第57話 裂け目
リヴァは火花を散らして剣同士が激しくぶつかり合っている二人を、信じられない面持ちで眺めていた。
何故、刃を彼女に向けている?
私が剣を指導したシキが圧倒的に上か?
しかし不思議なものだ。
あの二人、息が合っていると言った方が早いか、いやというより、お互いの太刀筋を知り尽くしているような……。
そしてリヴァは傍にいるカイとテルウに目を向けた。
五年前はシキが心底嬉しそうにしていたから、思わず招き入れたが、この子たちは一体……。
ヒロがググっと剣をシキに向けた時、
「ヒロ! 私よ、忘れたの?」と、ヒロに向って問いかけていた。
そのハスキーな声に、彼の眼は一瞬だけ元の青い瞳に戻りかけたが、すぐにまた赤い炎を燃やして思いっきりシキ目掛けて剣を振りかざす。
彼女が左手を添えるように、剣を真横にして彼の剣をガシッと受け止めた時、今まで見たことないような大きな火花が散り、彼の放った剣は真っ二つに折れてしまった。
すぐに折れた剣をヒロは地面に放り投げ、そして両手の拳を握りしめるとあの負の力がシュルシュルシュルと集まってくる音が聞こえてくる。
「うわああ、剣が折れた! まずい、あの “シュルシュル” は駄目だ! シキ逃げるんだ!」
カイは思わず大声で叫んだが、彼女はヒロと同じように自分も持っていた剣を地面に投げ飛ばした。
「彼から離れてください!」
リヴァの悲鳴にも似た叫び声を聞きながらシキはじっとヒロの顔を見た。
ヒロは今までよりさらに眼が赤くなり、その眼から炎が噴き出してくるかのように燃え盛っている。
すると彼と同じように、シキの眼もぼんやり赤く光り出して、自身の身体に赤い煙のような光が纏い出す。
そしてゆっくりとその手をヒロの方に伸ばした。
(ヒロ、お願いだから私を見て! 助けてほしいって、あんなにも呼んでいたでしょう……)
その差し伸べられた白い手は、彼の心に溜まった負の力を徐々に開放していく。
内面にある哀しい感情そのものに差し伸べられ、あの苦しかった凶器にも似た感情から救い出そうとし、心が徐々に軽くなっているのを感じる。
ヒロはあの真っ暗闇の夢の中で手を伸ばしたように、ゆっくりとシキの白い手を掴もうとした。
指先と指先が触れそうになり、ヒロとシキが互いの心と心で繋がりを感じかけたその時、轟音とともに地面が大きく揺れ出す。
カイ達は立っていられない程の揺れに、その場に思わずしゃがみ込んでしまう。
「何? この揺れ」
シキが手を伸ばしてヒロまであと数センチと迫った時に、二人の立っている地表に大きな裂け目が突如出現し、二人を引き裂きかけた。
そしてヒロは大きく口を開けているその裂け目に、ふらあと仰け反るように落ちていく。
シキは落ちかけた彼の手をガシッと掴んだ。
そして地表に片手で何とか捕まり、もう片手にはヒロがだらりとぶら下がっている。
「彼女が幾ら馬鹿力でも、一人で彼を引き上げるのは無理だ!」
リヴァが叫び、彼女の方に走り出した。
カイとテルウは、えっそうなの? と顔を見合わせ、二人の方へとその後を追って走り出す。
シキが裂け目の下を覗き込むと、底が真っ暗で全く見えなかった。
落ちたら最後、這い上がってくることなんて出来ない。
そしてヒロは気を失ってしまったのか、反応なく首がかくんと落ちて、彼女の繋いだ手にぶら下がっている。
その重みが繋いでいるシキの手の感覚を奪っていく。
うううぅぅ、おっ重い……。両手の感覚がなくなっていく。もはやこれまでか……。
でも、この手は決して離さない。
がしかし、ついに力尽きて、するりとシキの手は地表から離れてしまった。
「きゃああああああっ!!!」
「シキ!」
リヴァが懸命に走ってあと一歩のところで、二人は裂け目の中に真っ逆さまに落下し、凄い速さで吸い込まれた。
そして取り込んだ二人を確認すると、すぐに裂け目が何事もなかったかのようにもとの地表面へとその姿を変える。
「嘘だろ。地面に……吸い込まれた……」
テルウがそう言ってへたりこみ、リヴァはその場に立ち尽くして、頭の中が真っ白になりながらも彼らの残した言葉を思い出す。
あの少年も眼が赤くなった? 彼女と同じように?
(呼んでいる。私を……、助けてって)
(森の中で朽ちた扉を見つけて、その抜け穴を通ったら、こちらの壁側に抜けたみたい)
………ひょっとすると、あの二人は偶然出会ったのではない?
五年前、精霊の森に迷い込んできて、あの無垢な青い瞳で彼女に笑顔を与え、お互いに笑い合っていたのも……。
何てことだ!
五年前もそして今回も、お互い無意識のうちに呼び合っていたんだ!
だから彼はあの精霊の森を抜けて塔まで辿り着くことが出来た。
そして今回は生まれて初めて国外に出たシキが、地図もなくここまで辿り着き……。
何らかの力が働き、彼らは赤い眼をして互いに共鳴しあったのか?
二人が地面に吸い込まれたことと何の関係があるのかわからないが、リヴァの脳裏にはじめて彼女と会った時のことが思い出される。
あの赤い眼をしてじっとリヴァを哀しそうに見つめた、六歳だった彼女のことを。
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