第55話 負の力

 術師たちは裏側に空いた壁の穴から、屋敷の外に出てひたすら走って逃げた。

 自分たちの卓越した能力を以てしても、敵わない相手がこの世に存在するなんて。見たことも聞いたこともない新たな敵に、術師たちは完全に怯え切っていた。


 そして森の中を抜けて暫くすると、後ろには高い断崖絶壁の山が迫っている少しだだっ広い野原のような所に辿り着く。


「……ここまでくれば、もうさすがに追って来ないだろう」

 御者はハアハア言いながらその場で息切れしながら休んでいた。

 個人差もあるが、術師になったとして、年長者に属するまでは普通の人間となんら変わらないこともある。日々、術師としての研鑽を積んで能力を上げていき、滅びない肉体を作り上げるのだ。


「ああそうだな」

 そう言って小柄な男は歩き出した。

 時が経てばまた別の貴族の用心棒でもして、のんびり気ままに暮らしていこうかと思いながら。


「おい……」

 後ろから追い詰められたような小さな声が聞こえたため、小柄な男が驚いて振り返ると、ヒロの腕は御者の首をぐぐっと締め付け身動きできない状態にしていた。


 こいつ一体どうやって? 短時間でここまで!?


 御者が怯えながら横目でヒロをチラッと見ると、再びあの音が聞こえてくる。

 シュルシュルシュルと何かが集まっているような不気味な音。


 それはこの世に存在する、憎しみや苦しみのような負の力が、ヒロ自身の身体内部に蓄えられている音だった。



「嫌だ、こんなところで終わりたくない!! 苦労して術師になったのに……。滅びない肉体を手にいれて永遠に生きていくんだ」


 その光はヒロの足元付近から発生した。


 雷がまるで足元から発生するかのように、強力な発行体が足元から徐々に上へ上へと上がってくる。

 御者を遠くまで突き飛ばし、その場で凄まじい落雷の如くピカッと光った発行体は大きな爆発音とともに、一気に御者に向かって放電された。


「ぎゃあああああああぁぁぁ!」





 カイとテルウは屋敷の惨状を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていた。

「一体どういうことだろう、玄関ホールがグッチャグッチャだよ。カイ?」

「ああ、言わなくったって見ればわかる……」


 二人は、玄関ホールらしき場所の内部を二人で寄り添いながら歩いた。

 原形を留めていないその内部は煤で焼けている部分や、風で吹き飛ばされた部分もあり、途中でパラパラと何か崩れてくるような音がしたため、小走りになって反対側の壁に空いた穴に向かい屋敷を急いで抜ける。

 空を見上げると、先程まで降り続いていた雨も上がり、日が差してきていた。


「ヒロ達、いないね。まさか巻きこまれていないよね?」

 不安そうなテルウの問いかけに対してカイはずっと黙ったまま、人がいる気配はまったく感じられない屋敷の方を見ていた。

「わからないな。考えたくないけど、あの惨状じゃあ………」


 その時、森の向こうの方から、落雷のような凄まじい音が聞こえ、地面が揺れた。


「何、雷?」

「雨が上がって、日が差しているのに? とにかく行ってみよう!」


 勿論、今まで落雷の中、屋敷まで辿り着いたのだから、まだ落雷が続いても不思議ではない。だからこそ、この凄まじい音が通常の落雷とは全く別の音であることに、カイは不安な予感に駆られる。そして二人はその音が聞こえた森の方へと走り出した。


「御者が消えた……」

 一人残された小柄な男は、放射された光とともに一瞬で御者を葬ったヒロから目が離せなくなってしまった。

 そして空虚な眼をして、ただ真上を見上げている姿に心底恐怖をおぼえる。


 カイとテルウがようやく野原に辿り着くと、ど真ん中で小柄な男と二人、向かい合って立っているヒロを確認し、ベガがいないことに漠然とした疑問をもつ。

 目を凝らしてみると体中、赤く光り輝いているように見える彼を、カイは信じられない面持ちで見ていた。


「どうしてヒロだけ? お姉さんは? それに、何なんだ、全身真っ赤になっている」


 シュルシュルシュルウウウウゥウ。


 奇妙な音に反応してテルウがポツリと言った。

「何か変な音が聞こえる……」


 他の術師と同じように自分にもあの力が向けられることを危惧し、小柄な男は転びそうになりながら高い山の方に走り出した。


 シュウウウウウウウウウウ。


 ついに体中に蓄えられた力は留まることなく、ヒロはあっという間に走り出した小柄な男を捕え、その口の中に手を突っ込んだ。


「……ぐうう、やめ……ろ!」

 もごもごと言葉を上手く話せない男は、黄色のギロッと目をさせてヒロを見たが、彼は何かを口の中にぐぐっと思いきり押し込んですぐに手放した。


「お前……何……入れたんだ……?」

 待つことしばし、男の身体はみるみる風船のように膨らみ、もはや体の制御すら不能になったその体は数メートルまで膨らみ一気に破裂した。

 真っ黄色のドロドロした粘着性のある液体のようなものが噴き出し、辺り一面を覆いつくす。

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