第73話 廃業
ヒロは目覚めた瞬間、すぐにがばっと跳ね起きて「シキ!シキ!」と叫びながら彼女をひたすら探していた。
そんな姿を見たカイとテルウはさすがに不憫になってきて、すかさず彼のもとに駆け寄った。
「……ヒロ、あの子はバミルゴに帰ってしまったよ。姫さまって呼ばれていた彼女を連れ戻しに来たアルギナや兵士たちと一緒に。無理矢理バミルゴへ連れて行こうとするアルギナから俺たちを庇って、二度と国外には出ないことを条件として。約束のこと覚えていてくれて嬉しかった。あなたが進むべき道を見つけてください。とお前に伝えて欲しいと言っていたよ」
シキがいないことにヒロはその場で愕然としてしまう。
そして急にわなわなと震えながら叫び出した。
「彼女を助け出そう! 今なら追いかければまだ間に合う。俺と一緒に行くって約束したんだ!」
嫌だ、嫌だと、大きく首を振ってすぐにでも彼女の元へ向かおうとするヒロにカイは必死で説得を試みる。
「いくらなんでもあれだけの兵士は俺たちだけでは相手にできない。あの従者も言っていた。機会を待てって。よく考えるんだ、ヒロ!!」
ついさっきまでこの腕の中にいたのに、またもやすり抜けて行ってしまった。
あんなに何度も何度も熱い口づけを交わし、恋人同士になったにもかかわらず。
アルギナは相手の最も弱い部分を知る術に長けていると言っていた。バミルゴに連れていかれたら、今回の事でもう二度と国外に出る事は叶わないだろう。
何で今頃、目が覚めるんだ! あまりの間の悪さにつくづく自分が情けなくなる。
いや待てよ。
彼女はアルギナに姫さまと呼ばれていた?
それなのにどうして塔に閉じ込められていたのだろう?
もしもベガが言っていたように、俺が亡国パシャレモという国に行けばどうなる?
国を建て直し、アルギナに対抗できるほどの力を手に入れられたら、彼女を助けられるかもしれない?
「カイ、テルウ。……お姉さん、ベガは廃坑で亡くなってしまった。死ぬ間際に俺の出生の秘密を明かして」
二人は衝撃の出来事に言葉を失い、立ち尽くしていた。
あの豪快な女性が亡くなった?
騎士のような風貌で相当な手練れだったはずなのに。
「あのお姉さんが亡くなったって、どっ、どうして? 出生の秘密って?」
カイは思わず声を上げた。
「俺はかつて大陸の東にあった亡国パシャレモの唯一生き残った王太子だって彼女に告げられた。彼女は生まれたばかりの俺の世話をしていた侍女だったんだ」
「王太子?」
「父さんが嵐の前の日、首にかけてくれた本当の母親の遺品である指輪が決め手となった。その時に術師が矢を放ってきて咄嗟に俺を庇ったんだ。最期に亡国パシャレモにいるアラミスという男を探せって言い残して………」
カイはこれだったのかと合点がいった。
嵐の前の日にダリルモアがヒロに何を話そうとしたのか。
そしてベガがヒロに向けていた眼差しも。
すべては亡国パシャレモへと繋がっていたんだ。
「王太子……。だから、お前を庇って命を落としたという訳か。他に隠し事は無いのか? お前は真っ赤な眼をして俺たちや、あの子に襲いかかったんだぞ!」
カイはヒロの心の中にある深い苦しみが理解できなかったことをひどく後悔していた。
幼い頃から一緒に育ってきたのに、あんな残虐な彼を見たことはない。
ヒロは青い瞳を一瞬曇らせた。
しかし強く在り続ける彼女の為にもこの兄弟二人に嘘はつけない。
「本当に悪いと思っている。でも襲い掛かった時の事は全く覚えていないんだ。心が張り裂けそうな感覚に陥ったことしか。気が付いたらあの裂け目に吸い込まれていた。……最初に俺が違和感に気付いたのは、あの川岸に倒れていた金髪の男の子を見た時だった」
「あの五年前の?」
「そう。父さんに川に投げ入れるまでの記憶はなかったけど、その時も今回みたいに体中が燃えるように熱くなったんだ。その次はバミルゴに着いてからアルギナの言っていた神という言葉を聞いた時。その後に真っ黒な唐車の夢を見た時……」
「ん、唐車の夢? それは多分夢じゃないぞ。彼女とアルギナは真っ黒な唐車でバミルゴに帰って行ったのだから」
「夢か現かと思っていたけど、そうか現実に起こったことだったんだ。彼女がここまで辿り着いたのは、俺に呼ばれたからだって言っていた。今になって思えばあの塔に俺が入り込んだのだって偶然じゃなかったのかも。あの時もこの力で引き合ったのかもしれない。彼女も同じ眼をしていたから。そして最後はベガが殺された後だ……」
「それじゃあ、何かが引き金になって、あの恐ろしい眼をして力が発動するの?」
「……多分。彼女は制御できるみたいだけど、俺にはできない。俺はこれからベガの言っていた亡国パシャレモに行って本当の自分を見つけようと思う。この力の事も。そしてそこでアルギナに対抗できるほどの力を得て、彼女を迎えに行く。もしお前たちが一緒に来てくれれば、これほど心強い味方はいないけど。どうかな?」
二人は顔を見合わせた。
ヒロの生い立ちもそうだが、一緒に来て欲しいという申し入れに対して単純に驚いたからだ。彼からこのような懇請されたことはなく、いかに自分達のことを頼りにしてくれているのかが伝わってくる。
そして納得した顔でヒロに言った。
「当たり前だろ、俺たち兄弟なのだから。今日で情報屋は廃業だ。元々向いていなかったし。いいよな、テルウ?」
「ああ! 俺はもともと美味しい情報屋のご飯にしか興味なかったし」
「ねえところでヒロ、あの子を迎えに行くってどういうこと?」
何気無く、テルウが大きな瞳を見開き聞いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます