熊は居りませぬか?

  熊は居りませぬか?



不溶性不親和性の結晶は

例へば休日の朝には

辨當べんたうを携へて彷徨する


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


寂しげな二人が歩いてゐる

薄暗い山の中で

低木の黃葉がぺらぺらと螢光する


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


二人の幼稚性は

熊鈴を携帶するほどの

世閒竝せけんなみの周到さを欠いてゐるが


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


辨當べんたうの卵燒を進ぜようとも

到底見逃しては吳れぬだらうから

仕方もない


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


たまに思ひ出したやうに

ぼそぼそとかたみがはりに

かう呟いてもみるのである


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


赤松や水楢みづならは高く高く

忽然こつぜんと茸も顏を出すけれど

種類を同定するには微妙なずれ


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


かへで山漆やまうるしつた

落葉植物の葉面に見られる

死を目前にした裝飾の絢爛けんらん


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


そろそろ死んでもよいけれど

野晒のざらしはどうも厭なのです

屹度きつと怖ろしげな形相ぎやうさうにならうから


「クマハヲリマセヌカ?

 クマハヲリマセヌカ?」


それならいつそ齒牙にもかかつて?





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