悪役っぽい令嬢はトニカク断罪を回避したい

緋色の雨

悪役っぽい令嬢はトニカク断罪を回避したい

「レティシア、貴女を断罪しますっ!」


 人気のない何処かの教室。

 トアル侯爵家の令嬢であるわたくしを断罪したのはこの国の第一王女だった。唇をきゅっと結び、顔を強張らせた聖女を護るように、彼女は聖女の細い腰をグッと抱き寄せている。

 そんな彼女に散々と罵られたわたくしは、最後にがっくりと項垂れました。


 ――という夢を見ました。

 わたくしは今年で十歳となる、トアル侯爵家の娘です。本当ならトアル侯爵家の正当な後継者なのですが、私を産んでほどなく母が他界したすぐ後に入り婿だった父が再婚。そのお相手とのあいだに、わたくしより年上の娘がいたため、家が乗っ取られそうになっています。

 ……浮気な父、もげればいいのに。


 ――んんっ。いけません、つい口が悪くなってしまいました。このようにマイナス感情を抱いているから、あのような夢を見たのでしょう、反省です。


 少し話は変わりますが、この国で生まれた者には希に不思議な力が宿ります。わたくしはその希な存在で、『あらゆる道具をそこそこ使いこなす』という能力を持っています。


 未知の道具でも、初見で使いこなすことが出来る能力です。ありふれた道具の場合は熟練者に劣るのでそこまで便利ではありませんが、未知の道具が使えるのは大きいです。


 さきほどの夢も『予知夢を見ることの出来る水晶』を使った結果です。

 用途不明のマジックアイテムとして安売りされていた品ですが、わたくしは能力のおかげで用途が分かったので思わず購入してしまいました。もう一度使用しても同じ夢を見るので使い勝手はよくないようですが、夢の内容を考えれば購入した価値はあったと言えるでしょう。


 少し話がそれましたが、さきほどの夢は予知夢。このままではいつか、わたくしは第一王女に断罪される運命だということです。


 冗談ではありません。身命を賭(と)して私を産んでくださったお母様のためにも、わたくしは幸せになると決めています。断罪などされてたまるものですか!


 問題は、なぜ断罪されるのか、ということです。

 あの場にいたのがこの国の聖女と第一王女ということは認識できましたし、その王女から散々と罵られたことも理解できました。ですが、なにをどのように罵られたのかは理解できていません。予知夢は夢というだけあって、その辺りは不便なようです。


 相手が王子であれば、聖女と王子を取り合って、なんてことも想像できるんですけどね。

 なんにしても、断罪される理由が分かりません。

 わたくしが平民であれば、王女や聖女とかかわらないようにすれば済むことですが、侯爵家のわたくしが二人とまったくかかわらないことは難しいでしょう。


 という訳で、わたくしは全力で自分を磨くことにいたしました。王女からの断罪を回避するためにも、わたくしを疎ましく思っている親をあしらうのにも自分の能力は必須です。

 自分を磨き、万人から愛されるようになれば、断罪されることはないと考えました。


 幸い、父や継母は二人のあいだに生まれた娘をロビー活動で認知させることに重きを置き、わたくしのことは関知しないというスタンスを取っていたのでことは運びやすかったです。

 わたくしは二人の活動を邪魔しない代わりに、自分に家庭教師を付けることを認めていただき、それはもう全力で自分の能力を伸ばしていきました。


 礼儀作法はもちろん、ダンス、声楽、ヴァイオリンやピアノ、それに魔術の訓練に剣術のお稽古。もちろん、淑女としての美容にも気を掛けます。


 ここでも、あらゆる道具をそこそこ使いこなす能力は大活躍です。ヴァイオリンやピアノ、それに杖を使った魔術や剣術は最初から中級レベルで扱うことが出来ました。

 さすがに自分の身体は道具と見做されていないようで、喉をそこそこ使いこなして最初から天使の歌声を――なんてことは出来ませんでしたが。


 それでも最初からピアノで音階を取れることで、歌も音階を取りやすいといった利点が多々あり、わたくしは凄まじい速度で教養を身に付けていきました。


 十歳の地点で侯爵令嬢として年相応の教養を身に付けていたわたくしは、十一歳で才能の片鱗を見せ、十二歳で神童と呼ばれるにいたり、十五でその名を轟かせた。


 その頃には父や継母もまずいと感じたのでしょう。わたくしは十五の春、王立学園の寮に放り込まれました。わたくしが家を空けているうちに、実家を乗っ取る計画なのでしょう。


 忌憚のない意見を言わせて頂くと、家名に執着はありませんし、家を乗っ取りたいのなら好きにすればいいと思っています。そもそも、そちらは後からどうとでもなるので後回しです。

 いまはとにかく、予知夢で見た未来を避けるのが先決です。

 というのも、入学させられた学園の敷地に、夢で断罪された場所があったのです。どうやらわたくし、まだまだ追放される未来から逃れられていないようです。

 こうなったら意地でも断罪される未来を回避してみせます!


 彼を知り己を知れば百戦殆うからず。

 わたくしはまず、予知夢で聖女として扱われていた少女を探しました。学園の授業もおろそかには出来ないので、休み時間などを使って聖女を探します。


 結果から言えば、無事に見つけることが出来ました。

 カント男爵家のご令嬢で、名前はセリアとおっしゃるようです。銀に近いプラチナブロンドの髪が素敵な、とてもとても愛らしいお嬢様です。


 ただ、見つけるのには思いのほか時間が掛かりました。

 理由は主に三つ。

 現時点ではまだ聖女と認識されていないこと。夢で見たよりも少し幼く、すぐに分からなかったこと。王女と関係があることから、上級貴族の娘だと思っていたことが挙げられます。

 付け加えるなら、事情が事情なので他人を頼れなかったのも大きいでしょう。


 そんな訳で、セリアを見つけたときには既に、入学から三ヶ月が過ぎていました。その遅れを取り戻すべく、さっそくセリアとの接触を試みます。


 狙い目は昼休みです。

 調査の結果、セリアはいつも一人で昼食を取っていることが分かったからです。


 貴族令嬢たる者、一人で食事を取ると言うことは珍しくありません。両親は大抵忙しく、使用人達とは一緒に食事を取ることが出来ないからです。ですが、だからこそ、学園内ではお友達と食事を取る傾向にあります。それなのに一人、孤独が好きなのでしょうか?


 騒がしいのは嫌いかもしれないと心のメモ帳に記載しつつ、セリアを探します。そうして見つけたのは、植えられた木々で周囲から目隠しがされている中庭の一角でした。

 ベンチに腰掛けて、セリアが一人でお弁当を食べています。


「こんにちは、隣に座ってもよろしいですか?」

「え? あ、その……はい」


 セリアは思いっ切り戸惑っているようね。学園には身分に関係なく平等に振る舞うべしという校則があるけれど、実際には身分によってグループが別れている。だから、いくら隣が空いているからと言っても、普通は知らない誰かが座っている席の隣に座ったりしない。

 だからわたくしは、そんな彼女の警戒を解くことから始める。


「木漏れ日がとても気持ちの良い場所ね」

「……え、あぁ……そうですね」


 同意はしていますが、言われて初めて気付いたと言いたげです。ということは、彼女がこの場所で食事をしているのは、木漏れ日がどうのとは関係がない理由でしょう。

 ということは、人がいない場所ということに意味があるのかもしれません。


「実はわたくし、教室に居づらくて逃げてきたんです」

「え、貴女も……?」


 わたくしが零した呟きにセリアが食い付きました。


「貴女もということは、もしかして……?」

「ええ。私は男爵家の娘なんですが、平民の方には貴族として警戒されてしまって、上級貴族の方々には下級貴族として……その、とても肩身が狭いんです」

「学園では身分に関係なく平等という理念でクラス分けがされているけれど、実際には身分を振りかざす方が多いですからね」

「貴女もそう思いますよねっ! あ、その……大きな声を出してごめんなさい」


 セリアは少し興奮して、それからハッと恥じ入るように俯きました。それでも、わたくしの同意を求めてか、ちょっぴり上目遣いを向けてくる様がなんとも可愛らしいです。


「たしかに煩わしいときもありますが……考え方を変えてみてはいかがですか?」

「考え方、ですか?」

「はい。学園内では身分に関係なく平等。そんな理念がなければ、今日、私が貴女に話しかけるなんて、きっと出来なかったでしょうから。……その、迷惑ではありませんでしたか?」

「え、あ……もちろんです。私は身分なんて気にしませんから!」


 恐る恐る尋ねると、わたくしの意図通り、自分の方が身分が上だと誤解したセリアが笑みを返してくれます。男爵よりも下は一代限りの貴族や騎士爵くらい。平民である可能性が高いのですが、自分よりも身分の低い者を見下すような性格ではないようですね。


 ……うぅん。実は性格が悪い、なんて可能性も想定していたのですが、どうやらそう言うこともないみたいですね。やはり、セリアと仲良くなることが破滅回避に近道でしょう。

 このままセリアと仲良くなり、王女とは極力関わり合いにならない方向でいきましょう。もともとも権力には興味がありませんし、避けられるうちは避けた方が安全でしょう。

 という訳で――


「では、是非わたくしと仲良くしてくださいませ。わたくしはレティシアと申します」


 こうして、わたくしはセリアとお友達になりました。といっても、お互いの名前を名乗っても家名は名乗らず、中庭の片隅で一緒にお弁当を食べるだけの関係です。



「レティシアさん、この卵焼き、自信作なんですよ!」

「ではわたくしの唐揚げと交換しませんか?」

「いいですよっ、はい、どーぞっ」


 それでも、ときどきおかずの交換をしたり、クラスでの愚痴を言い合ったりします。

 幼くして産みの母を失い、入り婿の父や継母に煙たがられ、自分の身を護るのに必死だったわたくしにとっては初めてのお友達で、この時間がとても大切なモノになりつつありました。


 だから、わたくしは最初に自分の方が身分が下だと誤解させたまま、実は侯爵家の令嬢だという事実を打ち明けられずにいました。

 そうして一年が過ぎ、学年が変わってクラス替えがされる時期。この国に聖女が誕生いたしました。まだ正体は公表されていませんが、予知夢通りならばセリアでしょう。


 でも、セリアはわたくしにその事実を打ち明けてくれませんでした。わたくしと同じように、いまの関係が壊れてしまうのを恐れてくれているのでしょうか?

 それとも……



 そんな不安を抱えつつ、迎えた初夏。

 わたくしが少し遅れて中庭のベンチに来ると、セリアがいませんでした。さきに食べ終わって帰るほどの遅れではありませんし、この程度の遅刻はいままでにもありました。

 嫌な予感がすると、セリアを探しに行くことにします。少し歩き回っていると、中庭の隅っこの方、周囲から見えにくい校舎の影からセリアの困った声が聞こえてきました。

 わたくしはすぐに、その声の元へ向かいます。


「キャロル様が声を掛けてくださったからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」


 何処かの令嬢が三人、セリアを取り囲んでいます。ちなみに、キャロル様というのは、この国の第一王女のことです。察するに、嫉妬に駆られての行動のようですね。

 どうやらわたくし、イジメの現場に出くわしてしまったようです。


「わ、私、調子に乗ってなんていませんっ!」

「口答えして、生意気なのよっ!」


 令嬢達の代表……と言いますか、イジメの主犯が右手を振り上げる。それを見た瞬間、わたくしは芝を踏みしめ、全力で彼女の元に駈け寄ります。


 パシンと乾いた音は、振り下ろされた令嬢の腕を間一髪で摑んだ音です。わたくしの登場に気付いたセリアが、深緑の瞳をまん丸にしています。


「な、なによ貴女っ!」


 主犯の令嬢が驚いていますが、わたくしはセリアに視線を向けます。


「セリア、もう大丈夫ですよ」

「ど、どうしてここに?」

「遅いから心配して探しに来たに決まっているではありませんか」


 セリアに微笑みかけると、主犯の令嬢が藻掻き始めました。


「無視するな! 離しなさいよっ!」

「彼女はわたくしの大切なお友達なの。危害を加えられると分かっていて見過ごせないわ」

「良いから、離せって言ってるでしょっ、生意気なのよ!」


 主犯の令嬢が左腕を振り上げる。

 わたくしはすかさず彼女の右腕を後ろ手に捻り、彼女が動けないように拘束した。


「痛っ! この、いいかげんになさい! 私は伯爵家の娘よ! いますぐ離さないとお父様に訴えて、貴女が学校に来られないようにしてやるんだから!」


 最初に暴力で訴えておきながら、それが通じないと分かると親の権力を振りかざす。恥ずかしいとは思わないのでしょうかとわたくしは考えたのですが、セリアは顔色を変えました。


「レ、レティシアさん、もういいですっ! これは私の問題ですから」


 こんな状況でも、セリアはわたくしを気遣ってくれるのですね。まったく。予知夢で見たわたくしは、こんなにも純粋な彼女になにをしたのでしょう?

 王女に断罪されるくらいです。もしかしたら、この主犯の令嬢のように恥ずかしい真似をしたのかも知れません。そう思うと、なんだか腹が立ってきました。


 わたくしは主犯の令嬢を突き飛ばします。彼女は芝に足を取られて無様に転びました。その姿を無言で見下ろしていると、振り返った彼女が物凄い形相で睨みつけてきます。


「こんなことして、絶対に許さない! 必ず、お父様に頼んで破滅させてやる!」

「出来るものならやってみなさいな」


 わたくしが不敵に笑うと、取り巻きの令嬢が顔色を変えました。


「……まさかっ!」

「貴女はっ!」


 わたくしの容姿か、あるいは名前から、わたくしの正体に気付いたようですね。


「身分を振りかざすのは好きではありませんが名乗っておきましょう。わたくしはレティシア。トアル侯爵家の娘ですわ。お父様に訴えるためにもよくよく覚えておいてくださいませ」


 優雅にカーテシーをしてみせれば、ひゅっと息を呑む音が聞こえた。怒りに染まっていた主犯の令嬢の瞳が一瞬で恐怖に塗り替えられていく。


 うちの両親は外面がいいので、わたくしを排除しようとしていることは知られていないんですよね。もし知られていたとしても、いくらでもやりようはありますけど。


「レ、レティシア様とは知らず、どうかお許しください……っ」

「「お、お許しください!」」


 彼女達が一斉に頭を下げる。その姿に思わず舌打ちをしたくなります。これではまるで、わたくしが身分を振りかざして虐めているようではありませんか。


「……わたくしは、身分を振りかざすつもりなどありません。ただ……セリアはわたくしの大切なお友達です。その彼女を傷付ける者が現れれば、わたくしは自分の流儀に反してでもそのものを叩き潰します。……覚えておきなさい」

「は、はい、分かりました。今後は絶対に手を出したりいたしません!」

「「失礼しました――っ!」」


 令嬢達は一目散に逃げ去っていった。それを見届けたわたくしは、小さく息を吐いてセリアへと視線を向けます。彼女は予想通り、目を見張って固まっていました。


「……あ、あの、レティシア……様?」

「いままで通り、レティシアさんと呼んでください」

「で、でも、そんな、恐れ多いですっ」


 予想通りの反応。けれど、それはわたくしの望む答えではないと首を横に振る。


「セリアさん。貴女は、わたくしの方が低い身分だと思っていても、わたくしに普通に接してくださったでしょう? それが逆になるだけでしょう?」

「わ、分かりました。では親しみを込めてレティシア様と呼ばせて頂きます!」


 なぜそうなったと、心の中で突っ込まずにはいられません。


「……変わってませんよね?」

「いいえ、いままでよりずっと親しみを込めています。そういう訳ですから、今日から私のことはセリアと呼び捨てにしてくださいっ」

「……ええっと、セリア?」

「はい、レティシア様!」


 腕にぎゅっと抱きつかれる。

 よく分からりませんが、身分を明かしても避けられなかったのでよしとしましょう。



 ということで、わたくしはセリアと更に仲良くなりました。彼女はいままで以上に踏み込んだことを話してくれるようになり、自分が聖女であることも明かしてくれました。


 彼女もまた、自分の身分を明かすことでわたくしに避けられることを恐れていたようですが、わたくしは最初から知っていたので態度を変える理由がありません。

 セリアとわたくしは更に仲良くなりました。


 ちなみに、セリアはやはり王女とも交流があるようです。

 聖女がセリアであることはまだ公式に発表されていませんが、王女は当然知っています。それで、身分差に苦しんでいるセリアを見かねて、声を掛けてくれているのでしょう。

 その結果、上位貴族に目を付けられたようですが……


「王女様も悪気はないと思うんです。私のことを気遣ってくれてるのも分かるんです。でも、もうちょっと影響を気にして欲しいかな、なんて」


 昼休みのいつもの密会。王女が最近、毎日の様に話しかけてくるせいで、ますます肩身が狭くなったと、セリアが不満を口にしています。


「王女には自分よりも上位の方がほとんどいらっしゃいませんからね。上の者から気遣われることで、逆に被害が出る可能性に思い至るのは難しいでしょう」

「でもでも、レティシア様は気遣い上手ですよね?」

「それはまぁ、わたくしも色々とありますから」

「……ふぅん?」


 気遣うような視線。セリアが心配するようなことではありませんし、心配する必要もありません。わたくしは笑顔で視線を受け流します。


「ですが、話を聞いていると、キャロル様は優しいお方のようですから、自分の想いを素直に打ち明ければ、キャロル様も配慮してくださるはずですよ」

「……そうでしょうか?」

「きっと大丈夫ですよ」


 わたくしは笑顔で肯定します。

 予知夢で見た王女はセリアにご執心のようでしたからね。ただの我が侭ならともかく、セリアのちゃんとしたお願いなら、キャロル王女はちゃんと耳を傾けるはずです。

 そんなことを考えながら、わたくしはお弁当を用意します。

 セリアの意識も、すぐにお弁当に移りました。


「今日はコロッケが自信作なんです。レティシア様、交換しましょう!」

「では、わたくしの牛肉のタタキと交換いたしましょう」

「えへへっ、じゃ私から、はい、あーんっ」


 セリアが箸に摘まんだコロッケを差し出してきます。


「……えっと?」

「あーんですよ。知りませんか」

「あ、あーん」


 口を開けると、コロッケが差し出されました。少々恥ずかしいと思いつつも、悪い気分ではありません。わたくしは指先で口元を隠しつつ、コロッケを咀嚼しました。


「セリアは料理が上手ですね」

「レティシア様になら、毎日だって作ってあげます!」

「それはさすがに悪いですよ」


 冗談と思って受け流しますが、セリアは少しだけ頬を膨らませました。もしかして、本気で言っているのでしょうか? セリアの将来は、料理人志望なのでしょうか?



 そんな感じで数ヶ月が過ぎました。

 セリアとはすっかり仲良しです。

 そのあいだにも、セリアから王女のことは聞いていましたが、わたくしは一切関わっていません。このままなら、あの予知夢のような結末にはならないでしょう。

 そう思っていた矢先――


「レティシア、貴女を断罪しますっ!」


 ある日、セリアの名前で人気のない教室に呼び出されたわたくしは、キャロル王女よりさきほどのような言葉を投げかけられました。

 王女の隣には、表情を強張らせたセリア。


 どうしてこうなってしまったのか……誓って言いますが、断罪されるような悪事は働いていません。そもそも、王女とは極力関わらないようにしていましたのに。


「キャロル王女、発言をお許しいただけますか?」


 わたくしは王女の前で片膝を突いて臣下の礼を取ります。


「貴女の言い訳は聞きたくありませんっ!」

「……っ」


 学園において身分は平等などと謳っても、上の者がそれに否を唱えれば意味を成しません。王女に弁解の余地すら奪われたわたくしには、ただ彼女の話を聞くことしか許されません。


 ……わたくしは今日まで、予知夢で見た未来を変えようとしてきました。でも実のところ、予知夢の水晶で見る夢の内容は一度も変わりませんでした。

 わたくしが断罪されるのは運命だったのかもしれません。


 一体なにがいけなかったのかと項垂れるわたくしの前で、キャロル王女が予知夢と同じようにセリアを抱き寄せました。


「私は今日まで、何度も何度もセリアに訴えてきました。ですが彼女の答えは決まって同じです。なにか理由があると思っていましたが……貴女が原因だったという訳ですね」

「あの、なんのことをおっしゃっているのか」

「昼休みの一件に決まっているでしょうっ!」


 ……昼休みの一件? もしや、セリアがまた虐められていたりしたのでしょうか? その上で、わたくしが黒幕と思われている、とか?


「キャロル王女、わたくしはセリアになにもしておりません」

「嘘をつきなさいっ! 貴女が毎日、セリアを餌付けしていることは確認済みですのよっ!」

「えづ、け……?」


 意味が分からないと、わたくしは思わず瞬きました。


「誤魔化そうとしても無駄ですわよ! 私はたしかにセリアの口から聞きました。昼休みはいつも、レティシア様とお昼を一緒にしているからごめんなさいと!」


 んんん?


「なにか困っていないかとセリアに声を掛ければ、レティシア様がいるから大丈夫ですと断られ、お昼に誘えばレティシア様と約束しているからと断られる! あげくに、あーんまでしてもらっているそうですわね、羨ま――けしかりません!」


 酷い八つ当たりを見ました。

 というか、けしかりませんって文法的におかしいですよ?


 たぶんわたくしはいま、なんとも言えない顔をしていると思います。どうやら、キャロル王女はわたくしに嫉妬しているようです。セリアと仲良くしたいのでしょうね。

 よくよく考えれば、わたくしがそうであったように、王女にも対等な友達になれる人間はほとんどいないと思われます。であれば、セリアの存在は貴重でしょう。


「いいですか? セリアはこの国の聖女、つまりはトニカク可愛いのです! その聖女を一個人が独占するなど許されません。よって貴女を断罪いたします!」


 ……セリアが可愛いのは認めますが、前後の文と繋がっていません。そもそも、わたくしは独占などしていませんし、聖女と仲良くして断罪など聞いたこともありません。

 せめて、ツッコミどころは一言につき一ヵ所に留めていただきたいところです。


「もうっ、キャロル王女、いいかげんにしてくださいっ! レティシア様を断罪するなんて、私が許さないんですから!」


 パシーンと、セリアのビンタがキャロル王女の頬に直撃しました。かなりのいい音がなりました。セリアはなかなか筋が良さそうです、ではなく。

 貴女、王女になんてことを……


 呆気にとられるわたくしと、ビンタを食らって目を見張った王女。セリアは王女の腕から抜け出して、わたくしの元に飛んできました。


「ごめんなさい、レティシア様。わたくしが余計なことを言ったばかりにご迷惑を……っ」

「いいえ、セリアはなにも悪くありませんよ」


 そう、なにも悪くありません。このような展開になるなんて、予知夢を見ていたわたくしにも予測できませんでした。だから気にしないでくださいと、セリアの頭を撫でます。


「レティシア様……優しい。……私、決めました! レティシア様がもしも罰を受けるなら、私はどこまでもお供します! 絶対、ぜーったい、一人になんてさせませんから!」


 ひしっと抱きついてきて、上目遣いにわたくしを見上げてきます。その目元に涙が浮かんでいます。わたくしのために、泣いてくれているのですね。

 わたくしはセリアの頬に手を添えて、親指でそっと涙を拭い去ります。その潤んだ瞳にわたくしの顔が映り込んでいます。同性のわたくしから見ても護ってあげたくなる可愛らしさ。

 キャロル王女もこの上目遣いにやられたんでしょう。


 この子まで断罪されるのを見過ごす訳にはまいりません。ビンタの件を上手く取り成し、セリアがキャロル王女から咎められることのないように許しを請う必要があります。

 そう決意したわたくしはキャロル王女に視線を向けます。


 彼女はいまだ、叩かれた左頬を押さえて呆気にとられた顔をしています。しかし、叩かれていないはずの右頬まで赤くなっているのはなぜでしょう?


「……尊い」

「はい?」

「ひだまりの聖女セリアと、氷結の薔薇であるレティシアが抱き合い、見つめ合う。なんと神々しいしい光景でしょうっ! これぞキマシタワーっ!」


 ……意味が分かりません。というか、氷結の薔薇って誰のことですか、まさかわたくしじゃないですよね。要りませんよ、そんな恥ずかしい二つ名。


「セリア、ごめんなさい。どうやら、私の目が曇っていたようです」


 真面目な顔でセリアに謝罪していますが、むしろいまの方が目が曇っている気がします。ですが、セリアはその言葉を聞いて、キャロル王女に問い掛けます。


「……もう、レティシア様とお昼ご飯を一緒に食べても怒りませんか?」

「もちろんだ邪魔などしません。それに、貴女達の関係を邪魔する者がいたら、私があらゆる権限を使って排除してみせましょう!」

「なら、レティシア様の実家のことで協力してください。入り婿とその後妻が、レティシア様の実家を乗っ取ろうとしているのです!」


 ちょ、なぜそのことを知っているのですか!?

 以前それとなく聞かれたときは、ちゃんとはぐらかしたはずなのに。え? 調べた? 調べて、なんとかする機会をうかがっていた?

 うかがっていたじゃありませんよ! 王女に、なにを頼んでいるんですか!


「いいでしょう、引き受けました。トアル侯爵家ですね。たしか……レティシアには姉がいますね? ということは、入り婿と後妻の娘が年上ですか。これはなにかありますね。分かりました。私の影を使って、その夫妻のことを色々と調べましょう」


 王女も引き受けたじゃありませんっ! もうちょっと、自分の影響力とか色々考えてくださいというか、なぜそんなことまで知ってるんですか、いきなり有能になりましたねっ!

 もう、なんですか、この展開は――と、わたくしは項垂れます。


 ――あっ!

 王女に断罪され、色々罵られた末にわたくしが項垂れる。

 これは予知夢で見た光景そのままです。


 なんと言うことでしょう。予知夢でみた未来を回避するために全力を尽くしたというのに、物の見事に予知夢の通りになってしまいました。

 いえ、なってしまったというような未来ではなかった訳ですが……まあ、断罪はなさそうですし、最悪の結果になることもなさそうなのでよしとしましょうか。

 

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