第58話 カルオロンの囚人

「アルギナ様、今月に入ってもう三人目ですよ……。このままじゃ怪我人は増える一方で、姫様をお世話する神官は誰もいなくなります……」


 白いキャソックを着た神官数人は、今の危機的状況をアルギナに対して進言した。


「……姫さまも今年で六歳。いろいろと周りの事情がわかってきて、何故生まれつきあのような塔に幽閉され、外部とは閉ざされた窮屈な生活を強いられるのかと疑問をもち、反抗されているのかもしれぬ」


 そうかといって彼女の成長を止めることも出来ず、なにか打開策はないかと考えつづけた。


「何処かにいないものか? 姫さまのお世話が出来るような高い見識を持ち、何かあった時に備え剣術に長け、万が一の場合は致し方無いという死刑囚のような奴は……」


 アルギナは自分で言っておいて、見識がある死刑囚なんてそう滅多にはいる訳がないと正直思っていた。しかしこのままでは神官たちの負傷者は増える一方。

 頭の痛い問題だと思っていた矢先、たまたま傍にいた兵士が不意に口を出した。


「……あのう。小耳に挟んだのですが、カルオロンが追う第一級の囚人の男というのがフォスタにいる貴族の護衛をしているとか。賞金がその男にはかかっているらしいのですが、腕が立つためなかなか賞金稼ぎたちも捕縛できないようです」


 その瞬間アルギナの目がピクッと反応した。

「何と! まさに打ってつけの人物がいたではないか。貴族の護衛をする位なら見識もあるはず。そして賞金稼ぎも捕えられない程腕が立ち、何をしでかしたのか知らぬがカルオロンの囚人とな? まさに探し求めていた人物ではないか。すぐその男をここに連れてこい! 姫さまの世話をする代わりにこの国で匿うと条件をつけてだ」


 すぐに兵士と神官たちはその囚人の男の捜索にあたるためフォスタへと向かった。

 しかしカルオロンの囚人を護衛にしていた貴族たちは皆、口を噤み捜索はかなり難航することとなる。そんなある日、高額の報酬を手に入れ、今は郊外に潜伏しているという情報を手に入れたのだ。



 まだ夜が明けきらない頃、兵士がフォスタの城下町より離れた場所にある寂れた一軒家のドアを叩いたが返事はなかった。

 兵士同士顔を見合わせ、再びドアを叩くと、かなりの時間が経ってから戸口のドアを開ける音が聞こえる。

 ドアを開けたのは、ボサボサの茶色の髪を一つに束ね、羽織った服の留め具が左右完全にずれている痩せた女だった。


「……人を探している。悪いが失礼させて貰うよ」


 女は怪訝そうな表情を浮かべたが、ずっしりと重みのあるチャリチャリという音が聞こえる布製の袋を、奥から出てきた神官から渡され、あっさりと彼らを引き入れた。

 兵士たちが寝室に向かうと、酒の空瓶が散乱し、息が詰まるような酒臭い部屋の寝具の上にうつ伏せで裸の男が寝ている。


 兵士達はすぐさま取り囲み

「朝っぱらいいご身分だな。おい起きろ」と声をかけたが何の返答もなかった。


 後ろの方から位の高い一人の神官が前に進み出てきて、寝ている男をじっと冷たい目で見下ろした。


「……あいにく神を信仰していなくてね、神官に用はないんだ」


 男が呟いたこの言葉だけは本心だった。

 不遇な子ども時代を過ごし、心から愛した人も失い、ほとんど抜け殻状態の自分には信仰心なんてものはないに等しい。


「お前の信仰心なんてどうでもいい。これから一緒にバミルゴに連れていくから、すぐに支度をしろ。女は了承したぞ」


 その吊り上がった目を寝室のドアの方に向けると、女はゴメンというポーズをとって愛想笑いを浮かべていた。


「……あの女に幾らで売られたの?」

「5000ボンだ」

「破格の値段だな……。もしも断ったとしたら?」

「バミルゴの兵士達がカルオロンにお前を引き渡すまでだ。しかし我がバミルゴは城塞都市。お前を匿う代わりに然る方のお世話をしてもらうのが条件だ」

「然る方のお世話?」

 突拍子もない要望に出くわしたとうつ伏せからようやく上半身を起こし、酒を飲み過ぎてくらくらする頭に手をあてて、横目で神官を見た。


「ああそうだ。然る方のお世話だ。我々は腕の立つ人物をずっと探していた」

「その然る方は、男なのか女なのか?」


 神官は一瞬躊躇した。

 しかし命を受けている以上、こんな部屋に裸で寝ている男であってもアルギナの前に確実に連れて行かなくてはならない。

「…………………この世のものとは思えぬ美貌の持ち主だ」



 何なんだ、その間は?

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