第13話 差し伸べられた手
テルウが朝になり目を覚ました時、夜はたしかに横で寝ていたはずのヒロがいない。
カイとヒロは朝が苦手だ。
それは夜遅くまで話し合ったり、遊んだりしているからである。
朝はジェシーアンと畑で待ち合わせしていたのに、あろうことか先を越されてしまったと、急いで畑へと走った。
走っている間もざわざわと胸騒ぎを感じる。ヒロがこれほど朝早く起きる事なんていまだかつてなかった。
しかし畑へと向かったテルウの目に飛び込んできた光景は絶望そのものだった。
「えっ、嘘!」
家族が毎日楽しく過ごした母屋や彼らの部屋、手入れをしていた畑、すべてが跡形もなく消えてしまい、そこには何もない平地がただ一面に広がっていた。
テルウの横を冷たい風が通り過ぎていったため、彼の赤茶色の髪が風に靡いている。
一瞬、今見ているのは夢ではないのかと思ったが、しかしすぐにそれは一気に現実の世界へと引き戻された。
土の上にダリルモアからお土産で貰った盾が落ちていたからだ。
よく見ると土の中に、ジェシーアンが同じくお土産に貰ったピンク色の靴の片方がボロボロになって埋まっている。
テルウはそれを拾い上げ、あの時の眩いばかりの笑顔を思い出す。
紐で髪を結んであげたこと。手を握りしめ、耳打ちした時の事も。
昨日まで彼女の息遣いを感じられる程、近くにいたのに。
その拾い上げた靴を握りしめてから、祈るようにおでこに近づけた。
でも大丈夫。すぐにみんな絶対かえって来る。
テルウはカイのいる薬庫へと走った。
カイは朝が弱いのでまだ寝ていたが、テルウに体を揺らされるように起こされ、こげ茶色の髪がボサボサになっていた。
「母屋が跡形もなく消えているって……、何寝ぼけているんだよ」
「寝ぼけているのはカイの方だろ! とにかく一緒にきて」
テルウは幼い頃から、洞察力に長けており勘が鋭い。
だから状況を理解するのが天才的に早い。
そんな彼が不安げな表情を見せていたため、カイは何か事情があることを察し、母屋へと向かうと、テルウの言った通り何もない母屋の状態に絶句してしまう。
「なっ。寝ぼけてなんていなかっただろ。何もかもなくなったし、誰もいないんだ……」
テルウは力が抜けたように、地面に座り込んでしまった。
カイは母屋や畑があったと思われる場所を、立ったり、しゃがんだりしながら丹念に調べはじめた。
土の中にはよく見ると木材や、日々の生活で使われていた日用品が粉々になって含まれている。元々ダリルモアとセラが手作りで建てた家屋であった訳だから、決して強固なものではなかったはずである。
しかし台風ぐらいではびくともしない作りだったのに。
カイはその後、母屋近くの林まで走った。母屋を取り囲むように川の反対側には、林が広がっているのだが、こちらにあまり被害は見当たらない。しかしすべてが無傷というわけではなく、母屋とは反対側に円を描くように木が何本かなぎ倒され、葉が至る所に落ちていた。
「まるで竜巻に巻き上げられたようだ……。すぐにみんな帰ってくるかもしれない。薬庫では幸い火も起こせるし、寝床も確保できるからそこでみんなを待とうよ。テルウ!」
カイは地面に座り込んでいるテルウを励まし、立ち上がらせて薬庫へと向かった。
薬庫へ戻っても二人は何もする気が起きない。
食事を取る気にもなれず、ぼうっとしてしまう。
いつもならこの時間、みんなで食事の用意をしたり、畑の仕事をしたり、ジェシーアンと喧嘩したり……。あんなに楽しかった日々が、次から次へと頭の中に思い浮かんでは消えていく。
たとえ、本当の親子や兄妹じゃなくても、その思い出どれもが尊いものであり、心に残るものであった。
次の日、カイは川岸に座り込んで、釣り竿を握ったまま考え事をしていた。
考え事はあの金髪の男の子のことだ。
部屋に運ばれてきた時、目立った外傷もなく、川岸に倒れていたのに服も濡れてはいなかった。
そして前の日は嵐だったというのに、靴に泥一つついていなかった。
まるで誰かが瞬時に運んできたかのようだ……。
果たしてそんなことが本当に出来るのだろうか。
「妖術の類か?」
その事を、もしも父さんや母さんに伝えていたとしたら、何か変わったのだろうか?
だとしたら何が狙いだったのだろう。自分とテルウ以外の誰か?
父さんは前日に、何故ヒロにあの指輪を渡し、何を話すつもりだったのか?
そもそも父さんと母さんは、どういう理由で自分たちを養子として育てていたのだろう?
それもこんな山奥で……。
カイは幼い記憶の片隅に、自分が初めてこの場所に連れてこられた日の出来事が残っている。そこにはもうすでに同じ年だというヒロがいて、セラが喜び自分を抱き上げてくれた事だ。すぐにヒロとも打ち解け親友のように仲良くなった。
だがダリルモアはヒロに対して、自分に対する時とまるで違う顔を見せる。
彼の奥底にある何かをずっと見つめていた……。
薬庫に戻るとテルウは食欲がないといって何も食べない。
気分がひどく落ち込んで、一日中寝床から起き上がれなくなり、何もやる気がしなくなってしまっている。こういう時、彼が年下だとつくづく思い知らされる。カイは仕方なく釣った魚を焼いて、彼の傍にそっと置いた。
最悪みんながこのまま帰ってこなかったら……。
カイは下山も視野に入れることを考えていた。
流された先の川岸でヒロはハッと目を覚ました。
投げ入れられた後、川の中で必死にもがいて浮かび上がり、たまたま近くにあった木に捕まり、流れが極端に緩くなったところで川岸上がった後、そのまま倒れて寝てしまった。
目覚めは最悪で、ずっと悪い夢ばかり見ていた。
金髪の赤い眼の子どもが、じっと自分を見ている。
その赤い眼は、もはや人間の眼ではなく、背筋がぞっとしてしまい、それ以外はすべてが真っ黒で何も見えない。
そして自分もその真っ黒な闇の中に引きずり込まれそうになるのだ。
誰かが、その闇の外側から手を差し伸べてくれた。
その白くて細い小さな子どもの手を必死に掴みたくて、無我夢中で闇の中を走るが、その手を掴もうとした瞬間に目が覚めた。
ヒロは悪夢を見て気持ちが悪くなり、川岸で吐いてしまう。
恐らく水も大量に飲んでいたのか、吐瀉物からは胃液に混じって水も含まれていた。
いつもならこんな時、母さんが背中を擦って薬草の煎じ汁を飲ませてくれるのに……。
母さんや、皆に会いたい!
ところがここがどこだかわからない。そういえば幼い頃、同じように川に流されたことがあり、あの時は父さんが心配して馬で迎えに来てくれた。
母屋から下流に進むと、ちょうど直角に折れ曲がる場所があり、そこの川岸に打ち上げられたのだ。
たしかこんな場所。いやまったく同じ風景だ。川に沿って上流へ向かえば帰れるはず。
「父さんは、ここに流れ着くことを知っていたんだ……」
ヒロは胸に手を当て、父さんがくれた指輪をぎゅっと握りしめると、母屋へ帰ることを決心して走り出した。
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