青年前期

第39話 白い頭巾の子どもたち

「さあ、この峠を超えたら五年ぶりの南だ。懐かしいね」

 地図で行き先を確認しながら、カイは後にいるヒロとテルウに声をかけた。

 ヒロとテルウは黒い馬に跨り、先を進むカイの後を付いて行く。


「……おっ、中福だ! 仕事運最強、そして食べすぎに注意だってさ!」

「なんだ、それ?」

 紙を見て一喜一憂しているテルウにヒロが不思議そうに尋ねた。


「おみくじだよ。知らないの? 仕方がないから一つあげる」

 ヒロはテルウから貰った、おみくじとやらの包みを丁寧に開けた。

 あまり質の良くない紙に書かれた文言を見た途端、驚いてその紙を思わず二度見し、テルウに「こ、これ、本当に当たるのか?」と恐る恐る訊いた。


「何て書いてあったの?」

「……大禍って書いてある。特に恋愛運が望み薄……だって」

 テルウはけらけらと笑いながら顔に白いスカーフを巻きはじめる。

「あれ、なんでお前スカーフなんて巻いているんだ?」

「美しいから」


 そう。

 テルウの中性的な魅力は年を追う毎に増していき、行く先々で男女問わず振り返られることも多く、また男しかいない情報屋仲間の中でもダントツの一番人気であった。無謀にも寝所に突入してくる同僚もいるため、必ずヒロ達と寝るようになったほどで、美少年は何かと注目されやすく、外ではこうしてスカーフを巻くことにしたのだ。



「美しいって、自分で言うか? どういう訳だか、俺たちの中で背丈も一番高いし。やっぱ食事量かな?」

 テルウの容姿についてカイはブツブツ言いながら、夜までには地図に示された宿屋に到着したいと先を急いだ。


《おみくじ》は最悪だったけど、ヒロは南へ向かっているだけで胸が高鳴る。そしてその青い瞳を輝かせながら彼女の事を思った。


 ねえシキ、君は何をしているの?

 あの塔の中で沢山の本を読んでいるのだろうか?

 あれからさらに綺麗な女の子になっているだろうね。

 俺は一日だって忘れたことないよ。

 君の翠色の瞳、銀色の髪、白くて美しい顔や、少しハスキーなその声も……。

 ランタンの明かりが輝く中で交わした約束。いつか必ず迎えに行くって。

 その時に貰った力で、こうして五年間、君と再び会える日を夢見て自分自身と戦ってきたのだから。


 今、何考えている?

 こうして南に戻ってきて君の事を思うだけで、子どもの時のように心を弾ませているんだ……。



 あれから五年経ち、三人は背丈が伸び、肩幅も広くなった立派な青年へと成長していた。

 彼らは頭巾の男たちとなり、表向き薬屋の振りをしながら、情報屋として活動している。

 ペンダリオンは約束に従い、危険な仕事をさせることなく、西の大国カルオロンの動向調査と新種の薬草調査を主な任務とさせていた。


 カルオロンでは年々国力が衰え、今や国中失業者で溢れかえっている。

 皇帝ヒュウシャーが崩御してから空位期間もすでに十七年となり、宰相となったアイリックや貴族たちによってなんとか国力を維持しているような危機的状態だった。



「タバンガイ茸?」


 薬草に詳しいヒロ達も初めて聞く名であった。

 ペンダリオンとロイは、成長した彼らを新しい任務に就かせるため、西にある彼らが居住している情報屋の屋敷を訪れ、食事を共に取りながら注意事項を指示していた。


「そうだ。これは人が栽培できない超貴重な茸で、少量だと脳内や脊髄に作用する鎮痛薬だ。しかし使いつづけるとその中毒性から、一時的な快楽のため依存の危険性が高く、高額で取引されることもあるという。ところが最近、南のある貴族が大量に所持しているとの噂があり調査してほしい。我々としてはどんな手段を使っても鎮痛薬として手に入れて一時的な快楽のために溺れる人達の手に渡るのを避けたい」


 いつもの調子のよい彼ではなく、思いのほか深刻な表情をして、話し続けているペンダリオンの態度がこの案件は急ぎで、しかも危険が伴うことを示していた。

 五年経ち、年齢的にも次の段階に進むのが妥当だと判断したのだろう。

 結局カイはこの仕事を受任し、西から南にあるその貴族の館近くの宿屋に向かっているのだ。


 その貴族の館はバミルゴから見ると北東側に位置する、デルタトロス山脈の森の中にポツンと一軒だけ建っていた。


 重厚で趣ある典型的な貴族らしい赤レンガ造りの建物は、窓の数からしても相当の部屋数があると推測される。そんな館の主は、炭鉱で財をなしたという貴族で、五十歳を過ぎてなお独身を貫き、滅多に姿をあらわさない男だという。

 ヒロ達は何日間も館を見張っていたが、依然として男が姿を見せる事はなかった。


「本当にそんな人物いるのかな?」

 テルウは夜中に双眼鏡を覗き込みながら、ふとそんなことを言い出した。


 木の上から彼らは何日間も監視し続けているのに、貴族の館では人の気配すら感じられない。


「ペンダリオンは見るから怪しい奴だが、仕事だけは悔しいほど出来るからな」

 ヒロは退屈そうに太い木の枝にもたれ掛かって仮眠を取ることにした。

 どうせ明日も進展ないだろうと思っていた時、

「部屋に明かりが灯った……」

 テルウが小声でそう言ったため、ヒロとカイは急いで手持ちの双眼鏡を覗き込んだ。


 たしかに二階にある端の部屋の明かりが灯っている。ぼんやりと灯ったかと思うと、また消え、その繰り返しをしていた。

 普段とは違う明かりの灯り方に、ヒロは身を乗り出すように段々近づいていってしまう。

 そして双眼鏡越しに覗き込んでいることをすっかり忘れ、木から木へと灯りに引き寄せられた時、同じく木の上に身を潜めている何かにぶつかった。


「うわぁ!」


 彼が急に大声をあげたので、その何かが驚いて動いたかと思うと、バランスを崩しドサッと音をたてて木の下に落ちた。

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