はい、師匠。いっこいの二つです」
ビスコッティが程よく冷えた小ボトルを出し、スコーンは私に一本くれた。
「成功のお祝い!!」
「そういう事ね。じゃあ、頂くよ」
私は笑った。
もとより、予定らしい予定はなかったが、旅だって初日は見込みより早く野営となった。
深夜まで飲んでいたみんなもテントに収まり、私は一人ぼんやりカンテラを見つめていた。
「あれ、まだ起きてたの?」
「大手術のあとです。寝ないとダメですよ」
リナとナーガがテントから出てきて、小さく笑った。
「まぁね、さすがに腕はいいみたいで、どこも痛くないんだけど、違和感が凄くてね。寝られる状態じゃないんだよ」
私は苦笑した。
「まあ、今まで逆になっていたのが、正常な流れになれば違和感もあるか。詳しくないけど」
リナが笑った。
「そういや、コロン王国出身だっけ?」
「うん、これでも元第一王女。こっちのナーガは教育係だよ」
リナが笑った。
「そりゃ大変だ」
「そんな事ないよ。今はフィン王国コロン領になったから、予算も人も豊富だし。前よりいいよ!!」
リナが笑った。
「はい、いうことないですが、一点。リナに危険な魔法を教える事は避けて下さい。私が事前にシャットアウトしますが、漏れがあるとまずいので」
ナーガが笑った。
「それは、ファン王国領に入ったらいって。あそこは魔法大国だった事もあって、変な魔法の宝庫だから。大体潰したけど、どんな魔法が潜んでるやら。まあ、今回は行かないけどね」
私は笑った。
「なら、いいですが。ドラグスレイブ好きだけは、どうにもならないんですよ」
「じゃあ、私が安全なものに書き換えようか?」
私は鍵付き鞄の中からノートパソコンを取り出し、衛星電話回線経由でドラグスレイブの呪文を読み込んだ。
教科書に出ているだけあって、簡単に入手したそれをエディタに取り込んで、丁寧に直していった。
それで吐き出された最終の呪文を紙に書き出し、リナに渡した。
「あれ、整ってる。この方が、威力高くない?」
「はい、間違いなく。ついでです。隊列の後ろからこっそりついてくる影を始末しておきましょう。女王様、許可を」
ナーガが笑みを浮かべた。
「許可もなにもないよ。ちょうどドラゴン因子もあるし、ドラグスレイブでぶっ飛ばしちゃって!!」
私が笑うと、リナが立ち上がって、攻撃魔法を放った。
爆音と共に、遠くで光りが巻き上がった。
「じゃあ、私もやるか。趣味じゃないけど、いい加減、気持ち悪いからシャドウラを潰しておこう。こういう残党が出るから、丁寧にやれっていったのに」
私は師匠譲りの呪文を唱えた。
「オメガ・ブラスト・アルティメット・デストラクション!!」
凄まじい激光を放つ白刃が放たれ、あらゆる物を分子単位まで破壊して消滅させる攻撃魔法だった。
「これ、使ったってバレたら、師匠に怒られるな」
私は苦笑した。
「なに、どうしたの……」
スコーンが眠そうに目を擦りながら、テントから出てきた。
「サンドバッグをぶっ叩いただけ。リズには内緒だよ」
私の頭に、ゲンコツが落ちた。
「……こら、いきなりなにしてる。パクるな」
リズがジト目で私をみた。
「ゴミ掃除。ぴったりの魔法がこれしかなくて」
「あんたはダメ。でもまあ、上手く制御出来た方だね。よりによって、封印しているアルティメット・デストラクションの方を使うとは」
リズが苦笑した。
「……見たい。もう一回やって!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「怒られるからダメ。師匠、最強の攻撃魔法だよ」
私は笑った。
「そうなの、そうなの、みたい!!」
「見世物じゃないぞ。あたしの破壊力は半端ないからダメ!!」
リズが笑った。
「うぶぶ、ビスコッティ!!」
スコーンがビスコッティを呼んだ。
しかし、ビスコッティは寝ている様子で、テントから出てこなかった。
「……あれ、なにか感じて起きたのですが」
シルフィがテントから出てきた。
「うん、ちょっとね。清めの塩代わりに、魔払いの魔法を全力で掛けておいて」
私は笑みを浮かべた。
「分かりました」
シルフィは呪文を唱え、辺りに一瞬光りが放たれた。
「これでいいか、ありがとう。お騒がせしたけど、みんなお休み」
私は笑みを浮かべ、再びカンテラの脇に座った。
「どうも、ムズムズするんだよね……」
「えっ、ムズムズするの!?」
スコーンが慌てた。
「うん、全身がなんかね。さっき一発撃ったら、さらに酷くなったよ」
私は苦笑した。
「あれ、オペは完璧だったのに。普通、違和感はないはずだよ!!」
「師匠、それは年数の問題です。どうしても、治るまで時間が掛かります」
今度は起きたらしいビスコッティが、小さく笑みを浮かべた。
「ビスコッティ、マリーがなんか撃ったらしいよ!!」
「はい、分かってます。凄まじい魔力変動でしたからね。やれば出来ますね」
ビスコッティが笑った。
「でも、見せてくれないんだよ。リズもやってくれないし。ビスコッティからもお願いしてよ」
「ダメです。隠しておきたい魔法なのでしょう。無理するものではありません」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「嫌だ、見たい。私の専門は攻撃魔法だよ。見ないわけには……」
「分かった分かった、弟子の出来を見る意味で、もう一発かますから、やれ!!」
リズが私の背中を押した。
「またやるの。しょうがないなぁ」
私は苦笑して、呪文を唱えた。
「目標はあの木にしようかな。どうも、まだスッキリしないんだよね」
私は呪文を唱え、両手を前に突き出した。
「オメガブラスト・アルティメット・デストラクション!!」
再び強烈な光陣がほとばしり、スコーンが目を丸くした。
「……しゅごい」
「はい、師匠。これ、光の矢より強力ですよ」
ビスコッティが笑った。
「……研究する」
スコーンがノートになにか書きはじめた。
「だから、やめとけっていったんだよ。あまりにも破壊力がありすぎて、あたしも封印したくらいだし!!」
リズが笑った。
結局、寝るに寝られず、私は夜明けと共に朝食の準備を始めた。
とはいえ、保存性を最優先に考えた旅行きの食料しかないため、簡素なものではあったが、城で食べるような豪華な食事は苦手だった。
食事の匂いが広がったせいか、みんなテントから起きだして、撤収作業がはじまった。
「味は保証しないけど、作ってみたよ」
私は笑った。
「はい、お腹空きました!!」
パステルが元気に声を上げた。
「師匠は玉子サンドがないと機嫌が悪いんだけど、ないものはない!!」
「馬鹿野郎、用意しとけ!!」
眠そうなリズが私をぶん殴った。
「ほら、機嫌が悪い。慣れてるけどね」
私は笑った。
こうして、朝食を終えた私たちは片付けを済ませ、次の目的地に向かって出発したのだった。
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