ただひらひらと舞い踊る ひとひらのように

彼方希弓

第1章 1話 中野柚希 ①

 高2 9月

 

「ゆき!もう帰れる?」


教室の後ろの引き戸のところに立ち、眩しそうに目を細めてこちらを見ている。


「あっ、うん!帰れるよ!」


「俺、部室 寄ってジャージ取ってくるから、下駄箱で待ち合わせしよ!じゃ!」

軽く右手をあげて、軽やかに廊下を走って行った。


「いいね〜いいね〜いつもラブラブで!」

「いつ見ても、いい男だよね〜!優しいしさ!」


窓際に置いてある植木鉢に水をあげていた私は、美紀と恵に両サイドからはさまれ、肘打ちを喰らいながら右へ左へ揺れていた。


「あっ、どもども」

「なにが! “”あっ、どもども“” だよ!

ほんとムカつくわ!!」

「なんであんたに、あんな彼氏がいるわけ〜!?ふざけんな!」


2人の怒りの小芝居も毎度のことで、半笑いになってる。


「じゃ、帰るわ!」

「ほいほい!早く行け!」

そう言いながら、美紀は私のロッカーからお弁当袋を出してくれた。

恵は、机の横にかけてあったバッグを手渡してくれた。

「ありがと!」

「早く行け〜!矢沢君を待たせるんじゃないよ!」

「は〜い!じゃ、バイバイ!」


毎回毎回言われるから、近頃はもうスルーだけど、

『なんであんたに、あんな彼氏がいるわけ?』

って本当にごもっともな意見だ。

自分が1番よくわかってるよ。

私と彼じゃ、つりあわないって。


でも、もう少しで3年になるのか。3年も付き合えるなんて、あの時は思わなかったな……




 中2 9月

 

「中野のこと 好きなんだ。 

僕と付き合ってくれないか」


私? 私に言ってるの?


後輩の女の子が、えいちゃんのことを好きなんだって。

それで、私がその子のラブレターをえいちゃんに渡した。


ただ、それだけ。


私は、ただのキューピット役だったのに。

彼は、その子の手紙を読み終わって、突然そう言った。


「さっきも言ったけど、その手紙、1年の剣道部の丸川さんからだよ!」


「わかってるよ」

彼はにこっと笑い

「返事書くから、ちょっと待っててもらえる?」


そう言うと、椅子に座り、カバンからノートを出して、少し考えながら何か書き始めた。


その横顔を見ながら、私は、さっきえいちゃんが言ったことを、頭の中で何回も何回もリピートさせていた。


「中野のこと好きなんだ。

僕と付き合ってくれないか?」

って、そう言ったよね? 

冗談なの?

でも、そういう冗談言うようなキャラじゃないし…… 


えいちゃんの横顔を見ていたら、急に胸がドキドキしてきた。

私、もしかしてだけど……今、えいちゃんに告白されたの??

中野のこと好きなんだって、中野って、私?

私を好きだって?

私と付き合いたいって?

ってゆうか、えいちゃんと話をしたのも初めてじゃん!

なんだか、息もできないくらい、急に胸が苦しくなってきて咳き込んだ。


「ゴホッゴホッゴホッ!!」

「大丈夫?顔、真っ赤だよ!!」

えいちゃんが、びっくりしたように私の顔を見て言った。

顔、真っ赤って言われて、更にカァ〜っと赤くなるのが自分でもわかった。


「ゴホッゴホッ!!」


背中をさすってくれようとしたのか、えいちゃんは慌てて立ち上がり、私の方へ手を伸ばした。


「あっ、大丈夫!大丈夫!」

そう言いながら、私は2、3歩後ずさりした。


「ゴホッ、なんか、急に、ゴホッ、ノドが痛くなっただけ。ゴホッ、ゴホッ。大丈夫」


えいちゃんは、立ったままで、

「そう。ごめん、待たせちゃってて。返事書けたから、はい!読んでみて」

そう言いながら、手紙を私に差し出した。


意味がわからない。


「えっ?丸川さんへの返事だよね?

ゴホッゴホッ

私、そんなの読めないよ!」


フッと、えいちゃんは少し笑いながら、

「丸川さんへの返事だけど、中野のこと書いてるから、内容知っててもらった方がいいかと思って」


「私のこと?私のこと書いてあるの?」


「そう」

あははと笑った。


何がおかしいのかも、わからない。


「いいや!僕が読むから、聞いてて!」

そう言うと、手紙をひろげ読み始めた。


「丸川さんのことは、家も近いし、小学校の頃から知っています。

丸川さんから手紙で告白されて、正直驚きました。

でも、それ以上にびっくりしたのは、その手紙を持ってきたのが、中野だったこと。

僕は、

中野のことがずっと好きだった。 

だから、中野から呼び出されて、僕は変に誤解した。

中野が、僕に告白してくれるんじゃないかって、そんな風に期待した。

でも、丸川さんからの手紙を渡されて、ものすごく落胆したんだ。

丸川さんには悪いけど、君の手紙を読んですぐに、僕は中野に告白したよ。

返事は、まだ聞いていない。

この先、どうなるのかもわからないけど、

とにかく君の気持ちには応えられない。

ごめんね。

君を傷つけることになってしまって、本当に ごめん。 矢沢弘人」


そこまで一気に読むと、えいちゃんはフーーーッと深く息をはいて椅子に座った。


私は、まばたきすることも忘れて、ただただ呆然とえいちゃんの話を聞いていた。

なんだか、何か学園ドラマのワンシーンを観ているような、そんな感じだった。


「大丈夫?」

えいちゃんが私を見上げて言った。


「えっ!!」

私は、ハッとして慌ててえいちゃんの顔を見た。


かっこいい


こんなにも、かっこいい人だったっけ?

恋におちるって、こういうこと?

ハートをズキュンと射抜かれた。




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