テーマ「毒親 拒食症、もしくは過食症 自殺」

 悪いことというのは、連鎖するものだ。


 母の妊娠が発覚してから、私の父親は行方不明になった。

 母が私を産んでも、そのときまだ、母は10代だった。

 私は母の親戚に預けられ、そこで育てられることになったのだが。

 はっきりいう。ひどい連中だった。

 預けられた先はそこそこ裕福なところだったのだが、私がそこに預けられてから、その連中はどうやら不景気に巻き込まれてリストラされたそうで。

 まだ小さく、無力だった私は、彼らのはけ口にされるにはちょうどいい存在だったのだろう。

 日常的な暴言、叩く、殴る、蹴る。

 いちおう食事はそのときは与えられていたが、適当に焼いたものに市販のソースをかけただけという、とても料理とは思えないもので。

 もちろん、彼らもそれを食べて生活していたのだから、その辛さを共有できたらいいのだけれど。

「なにチンタラ食べてんだよ! 片付かねえだろ!」

 頭を無理やり皿に押し込まれる。市販のぐちょっとしたソースで顔が、目が、鼻の中がどろどろになり、

「うえ、おええぇぇ」

 私は皿の上に盛大に戻した。

 もちろんそれからは殴る蹴る。もう、痛いという感覚すらなくしていた。

 気づけば、私は。

 モノが食べれなくなっていた。

 もちろん、いっさい食べれないというわけではない。

 ある一定以上の量を口に入れると、ある一定のものを口に入れると。

 戻してしまうのだ。

 中濃ソースとか。醤油とか。

 あのときの皿に顔を押し付けられたトラウマが、私から食事をするという感覚を奪っていった。

 なので彼らも、私にはわずかなパンだけを投げ与えるようになる。

 文字通り、投げ与えられていた。

 私はそれを1日に少しずつだけかじって、それだけで過ごしていた。

 体はみるみるうちにやせ細ってゆき、学校でも。

「なんだよこいつ、ガリガリの化け物じゃねえか!」

 クラスメイトにからかわられ、隣のクラスから興味津々で見に来る連中がいて。

 そのうち、軽い嫌がらせが始まって。

 それに対してなにもいえずにいると、だんだん嫌がらせがエスカレートしていって。

 私のノートは落書きだらけ。

 私の衣服はハサミで切り刻まれ。

 私の机は、ノリだとか給食残りだとかでどろどろになっていた。

 そのうち、誰も私に近づかなくなって。

 家にも、学校にも、私のいるべき場所はなかった。

 悪いことというのは、連鎖するものだ。


 ある日、家の連中が私をおいてドライブに出かけた。

 どこにいったかなんて知らない。渡されたのは、パンがひとつ、それだけ。

 何日かで帰ってくるのだろうと思っていたのだが。

 何日が過ぎても。

 彼らは、帰ってこなかった。


 1日目。

 泊りがけの旅行なのだと思った。

 2日目。

 たまに贅沢でもしているのかと思った。

 3日目。

 もしかして引っ越したのかな、なんて思う。

 荷物は残っていた。それは、あり得なかった。

 4日目。

 もしかして、もしかして。

 なにかあったのだろうか。

 悪いことというのは、連鎖するものだ。

 誰も、そのことを教えてなんてくれない。



 5日目。

 私は、捨てられたんだと気づいた。

 いや、気づいていた。

 父親から。母親から。

 預けられた家の連中から。

 クラスメイトから、先生から、学校から。

 悪いことというのは、連鎖するものだ。

 私は、そのきっかけに過ぎなかったのだ。

 私は不幸になる運命で。

 私は誰かのお荷物になる運命で。

 私は、この世界に生まれてきてはいけなかったのだ。

 ああ、なんて、くだらない。

 悪いことというのは、連鎖するものだ。

 だったら私が死ねば、全て解決じゃないか。

 すべての悪いことのきっかけが、私なんだとしたら。

 私が死んでしまえば、世界は平和になるんじゃないか?

 笑みがこぼれた。

 笑い声が響いた。

 ほんのわずかなパンしかかじってない、そんな私が。

 そんな大きな声で笑えるというのが、おかしかった。

 笑った。

 笑った。

 笑った。

 笑った笑った笑った笑った笑った。

 この世のすべての呪って。

 この世のすべてを諦めて。

 この世のすべてのもののために。

 私は笑った。

 


 ひとしきり笑ったあと、私は隣の部屋から電気のコードを引っ張り出して、天井からそれを吊るした。

 これで終わり。

 痛いことも、辛いことも、苦しいこともぜんぶ。

 これで終わり。

 丸く輪っかにしたコードに向かって背伸びをして首をかけ、私は全体重をそこに預けた。

 神様が、もしもいるのなら。

 次は、痛くない人生を。

 辛くない人生を。

 そんなことを、思った。

 




 ……声が聞こえた。

 ドアを叩く音が響いている。

 気づけば、私は地面に突っ伏していた。

 近くに電源コードが転がっている。

 ああ、しっかりと縛れなくて、ほどけてしまったのか。

 もっとしっかり結ばないと、と、ゆっくりと私は起き上がろうとすると。

 ドアが乱暴に開かれた。

「ーーーー!」

 声が聞こえた。それは、かつて私の名前だったものだった。気がした。

「あの人たちが事故にあって……あなたが一緒じゃなかったって聞いて!」

 その人物は、泣きながら私に近づいてきた。

 家は掃除なんてしてない。私も、お風呂になんて入っていない。

 汚いし、臭いし、どうしようもないはずなのに。

 その人は、私を抱き寄せた。

「ああ、こんなにやせ細って……ごめんね、ごめんね、ごめんね」

 その人のことを、私はどこかで覚えていた。

 ひと目見たとき、思い出した。

 悪いことというのは、連鎖するものだ。

 なら、いいことは?

 いいことを経験したことがないので、私にはわからなかった。

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