第27話 価値ある情報

 途中、頭巾の男たちはフォスタ方面へは向かわずに、山脈の麓にある屋敷へと子どもたちを連れてきた。屋敷は幾棟にも分かれており、周りの畑では山脈でセラが育てていたような薬草が栽培されている。頭巾の男やそうでない男たちは特段会話するわけでもなく黙々と作業を続けている。


 ヒロとカイはそんな屋敷の一室でテルウの看病をしていた。


「大丈夫、弟君はもうすぐ意識が戻ると思うよ」


 ペンダリオンの部下の男ロイは、テルウに薬草で治療を施し、子どもたちにいろいろと世話を焼いてくれている。

「彼が目を覚ましたら一緒に食事しよう」そう言い残し部屋を出ていった。



 ヒロはじっと自分の手を見つめる。


 はじめて人を斬った時の手の感触が忘れられない。

 野生動物を殺めるのとは違う、黒い影のような空気が口の中からたくさん入ってきて、体中が黒く染まるかのような感じだ。


 ペンダリオンはあの影を一発で仕留めた。

 それにもかかわらず、命こそ奪ってはいないが、こんなにも後味の悪い思いをこれからも抱えていかなくてはいけないのか?

 苦しい。会いたい。君に会いたい。この間、別れたばかりなのに……。

 テルウに言われたように、いつの間にかこんなにも好きになっていたんだ。


(大丈夫よ。いつか必ず会えるから)


 翠色の瞳で彼女が語りかけてくるようだ。そしてあの細くて白い手で握りしめてくれる。

 そうだ、俺の戦いはまだはじまったばかりだ。

 俺たちはこれからも、再び巡り会うために戦っていかなくてはいけないんだ。



「ヒロ! テルウが目を覚ましたよ」

 カイは彼をぎゅうっと抱きしめて離さない。

 ヒロも駆け寄り、そんなテルウとカイを両手でよりいっそう力いっぱい抱きしめた。


 いつもどんな時でも、ずっと傍にいてくれるこの兄弟のことをこれほど頼もしく感じたことはなかった。


 俺一人では何の力もないけど、三人力を合わせればどんなことだってできるんだ。



「お腹すいた。何か食べたい」

 気を失っていたにもかかわらず、テルウは元気にガバッと起き上がって食べ物を探しに行こうと二人を連れ出す。


 子どもたちは看病してくれたロイにもこのことを伝えたくて探しに行くと、他の若い頭巾の男たちが子どもたちを見つけた。

 すると男たちは労いの言葉や、励ましの言葉をかけてくれて、打ち合わせ中だというペンダリオンの元へと案内してくれた。


 彼は数人の頭巾の男たちと打ち合わせをしていたが、子どもたちを見つけるとその男たちに目配せをしてロイ以外の男たちを下がらせる。

「良くなってよかったよ。さあこっちにおいで。ゆっくりご飯でも食べよう。話も詳しく聞きたいし」


 ペンダリオンが合図すると、頭巾ではない男たちがたくさんの食事を運んできた。

 鴨のコンフィがメインで、薬草の香りが漂うスープは具沢山でそれだけでお腹がいっぱいになりそうだった。テルウは余程お腹が空いていたのか、またもや凄い勢いで食べはじめる。


「助けてもらってお礼を言わないと……」

 ヒロがペンダリオンに向かって申し訳なさそうに言った。


「別にいいんだ、そんなこと。ところで君たちの両親は本当に薬屋?」

「えっ?」

 ヒロとカイは驚いた表情を浮かべた。

 自分達が知っている父と母は薬草を育て、それを集落に売りに行く。その繰り返しをしている姿しか知らないからだった。


「ビュウ、ヒュ」


 笛言葉でにこにこ笑いながらペンダリオンは子どもたちに語りかけるのだが、この言葉でカイとヒロはぎくりとする。

 一方、ロイはあなたも使えたのですか? と思いながら、明らかに驚いた表情で隣に座るペンダリオンの顔を見つめていた。


(嘘、わかるよ)


「何故、お前も使えるんだ? 俺たちは山脈にいた頃、野生動物の狩りをするのに使っていた。ただそれだけなのに」


「これは笛言葉と言ってね、大昔にセプタ人が使っていた伝達手段なんだ。今では使いこなせる人はほとんどいない。ではなぜ薬屋か尋ねたのか? 薬屋は隠密行動を取るには都合が良いからだ」


「隠密って……」

「大陸中どこにいても誰にも怪しまれず動きまわれ、任務遂行が可能となる」


 カイは食事もしないで黙って二人の話を聞いていたのだが、ついに我慢できなくなり、

「俺たちを薬屋と称してバミルゴへ向かわせたのも隠密行動のため? 薬を売るための権利を得たからとかうまい話を持ち掛けてきて。おかげでこっちは危うく殺されかけたんだぞ!」

 とペンダリオンに強い怒りを示した。


 ロイは隣で、ほらやっぱりばれちゃいましたよと思いながら、この思考の読めない男がどうやってこの子たちと対峙するのか黙って成り行きを見守っていた。


「最後の影は、何だったんだ?」

「あれは恐らく、アルギナの放った刺客の術師だ」

 ヒロの問いかけにペンダリオンはスプーンで丁寧にスープを啜り、そして飲み終わった後にこう言った。



「術師? 人間なのか?」

「元々は人間だよ。大陸には極稀に存在する。貴重だから地位の高いものに買いならされていることも多い。ある秘密結社に属することで卓越した能力を手に入れることができる。今回の影はまだ術師になって経験の浅い奴だったから、心臓を狙えば殺せたが、年長者や特別な力を持つ術師は寿命自体を偽るから心臓を刺しても死なない。どうしたら倒せるのか、未だ謎に包まれている」


 カイはそんな事に興味はないという顔をして

「アルギナはテルウを傍に置きたいと狙っていた。でもあの術師は明らかにテルウを殺そうとした。それは何故だ?」

 と彼に訊ねる。


「じゃあ君たちはバミルゴで何か見てはいけないものを見たんだ。だからアルギナは突然方向転換し、そんな君たちを殺そうとした。もしかするとこれまで帰ってこなかった我等の仲間たちも……」

 ペンダリオンは二人を見て鋭く探るような視線を向けるが、ヒロとカイは突然ハッとなって体を強張らせた。


 ふたりにはたったひとつだけ思いあたるところがあった。


 国民の誰もが魂を抜かれると足を踏み入れない、精霊の森の奥深く。

 薄暗い灰色の壁で囲まれた塔の中、従者と二人きりで人と関わらずに生活していた銀色の髪をもつ謎めいた少女。

 アルギナが刺客を放ってまで守りたかった秘密だとでもいうのか。


「お前たちの本当の目的は何? まさか今さら、ただの薬屋って訳ではないだろう? 俺たちをそんな国に行かせる位なのだから」

 ヒロがペンダリオンの方に目をやると、彼は食事を終えたようで口を丁寧にナプキンで拭き取っていた。


「我々が本当に取り扱っているのは情報だ」


「情報?」


「そう情報。普段は薬屋の振りをしているがね。情報は金になるんだ。たとえばある国の動向が知りたいとする。どんな動きをしているのか? 兵の数は? 武器は? 主君の家族関係や噂。依頼主はそんな情報が欲しくて依頼をしてくる。そんな中でも、宗教国家バミルゴと西の大国カルオロンの情報は喉から手が出るほど、誰もが欲しがる価値ある情報だ」

「カルオロン……」

「そう。いまだ皇帝不在が十二年続き、かつてその圧倒的な軍事力で大陸中を恐怖に陥れた西の大国。皇帝の嫡子である兄妹と皇位継承に必要な指輪は現在行方不明で、王国は混乱状態に陥っている」


 カイはこの話を興味深げに聞いていた。

 養父ダリルモアの話は集落での情報収集が主であったが、彼の話はさらに踏み込んだ内容だった。しかもそれ以外の事についても、重要な情報を扱っているというだけあってまるで情報の宝庫のようである。


「じゃあ俺たちがもつバミルゴの情報も金になるわけ?」

 カイがぽつりとそう言ったので、ヒロはひどく驚いた顔をして隣にいる彼の方を向いた。

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