第25話 剣士の遺伝子
「もうどれくらい歩いたかな?」
テルウは限界とでも言いたげな顔付きだ。
「行きに立ち寄った宿屋覚えているか? そこまで行こうと思っている」
そうは言ったものの荷物を抱えながら、カイはアルギナの事を考えていた。そろそろバミルゴから脱出したことが伝わっていることだろう。
アルギナは隣にいるテルウを手に入れたがっていたから、追っ手を差し向けてもなんらおかしくはない。
しかも最悪なことに、この辺りはなだらかな丘陵地帯が延々と続く。
平地ではどうしても的になりやすく、カイは行きに荷馬車から見ていた風景を一生懸命思い出し、万が一の事態に備えた。
「誰か来る……」
勘の鋭いテルウは、ふと後ろを振り返ってカイに告げた。
「本当か?」
「数人だけど……四人? 五人?」
「お前を連れ戻しにきた追っ手かもよ?」
カイは、ほらやはり当たったという感じで、黙々と先を歩いているヒロの元へ走る。テルウはカイの言葉に顔面真っ青になりながら、カイの後に続いて走った。
「ヒロ、追っ手かもしれない。記憶が正しければ、この先に木々の生い茂る狭い一本道があったはず。そこに逃げるしかない」
ヒロはじっと考えてから、
「もし追っ手ならはじめての実戦も覚悟しないと。俺たち一人では何の力もないけど、三人力を合わせれば必ず勝てるはずだ」と二人に言った。
いつもは調子のよいことばかり言っているテルウも、さすがに真面目な顔で聞いており、三人はお互いの顔をしっかりと確認しあってから一気に走り出す。
ヒロは走りながら、いつのまにか必死に心の中で叫んでいた。
シキ! シキ! 君の力を俺に頂戴!
あの時、暗闇から手を差し伸べてくれたように君の力を。
幻でも構わない一緒に戦って! いつか君ともう一度巡り合うために……。
いつの間にか、手のひらに温かいものを感じ、共に走ってくれているかのような安心感を覚える。
子どもたちは走りながらカイの示した一本道へと急いだのだった。
「見つけました。あの子どもたちです!」
ペンダリオンの部下の男ロイは、小高い丘の上から望遠鏡を覗き込んで叫んだ。
ロイは彼らが戻って来たことが余程嬉しいのか、あの別れた時の哀しい顔から一転、明るい表情だった。
「驚いたな、本当にやってのけるとは……ん? 誰かに追われている?」
ペンダリオンはすぐさま部下の男から望遠鏡を取り上げて、自分の目に当てると街道の方を覗き込んだ。たしかに彼らを五人の男たちが追っている。
「あれは……バミルゴ兵士か……?」
「それならすぐ行って助けましょう!」
「もちろん助けるよ。バミルゴから帰還した唯一の生存者だからね。でも私はあの子たちの実力も見てみたい」
「は?」
ロイは一瞬、耳を疑った。
唯一の生存者なのに、すぐには助けないというペンダリオンの言動は理解しがたい。
「私の目に狂いがないかどうか、確認するのさ」
ペンダリオンはさささっと、より子どもたちの行動が見える大きな石の後ろに移動し、腰をかがめ姿勢を低くして双眼鏡を覗き込んだ。
ロイは彼とは十年来の古い付き合いなのだが、ペンダリオンほど思考が読めない男は他にいない。そういう性格なのか、意図的に隠しているのか。
そんな彼があの少年たちにだけは何故か興味を示している。ロイはペンダリオンが彼らをフォスタで助けた時から、そのことだけは気になっていたのだ。そして彼らと同じ少年のような瞳を輝かせて双眼鏡を覗き込んでいる。
「さあ私に見せてみろ、子どもたち。本当のお前たちを」
バミルゴ兵士たち五人は、アルギナの命を受けてヒロたち三人の子どもたちを追っている。そしてようやく視界に彼らを捉えた。
子どもたちは大きな荷物を抱えて、兵士たちの数百メートル先を走っているが、やがてカイの走るスピードが急激に落ちてきた。
「カイ! 本を手放せ」
先を走るテルウは息があがって苦しそうなカイに声をかけた。
「絶対に嫌だ! ここには彼女から貰った兵法三巻セットが入っているんだ」
「そんなものと命とどっちが大事なんだ! 俺はアルギナのところだけには行きたくないんだ!!」
カイは頭の回転は速いが、ヒロやテルウと比べると体力面でどうしても劣る。
テルウが心配して後ろを振り返りカイを見た時に、その後方にバミルゴ兵士達が迫ってきているのを確認した。
「バミルゴ兵士だ、追いつかれるぞ!」
その時、カイの抱えている荷物が走っている振動によって徐々に解け、本が一冊、また一冊とバラバラと落ちていく。それに引き換え、体が若干軽くはなったが、ついにするすると本を包んでいた布自体がカイの肩から落ちた。
「あああああああぁぁぁ!」
冷静沈着かつクールなカイからは想像もできないような悲鳴が聞こえてきた時、テルウはカイの手を思いっきり引っ張り、一気に走るペースを上げていく。ようやく子どもたちはカイが示した一本道のところまで辿り着いた。
彼らに続いて、木が生い茂る道に入ってきたバミルゴの兵士たちは、道に入った途端、子どもたちの姿が見えない事を不思議に思い探しはじめた。
五人の兵士たちは三十代の男二人と二十代前半と思われる男三人であったが、その内二人はまだ入隊して間もないとおぼしき若い兵士だった。
兵士たちはここには居ないと手で合図を取りながら、木と木の間を隈なく探しまわり、ほんの僅かな音がするとそちらの方を振り向き確認しに行く。
やがて、探し回っていることに夢中になりすぎて、三十代の男二人を中心とする兵士たちの陣形が崩れはじめた。
入隊して間もない若い兵士二人が、他の三人から遅れがちに歩きだす。
前を進む三人とかなりの間隔をあけて歩きながら、ふと、この若い兵士二人は自分たちの背後にただならぬ気配を察して、二人がそちらの方をほぼ同時に振り向いた。
「ピュー!!!」
どこからともなく口笛のような音が聞こえてきた。
そのため、二人は後ろではなく、音のする方に向かおうと歩き出した。
「ん、あれは?」
ロイは、口笛のような、歌のような不思議な音階が聞こえてきたことに反応したのだが、隣にいるペンダリオンは双眼鏡を覗きながら滅多に見られない表情をしている。
「嘘だろ……? まさかこんなところで……?」
「は?」
「あれは笛言葉だ」
「笛言葉???」
「周波数域を微妙に変化させることで、言葉を話すのと同じように音階を使うことができる。しかし最大の特徴は音自体を別の場所に飛ばせることだな」
「よくわからないのですが。普通、音は飛びますが……」
「山彦のように音を飛ばせるから、これぐらいの木の距離でも跳ね返せる。つまり兵士が聞いている音というのは、実際には跳ね返ってきた音をきいているんだ。大昔、セプタ人たちが使用していた伝達手段の一つだが、驚いたな、子どもで使いこなせるとは……」
二人の兵士が音のする方を降り向いた瞬間、ヒロはすぐ彼らの背後に木から飛び降りてきた。
彼は二人の内、若干背の低い兵士を後ろから蹴り飛ばし、弾みで飛んで行った剣を奪ってからその兵士の脇腹を刺した。
隣にいたもう一人は震えながら、自らの剣で身構えた。
ヒロが一歩進むと、兵士は一歩退く。
睨み合いが続いたあと、兵士はもうどうにでもなれと言わんばかりに剣を大きく振りあげ、斬りかかってきた。
ヒロは腰を低く屈めてかわしたあと、素早く脚を斬りつけ、そして身動きができなくなった兵士の剣を取り上げてから遠くまで飛ばした。
兵士三人は後方の二人の悲鳴を聞きつけ駆け寄ろうとしたが、前方にテルウの姿を確認する。三十代の兵士はアルギナの命でテルウだけは無傷でここへ連れてこいと言われていたため、驚くほど綺麗な顔を確認した一人の兵士が突然叫んだ。
「その細い体の子どもだ! 無傷で捕えよ!」
カイは木の上でこの兵士たちの会話を聞いていた。
残りの若い兵士はテルウの方に向かって走るが、彼は木の陰に隠れたかと思うと一瞬にして消えた。兵士は驚き、周りを探し続けるが、姿を確認することができない。
「くそ! 子どもの癖に生意気な」
やがて三十代の男も別の場所でテルウの姿を確認する。
「今度はこっちだ!」
彼らはテルウを追いかけて行くが、またもや見失った。
「子どもだからか? 何てすばしっこい奴なんだ!」
山脈で暮らしていた頃、ダリルモアは体の弱いジオ以外の四人に幼い頃より数々の《遊び》をさせていた。
木刀で剣術を遊びに取り入れて勝敗を決めさせるのもその一つだ。
一対一の場合もあるが、時には一対多勢で行う場合もあった。昼間だけでなく、夜間に行うこともあるし、悪天候の中で行うこともある。子どもたちは仮に負けても次こそは勝てるよう計略をめぐらす。
木から木への移動や木登りも、山脈に住んでいた彼らにとっては造作もないことだった。
剣術だけでなく、武術も積極的に取り入れ、筋力を養うために毎日午前中は畑仕事をさせた。
さらに、カイには兵学を学ばせて戦略戦術を練らせる。
無論、楽しそうに遊んでいる姿を座りながら、温かい眼差しで眺めている彼らの父が、かつて大陸一の剣士と呼ばれ、西の大国の皇帝を暗殺した人物であることなど知る由もない。
他にこれといった娯楽もなく、同じ年頃の子どもたちはこの遊びをすることで互いに切磋琢磨しながら、確実に大陸一の剣士の遺伝子を受け継いでいったのだった。
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