第16話 本当の価値
三人の子どもたちは川の下流に向かって大きな荷物を背負い、てくてくと歩いてゆく。
途中で野生のイチゴや木の実を見つけ、野ウサギや魚を獲り川岸で焼いて食べた。歩くとどうしても汗をかくため、川に入って水浴びをし、替えの衣類を洗濯する。普段からセラの手伝いをしていたことがこういう時に大きく役立った。
「狼はいるの?」
ふと歩きながらテルウが不安そうな顔で兄二人に聞いてきた。
「山脈には黒い狼がいるよ。父さんは昔、その狼たちと壮絶な戦いを繰り広げたことがあるらしい。狼の女王はササという白い大狼で、通常の狼より二倍位大きいんだって」
ヒロは昔、ダリルモアに話してもらったササとの思い出を聞かせた。
するとテルウはその日以来、怖くて眠れなくなってしまい、仕方なく夜は交代で番をして睡眠をとった。
子どもの歩行距離は非常に短いため、数週間かけてようやく民家が見える場所まで辿り着いた。はじめて見る風景に三人は期待と不安が入り交じる。
「言葉通じるかな?」
「さあ?」
カイの素っ気ない返事にテルウはまたも衝撃を受ける。
「大昔、この大陸に最初に辿りついたセプタ人達の話していた言語が語源だから、大陸中どこでも同じ言葉を話すって父さんが言っていたよ」
ヒロの話に納得した二人の目の前には、徐々に民家も増えてきた。まばらに人々が歩いているのも見える
言葉が通じることが分かったカイは集落で最も人が集まる場所を尋ねに行った。
「ここから少し行ったところに大きな集落があるらしい。ここは山脈の麓にあるフォスタという国の西側だって」
三人は教えてもらった集落へと向かうと、集落では大勢の人達が行き交い、住居は石造りの家屋で、集落自体が灰色をしていた。三人には集落で見たり、聞いたりする何もかもが新鮮に映る。
「人が多くて気持ちが悪い」
テルウはあまりの人の多さに酔ってしまい、ヒロの肩を借りている。
迷子にならないよう三人はくっついて歩いているが、途中でカイの姿が消えた。
ヒロが大慌てで彼を探しにいくと、ガラス窓から本が沢山並んでいるのが見える本屋の前で彼は立ち止まっている。
「カイ?」
「あんなにたくさんの本をはじめて見た。いつかはどれも読んでみたいなあと思って」
「でも今は目的があるだろ?」
「そうだった。ごめん」
カイはがっかりして歩き出した。
「いつ薬草を売るの?」
それから集落をひたすら歩き続けるカイに、テルウは尋ねた。
「相場を知らないと」
「相場?」
「俺たちはこの薬草の本当の価値がわからないから、まずは価格を調査しないと」
カイは集落の外れに薬屋らしきものを発見し、荷物を二人に預けて薬屋に入る。
店主は、入ってきたのが子どもだったので冷やかしかと思い、ちらっと見ただけで挨拶もせずに見て見ぬふりしていた。
「一番高い薬草はどれですか?」
座って本を読んでいる太った店主にカイは聞くと、
「これだよ。めったに入らない希少価値の高いブンゴソだ」
店主は面倒くさそうに棚からブンゴソを出してきた。
「どうしようかな? 悩むな。主人に頼まれたんです。値段はいくらかかってもいいからって言われて」
「それなら今すぐ、うちで決めた方がいい。フォスタではこれの五倍はするよ」
店主は子どもが、主人からのお金を持っていることがわかり、嬉しそうにこう付け加えた。
「実は主人からたっての願いで、ザネトウはありませんか?」
「それがあるなら、ぜひとも1000ボンで、こちらが買い取りたいくらいだ」
「そうですか。主人はザネトウ希望だったので残念です」
カイはわざとがっくりと肩を落としたように装い、薬屋をあとにした。
「すぐフォスタへ向かうぞ。ここの五倍で買い取ってくれるらしい。しかも俺達がもっているザネトウは特に高額商品だった」
薬屋から出てきたカイは、店の外で退屈そうに待っている二人に告げた。
「行く前に何か食べたい」
「フォスタまで我慢しろ! 何か食べるのは薬草が売れてからだ」
カイにそう言われ、テルウは欲求がみたされず口を尖らせた。
フォスタまでは東へ向かって数日はかかるという。三人は野宿し、山脈で収穫した木の実を食べて数日後、ようやくフォスタに到着した。
「これがフォスタ……」
フォスタは山脈の麓に位置し、ヒロたちが下ってきた川と山の恵みで栄えた国である。彼らが背にしていた山脈を背景に、巨大な城が聳え立ち、その麓には城下町が広がっている。数日前に立ち寄った集落とは比較にならないほどの賑わいを見せていた。城下町には住人だけでなく、商人や職人、騎士など、集落では見られなかった多様な職業の人々が行き交う。三人は、薬草が売れる場所を探しながら、町の賑わいに圧倒されていた。
城下町から少し外れた広場に、露天商の多くでている場所があり、カイはそこで売ることを決めた。
まずは持っている薬草の中で、ザネトウ程価値のないものを数種類選んで綺麗に並べはじめる。
ふと、高齢の女性が足を止めた。彼らと背丈がさほど変わらず、とても細いその女性は、荷物をすべて小さな袋に詰め、曲がった腰の後ろで持っていた。
「これは薬草? 何に効くの?」
「アスロゼンというものです。万能薬ですよ。腰や足が痛いのにも効きますし」
ヒロが癒しの笑顔で対応した。
カイとテルウは彼にこんな能力があることに驚いた。すると女性は何でも入っている袋から硬貨を取り出して10ボンで購入するという。
カイはその女性から薬草を売ったお金を受け取った。
はじめて自分たちの労働で手にしたお金。
このお金にどれだけの価値があるのかわからないが、自分達が端正込めて育てた薬草がお金になる喜びを感じた瞬間だ。
それからも何人かのお客が購入してくれて、カイは65ボンのお金を手にした。今日はもう店じまいしようかと、片付けをはじめているその時、子どもたちの目の前に三人の男たちが立ちはだかる。
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