第54話 誤算
「これだけ茸があれば幾らになるかな?」
長椅子に座り今まで採りためた茸を眺めながら、向かい合わせに座る御者に、貴族の男はそう訊いたあと、すぐに小柄な男と派手な斑模様のトンガリ帽子の男二人に姿を変えた。
「さあどうだろうな? 俺たちには効かないし必要ないが、大金を積んででも手に入れたいという奴は大勢いるからな。それにしてもあの貴族の男も欲さえ出さなければ長生きできたのに馬鹿な奴だ」
御者はそう言いながら、両腕をガバッと背もたれにかけて仰け反った。
「まったくだ。俺たちを用心棒に雇っておいて、偶然にも廃坑からタバンガイ茸が発見された時は、身体が入らないって言っているのに、ムリやり穴に突き落としやがって……。這い上がるのが大変だったんだぞ!」
その時のことを余程根に持っているのか、テーブルの足の辺りを数センチずれる程、小柄な男は思いっきり蹴った。
「だが、あいつの最大の誤算は俺たちの能力を見縊っていたことだな。二人揃えば目の前の大人に完璧に姿を変えられることも、オルガンで人を操れることも知らなかった。金さえ払えば、何でも命令に従うものと思ったツケが回ってきたんだ」
トンガリ帽子の男はトンガリ帽子を脱いで、その薄くなった頭をごしごしと搔きながらそう言った。
「だからお前はその弓矢の先に、タバンガイ茸の濃縮した毒を塗って復讐したんだろ?」
「ああ、いくらでも金は出すと言って命乞いしていた」
「金は要らねえ。欲しいのは術師として滅びない肉体を手に入れることだけなのによお」
術師たちが話をしているその時、階下の玄関ホール付近から物凄い爆音が聞こえ、下から突き上げるような揺れが襲ってきた。
「なっ、なんだ、この揺れは?」
「誰か、来たのかもしれない。早く茸を隠すんだ!」
小柄な男にそう言われ、眺めていたタバンガイ茸を御者はトランクの中にすべてしまい込み、居間の隅っこに隠した。
そして、小柄な男は毒が塗られた弓矢を、トンガリ帽子の男は手回しオルガンを持ち、三人の術師たちは音が聞こえた玄関ホールの方へと向かう。
「煙で、なんも見えねえ……」
玄関ホールは一面が煙で覆われ一寸先も見えず、術師たちのギョロっとした黄色の目だけが光り輝き、その場で煙が無くなるまで彼らはじっと立っていた。
しばらくすると、そこかしこでガラガラ、パラパラと崩れる音が聞こえる中、薄っすらと見えてきたのは吹き飛ばされた壁にポッカリと開いた穴に佇む、全身真っ赤な炎に包まれている一人の青年の姿だった。
「誰だ、お前?」
そう言い、小柄な男は弓を思いっきり引き、シュパッとヒロ目掛けて矢を放った。
放たれた矢はヒロの顔面目掛けて飛んでいくが、彼は避けることなくその矢を見つめ続け、そしてその目前で、真っ赤に燃え盛る炎に矢は焼かれてしまい、燃え滓がぽろっと床に落ちた。
「嘘だろ、毒矢が効かねえ……」
トンガリ帽子の男は焦って、手回しオルガンを回しはじめる。
その澄んだ綺麗な音色は、すっかり様変わりした玄関ホールにはまったくそぐわなかったが、ヒロはただ黙って、先程床に落ちた燃え滓を見ていた。
シュウ、シュウ、シュウ………。
その澄んだ音色を掻き消す程の音に、術師たちは何処から音がするのかとあちこち見回す。
「……みんな……いなくなるんだ……おれの……まわりから」
シュルウウウウウウゥゥゥゥゥ。
術師たちはその奇妙な音が、何かぶつぶつ言っているヒロの方からしていることに気がついた。
しかし時すでに遅く、彼の片手に発生した炎はもはや数メートルの大きさにまで膨れ上がっている。
そしてオルガンを回すトンガリ帽子の男に向けて一気に放たれ、男は後ろの壁に叩きつけられ、そのままその壁と一緒に焼き尽くされた後、一気に大爆発を起こした。
強烈な爆風で、玄関ホールのすべてがその熱により一瞬歪んだように見えたかと思うと、すぐに大量の風が吹き込んでくる。術師たちが風の方に目を向けると建物の反対側に大きな穴が開き、そこから風が吹き込んでいたのだ。
「……あいつ焼かれた。……いや、溶けたのか?」
「こんな奴見たことない。何なんだ、こいつ……」
二人の術師は粉々に破壊された玄関ホールの様子を、唖然として見つめていた。
そしてまた次にシュルシュルとあの奇妙な音が聞こえてきたため、
「ずらかるぞ、そいつは術師じゃない! もっと違う何かだ」
小柄な男は御者に言い、大きく開いた穴の方に走り出した。
「逃げるって何処に?」
「知るかそんなもん。とにかくそいつには毒矢もオルガンも効かないんだ!」
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