第17話 白い頭巾の男

「お前ら、誰に許可を得て商売してるんだ!!」


 三人の男たちは身長差がバラバラで、恐ろしく趣味の悪い奇抜な衣装は肩からはだけ、腰には剣も下げている。

 一番背の低い男は怒鳴りつけるが、ヒロ達は放心して男たちが何を怒っているのかさっぱり見当がつかない。

 行き交う人たちはそんな彼らの状況を遠巻きに眺めており、徐々に野次馬が騒ぎを聞きつけ集まってきた。

 一番背の高い男がカイをつまみ出して広場に放り投げた。

 彼はそんな状況に驚いたのと、腰を強打したため広場に倒れ思うように体が動かない。

 そしてその時カイから落ちた、苦労して売り上げたお金を、残りの一人が拾い上げて懐に入れる。


「これじゃ全然足りないな」

「苦労して手に入れた金だ。返せ!!」


 テルウが飛び出して男たちの剣を奪おうとしているのをヒロは感じ取り、しゃがみ込んで彼の肩を押さえ必死で食い止めた。

 一方、カイは倒れながらもヒロにザネトウなどの高級な薬草を死守するように目で訴えている。

 それは自分たちが唯一持っている財産だからだ。奪われたら最後、生活が立ち行かなくなってしまう。


(いいか。子どもは所詮、力で大人には叶わない。命の危険があるまでは手を出すな。そんな時は自分の強み、つまり子どもであることを最大限利用するんだ)

(利用する? 父さん、それってどういう意味?)

(公共の場なら周囲の人に助けられるのを待つんだ。人が多ければ多いほど、普通は子どもが困っていたら手を差し伸べる人がいるはずだ)


 昔、ダリルモアに言われたことを思い出した時、誰かが倒れているカイに手を差し伸べている。


「やることが大人げないな。子どもじゃないか?」


 その男は白い服の上に黄色の衣を羽織り、腰に茶色のベルトをつけ、頭に白い頭巾を巻いていた。カイを起こしてから、次にしゃがみ込んでテルウを抑えつけているヒロに手を差し伸べた。


「君たち、大事ないか?」


 ヒロは最初、逆光でその顔を見ることが出来なかった。

 彼に起こしてもらいよく見ると白い頭巾から茶色の髪がわずかに見え、茶色の目をしている年の頃は三十歳位の男であった。隣には、まったく同じ格好をした細い目の黒髪の男を従えている。


 その白い頭巾の男を見て、難癖つけてきた一番背の低い男の顔色が変わり、カイのお金を懐に入れた男に何やら小声で囁く。

「今度は容赦しないからな」

 そう言いながら、取る物も取り敢えず立ち去ろうとしている。


「何か忘れているようだが……」

 白い頭巾の男に指摘され、奪ったお金をこちらに投げつけてきた。

 カイは痛みの残る腰を押さえながら、すぐさまそのお金を拾いあげる。

「もしかして君たち薬草に詳しい? それならぜひ話を聞かせてほしいから、今から一緒に食事でもしないか? 今日は奢るよ」

「えっ本当?」

 急な食事の誘いに喜ぶテルウを横目に、ヒロはその白い頭巾の男の顔をしばらく熟視し続けていた。


 白い頭巾の男たちに連れられ、子どもたちは城下町にある品のよい料理店に入った。

 賑わっている店内では騎士や商人など大勢の人が、食事や酒を楽しんでおり、三人のような子どもは他に誰もいなかった。

「お腹空いているだろ? なんでも好きなものを注文するといい」

「こういったところで食事をしたことがないから、何を頼んでいいのかわかりません」

「ハハハそうか。じゃあこちらで適当に選ぼう」


 白い頭巾の男は、いくつかの食事を注文し、自分達は酒を注文した。

 しばらくして、豆と鶏肉の煮物、鹿肉の入ったパイ、腸詰めのスープなどの大皿料理がテーブルに並べられた。

「さあ! 好きなだけ食べたまえ。足りなかったら追加するといい」


 テルウは一か月ぶりにまともな食事にありつけ、一心不乱に食べ続けていた。

 ヒロとカイも食事をしながら目の前の男二人を興味深く見つめる。


「自己紹介がまだだったね。私の名はペンダリオン、薬業を営んでいる。彼は部下のロイだ」

「薬業?」

 それならどうして難癖付けてきた男の顔色が、変わったのかわからなかったが、ヒロは自分たちの自己紹介をした。


「血は繋がっていないけど俺達は兄弟で、俺はヒロ、こっちは同じ年のカイ、あっちは弟のテルウです」

「どうして子どもだけで薬草売っていたの? ご両親は?」

「ひと月ほど前に急にいなくなったんです……」

「急に? 子どもを置いて?」


 金髪の子の話はややこしくなるのと、現実的ではないのでヒロは敢えて省略することにした。

「ええ、急にある日突然。他の妹弟も一緒にいなくなりました。残された俺達だけでは生活ができないので、薬屋をしていた両親が持っていた薬草を売って生活しようと思っていたんです」


「そう、なんだかいろいろ大変だったんだね……。薬草は何を持っているの?」

 ヒロとカイは顔を見合わせた。

 それはこんな高価な薬草を子どもだけで持っている事を知られるからだ。

「大丈夫。盗んだりしないよ」

 ペンダリオンは笑いながら酒を飲みはじめ、ヒロ達は仕方なく持っているザネトウはじめ所持している薬草を袋から少しだけ出して男たちに見せた。


「どれも皆、高級品ばかりだね。これに価値がある事を君たちは知っているんだ?」

「ええまあ。育てていたのは俺達なんで……」

「どうだろうか、これらの薬草をある国で売ってみないか? きっとフォスタで売るより高く買ってくれるよ」

 ペンダリオンの隣に座っている部下の男は一瞬驚き、信じられないというような顔をして彼の方を見た。


「ある国?」

「何故あの男たちが絡んできたかわかるか? 商売をするには何処でも出来る訳じゃない。商売する権利を得てから商売するんだ。君達はその権利を得ずに商売したから絡まれたんだ。今回は子どもだから許して貰えたが、世の中そんな甘いものじゃない」


 この男の言っていることはある意味、間違っていないことをヒロとカイは今日実感した。

 世間知らずの自分たちは商売なんて、価格を設定さえすれば簡単にはじめられると思っていた。しかしそんなたやすいものではなく、商売、いや世の中にはそれなりの決まりごとが存在することを知ったのだ。

 山の中で家族だけで生活してきた彼らにとって、はじめて世間というものを知るきっかけになった。

 父さんや母さんから聞いた話だけでは対応できないということも。


「私はね、その国で商売する権利を君たちに与えようと言っている。返事は今すぐじゃなくてもいい。今日は何処で休むの?」

「いつも野宿なんで」

「部屋を用意させよう。そこでゆっくり考えるといい」


 ペンダリオンは自分たちが宿泊している三階建ての宿屋の別の部屋を用意してくれた。

 宿屋に用意された三階の部屋には大きなベッドがすでに人数分用意されており、質素ながらも清潔な部屋であった。荷物を片付けながらカイはヒロの真意を確かめようとした。


「ヒロ、どう思う?」

「あの男は謎も多いが、間違った事は言っていない。俺はこの申し出、引き受けてもいいと思っている」

「そっか……そうだね。薬草売るのが本来の目的だものね」


 テルウはお腹いっぱい食べたのと、久しぶりの寝床の心地良さにもうすっかり夢の中に入っていた。寝相が悪くてシーツがめくれているのをカイはもう一度彼にかけてあげる。

「みんながいなくなってずっと落ち込んでいたもんね……。お腹いっぱいで少しは元気になれたかな? テルウ……」




「本当にあの国に彼らを行かせるつもりですか、まだ子どもなのに?」

 部下の男は、部屋の椅子に座り、酒を飲みながら本を読んでいるペンダリオンに問いかけた。


「子どもだからだ。もし引き受けてくれたらね。それより、君が驚いて私の顔を見たの、あの兄二人は勘づいたよ。気を付けないと」

「もっ、申し訳ございません……」

 部下の男はペンダリオンの指摘を受け、申し訳なさそうに下を向いた。


「何故、今まで失敗し続けたか。あの国に行った仲間は、いまだかつて一人も帰ってきていない。大人だったからだ。しかし子どもなら怪しまれないかもしれない。そして彼らはひょっとすると、普通の子どもたちとは違うかもしれない……」


「もしそうだとしても、あなたはあんな子どもを、危険に晒して平気なのですか?」

 部下の男は哀しい顔をしてペンダリオンをその細い目で見つめているが、彼は視線を男に向けることなく言い放つ。

「戦争では大人、子ども関係なく兵士として駆り出される。かつて西の大国では彼らと同じ年頃の子どもを兵士として使っていたんだ。それに彼らはこれから子どもだけで世間を渡り歩こうとしている。世間では大人も子どもも同等じゃないのか?」


 そしてペンダリオンはパタッと本を閉じて、酒の入ったグラスに手を伸ばし、入っていた酒を一気に飲み干した。

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