第19話 バミルゴの大神官

「薬屋?」


 アルギナは大きな体を余裕で委ねられる椅子に座りながら神官に尋ねた。

 傍にいる少年たちは扇で風を起こし優雅にアルギナをあおいでいる。


「はい。この国に所縁のあるとかで、珍しい薬草を期間限定で売りたいと門に来ております。念のため医師に確認させましたが、めったに手に入らない非常に高価な薬草ばかり所有しているそうです。今年も熱波で体調の悪い民も続出したため、少しでも国民に行き渡ればと医師も申しておりましたが……」


「しかし得体の知れない者を国内に入れるとなると、この国は何かと秘密も多いし……」


 実のところ、アルギナ自身も今年は熱波にやられ食欲を喪失してしまった。希少価値の高い薬草ならぜひとも試してみたいが、それと引き換えに危険がつきまとう。

 アルギナはしばらく慎重に考えてから神官に向かって言った。


「すぐに追い払え」

「わかりました。少年たちに伝えます」

「ちょっと待て。今、少年たちと申したか?」

「はい。少年たちです」

「どのような?」

「……ど、どのような??? 綺麗な子たちです。身なりもきちんとしていますし。一人は頭が良さそうな。もう一人は澄んだ青い瞳をしていて、最後の一人は女の子みたいな美少年です」


 この時アルギナの眉毛がぴくりと動いた。


「子どもならそんなに心配することもないか……。一度会ってみたい。宮殿に連れてこい」


 アルギナの鶴の一声で、子どもたちは兵士に連れられ宮殿へと向かうこととなった。

 国内はすべての建物が白い壁に赤茶色の屋根に統一されており、窓の形もまったく同じ四角形である。

 城下は彼らが着ている民族衣装のような衣装の国民と、白いキャソックを着た僧侶ばかりが行き交っていた。

 なぜだか国民は誰もが子どもたちを見ると、微笑んで挨拶してくるが、その微笑みが心からの笑顔ではないことがわかる。彼らにはいかにもわざとらしく映るのだ。


 城下町をしばらく歩くと大きな宮殿らしき建物が見えてきた。

 宮殿は青色をした塔状の宗教的な建築物で、彼らは宮殿内の大御簾の間へと通された。


 やがて同じ年位の少年たち五人とともに一人の大柄な人物が入ってくる。

 その人物は刺繍の入った黒いキャソックを着て、とても太っている。慎ましやかに扇で顔を隠しているが、大きすぎて扇から顔がはみ出ていた。

 腰よりも長い黒髪は後ろで束ねられ、子どもたちから見てもその人物が男か女か見当もつかない。

 無表情な少年たちはそんな人物を扇でひたすらあおぎ続けている。


「私は、バミルゴの大神官アルギナだ」


 隣にいる白いキャソックの男は、扇で口を隠しながら話しているアルギナの言葉を伝えているようだが、別に男が伝えなくても何を言っているのかわかる程、声が大きかった。


「そなたたちの要件を聞こう」


「俺達は薬屋です。希少価値の高い薬草を所持しているので、ぜひ一か月間この国で販売する許可をいただけないでしょうか?」


 ヒロは青い瞳をアルギナに向けて国内での販売許可を願い出た。


「そなたはこの国が、いかなる国か知っておるか?」

「……いえあまり。宗教国家だということしか知りません」

「この国の神を知っているか?」

「神?」

「そう。この御簾の奥に御座す神だ。この国は神が治める国。神に導かれてこの国は成り立っているのだ」


「神のことはよく知らないけど、自分たちが端正こめて育てた薬草で元気になってくれる人がいればそれだけで十分だと思っています」

 ヒロはアルギナを澄んだ目で見つめながら正直に答えた。


「なかなかよい目をしている。しばらく見ていると引き込まれそうだ」


 アルギナは、彼が嘘をついているようには到底思えず、次に隣のカイを見た。こげ茶色のサラサラした髪に茶色の目、たしかに頭の回転がはやそうな子だ。

 最後にアルギナはテルウを見る。


 そしてその蛇のような黒い目を大きく見開いた。


 赤茶色の髪に茶色の大きな目。神官が言った通りこの世のものとは思えない綺麗な顔をしている。彼を手に入れたいという、今まで感じたことのない欲望がアルギナに高まってくる。


 テルウはアルギナと目が合い、蛇に睨まれた蛙のように体がすくんでしまう。

 するとアルギナは恥ずかしそうに白いキャソックの男に何か囁いた。


「はっ?」


 テルウの方を見て男が驚き、

「アっ、アルギナ様はそなたをずっと傍に置きたいと申しておられる。受け入れてくれたら兄たちも含めて一生面倒見るそうだ」

 そう伝えると、アルギナをあおいでいる少年たちも一斉にテルウの方を見た。


 テルウは戸惑いと恐怖から、必死に訴えかけるような目つきでヒロとカイに助けを求める。


「それは出来ません!! 彼は俺の大事な弟です!」

 ヒロがそう叫ぶと、テルウもこくこくと無言で頷き、賛成を示す動作をした。


「それは残念。仕方がないが諦めるとしよう。では彼をもう少し近くで見てみたい。こっちに来てくれたら販売の許可を与える、とアルギナ様は仰っています」


 テルウはもう涙目で兄二人の方を見ている。

 最後の関門がアルギナの近くに行くことなんて、今の彼には余りにも残酷な宣告だ。

 ヒロとカイは許可も欲しいし、テルウも可哀想だし、どうしたらよいか分からず、ただテルウを見つめることしかできなかった。


 アルギナの傍にはなるべく近寄りたくない。しかし近くに寄らないと、許可は下りず先へは進めない。とりあえず諦めてはくれているみたいだから、少し近くに寄るだけなら……。


 テルウは意を決して、ゆっくりと立ち上がると、重い足取りでアルギナの元へと向かった。

 扇で隠れていない蛇のような目はじっとテルウのことを愛しそうに見つめている。


 近くまで来た時、アルギナは同時に扇を顔から離す。

 すると、今まで見えなかった大きな口が見え、テルウはこのままこの口に飲み込まれるような錯覚すら覚えた。


 次の瞬間、アルギナは片手でグッとテルウを抱き寄せた。


 赤茶色の髪からほのかに香る、石鹸の香りを嗅ぎ、

「この少年の勇気ある行為を称え一か月間、薬草を販売する許可をしよう。とくに高価な薬草はすべて私が個人的に購入する」

 とアルギナはヒロ達に満足気な表情で告げたのだ。


 テルウはしばらく放心状態で立ち尽くしていた。


 ヒロ達はテルウの功績により、アルギナが購入した薬草の売上を手にすることに成功する。

 またアルギナは宮殿から少し離れた場所に小さな民家を与え、一か月間そこで薬草を販売することとなった。

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