神様に会うまめたんっ!


 それは、実に神々しい光景だった。


 アルルンを中心として、フェアとエクスが左右に並び、互いの魔力をアルルンの全挑発オールヘイトに乗せて天へと昇華する。


 万全のエクスと、ロエンドールとの戦いで魔力を温存したフェアの膨大な力の殆ど全てがアルルンの身に与えられ、まだ未熟なアルルンの全挑発オールヘイトに、限界を超えた力を発揮させる。


 二人の天使に挟まれた小さなアルルンは、自らの全挑発オールヘイトにただ一つの想いを乗せて祈った。



 ――――帰ってきて下さい。僕たちはただ、神様とお話がしたいだけなんです。



 かつて、太古の時代。


 全挑発オールヘイトを初めて発現させた初代ツインシールドは、その力を殆ど行使しなかった。

 初代ツインシールドの持つ強すぎる全挑発オールヘイトの力は、相手の自由意志を完全に奪い、自らの傀儡とする精神支配の力だった。

 

 神がその力を恐れて逃げさった事実を目の当たりにしたツインシールドは、自らその力を封じた。自身の血を受け継いだ子供たちにも、全挑発オールヘイトは敵のヘイトを自らに集める力とだけ教え、本来の用途を隠し通した。だがフェアは――――。


「クククッ……なぁに。神もこの長期休暇で心身ともにリフレッシュできたであろう。我らが力を貸してやるから、遠慮せず神の精神を支配し、ここに引きずり出してやるがいいッ!」


「ははは、まあそうだね。私もそろそろ楽がしたいし、ちょうどいい頃合いかもしれないね」


 二人の天使はそう言って笑うと、アルルンに自身の願いを込めて全挑発オールヘイトを放つように伝えた。


 今までの全挑発オールヘイトがヘイトを集める用途にのみ効果を発揮していたのは、アルルンがそう願っていたから。

 その枠を外し、アルルンが対象に『こうして欲しい』と強く願って行使すれば、今のアルルンならば本来の力を引き出すことが出来る。

 フェアはそれを利用し、無理矢理神を地上に連れ戻そうと画策したのだ。


(神様――――僕たちは、ずっと皆で頑張ってきました。レオスさんのような沢山の勇者様や、僕のお父さんのような沢山のタンクも。フェア様も、法皇様も。そして――――魔王も)


 アルルンは、まだ短い自身の人生の中で出会った大勢の人々の顔を思い浮かべ、彼らがいかに懸命に生きてきたかを伝えようとした。


(僕たちは神様の言う通り、今もずっと一生懸命に生きています。だからお願いです。一度だけ、僕たちとお話しして下さい。お願いします――――っ)


 アルルンがそう強く願ったその時。

 天に昇っていた光の渦が輝きを増し、逆流するように大地へと落下した。


 そしてその光の渦の向こう。うっすらと人の影のような物が見え、それは次第にはっきりと輪郭を取ってその場に居合わせた面々の前に姿を現わす。


 そこには、地面に額をこすりつけんばかりに打ち付け、両手を大地に深々と貼り付け、はるか東方の国に伝わるという由緒ある謝罪のポーズ『DOGEZA』を取る青年が――――。


「す、すすすすす――――すみませんでしたぁああああああ!」


「えっ? ええっ!?」


「久しぶりだな、神よ。その様子だと、我らが呼び出した理由はすでに把握していると見える」


 その青年は、特に豪奢な衣服に身を包んでいるわけでも、神々しい輝きを放っているわけでも無かった。ただ薄汚れた麦わら帽子をかぶり、農民のような格好をしてその場でただただ平伏している。


「あ、あの……その、あなたが神様……?」


「はいっ! 神です! ど、どうか! どうか許して下さいッ! こんな長い間完全に放置してしまい、申し訳ありませんでしたあああああ!」


 青年はアルルンの声に顔を上げると、そのパサついた黒髪を額に張り付かせ、鳶色とびいろの瞳を潤ませて謝罪した。


「あ、いえ……! それはもう全然っ! あの、実はお願いがあって……ピコリーの持っている魔王の力を無くして頂ければと……」


「今すぐ消します! 実は、俺もこんな長く魔王や魔物の試練をやるつもりは元から無くて……でもあの時、まさか神である俺でも抵抗できない力を人間が持つなんて全然予想してなくて……きっと人間はみんな俺のこと恨んでるだろうし、絶対八つ裂きにされるって思って逃げ出しちゃいましたぁあああッ! 本当にごめんなさいッ!」


「そうだったんですか!?」


 何度も何度も頭を下げて、アルルンの魔王という仕組みの撤廃も即座に了承する神。そのあまりに勢いに、アルルンは逆に面食らったように声を上げる。


「やれやれ……こいつは昔からこうなのだ。どうも神というのは皆こいつのように自分の世界を一つ受け持つらしいのだがな。こいつは相当な出来損ないの上に臆病で未熟。魔王や魔物の仕組みも、『貴方にも出来る! 七日間で世界を作る神様マニュアル!』などという書物に書かれていたことをそのまま真似したに過ぎん」


「その上、自分で作った世界を見捨てて逃げ出したんだものね。その様子を見るに、ひっそり世界の果てで畑でも耕して現実逃避してたってところかな?」


「そ、その通りです……」


 フェアとエクスにそう言われ、神は地面に正座したままがっくりと肩を落とした。


「……じゃあ、私ももう魔王じゃなくて良くなるんですか? 私が生きているだけで魔物が皆を襲うようなことは、もう無くなるんですかっ?」


「も、もちろんです! その証拠に、ほら! もう全部消しました!」


「もうっ!?」


 おずおずとその場に進み出て尋ねたピコリーに、神は必死の形相で再び頭を下げると、既に魔王の力を消したことを告げる。

 あまりにもあっけないその言葉に、ピコリーは信じられないとばかりに自身の手から治癒の力を放出しようと試みる。しかし――――。


「ほんとだ……何も感じないっ。消えて……消えてますっ! 私の中の力が、全部なくなってます……っ!」


「すごい……っ! ありがとうございます、神様!」


 ピコリーの手は、確かになんの力も発することは無かった。

 治癒の力も、それと同時に感じられた僅かな魔の気配も、全てが跡形も無く消え去っていた。


「アルルン……私…………っ」


「良かったっ。本当に良かったね……ピコリー……」


 自身を苦しめ続けていた魔王の力の消失を確認したピコリーは、もはや人目もはばからずその場で大粒の涙を零した。

 アルルンはそんなピコリーの手にそっと自身の手を添え、アルルン自身もその青い瞳を潤ませてピコリーに寄り添った。


「あ、あの……これでよろしいでしょうか? もう、許して貰えましたか……?」


「――――そう思うか?」


「ヒッ!?」


 そんな二人の少年と少女の暖かな光景を横目に、伺うようにフェアとエクスを見る神。しかしそんな神に対して向けられたフェアの鮮血の瞳はまだまだ冷たかった。


「アルルン、そしてピコリーよ。安心するのはまだ早いぞ。魔王と魔物がいなくなった世界――――人類共通の敵が消え去った後、待っているのは人間同士の争いであろう。暫くは、安定とはほど遠い時期が続く」


「フェア様……」


「だが――――貴様たちなら大丈夫であろう。なにより、我ら神や天使の行いで色々と迷惑をかけてしまった咎もある。貴様らの面倒は、責任を持って私が見てやる」


「神様には色々と私も、それに妹のリレアも言いたいことが色々あるし、このいなかった期間にお仕事が凄く貯まっているからね。彼にはしばらく、地獄すら生ぬるいことにするから安心してくれていいよ」


「あ、ああ……ああああ! そ、そんなああ!?」


 魔王の力を失い、ただの少女となったピコリーと、その手をしっかりと握って寄り添うアルルン。そんな二人の姿を見つめる災厄の魔女――――否、天使フェアの瞳はどこまでも優しかった。


 フェアの言葉通り、世界はこれから大きな変革の時代を迎えることになる。

 魔王と魔物の脅威が去り、枷を失った人類はその力を際限なく増していくことだろう。


 それが果たしてどんな結末を生むのか。それはまた先の話だ。


――――フェア様、一つお聞きしてもいいですか?」


「なんだ?」


 全てが解決を見たその光景の中、アルルンはふと思い立ったように隣に立つフェアに尋ねた。


「僕のご先祖様は、どうして全挑発オールヘイトにあんな前口上を付け加えたんでしょう? あれじゃまるで、許して欲しくないような……なんだか、意味があったのかなって……」


 ――――我ら決して許されること無し。この身尽き果てるまで、汝らの恨み尽きること無し――――


 アルルンは、今になって全挑発オールヘイトが持つこの前口上の意味を疑問に思っていた。

 もはやツインシールドの一族でも全挑発オールヘイトを使える者はおらず、その言葉はただ自身を鼓舞するかけ声としてのみ伝承されていた。

 幼い日からそれらの書物を読んで育ち、実際に全挑発オールヘイトを使うことができたアルルンは、誰知らずその前口上と共に全挑発オールヘイトを放つようになっていた。


 それはまるで、アルルンの中に流れる血がそうさせたかのよう――――。


「さあな……それは私にもわからん。たが、ただ一つ言えることは――――奴は。あの時代の魔王と二人、死ぬまで人々のヘイトを背負おうと心に決めていた。きっと、その決意の表れでもあったのだろう――――」 


「許されたくなかったから――――」


 フェアのその言葉に何かを感じたのか、アルルンはそっと自身の胸に手を当てた。


「だがな……もうそんな時代は遙か昔に終わっているのだ――――天使であるこの私が保証する。貴様たちは、すでに許されている――――」


「フェア様……」


 フェアのその言葉は、果たして目の前のアルルンとピコリーに向かって発せられたものであったのだろうか。

 フェアはその赤い瞳に、アルルンとピコリーを通して遠い昔のよく似た少年と少女の姿を見ていた。


 全ては許された。とうの昔に許されていた。


 断ち切られること無く受け継がれ続けた憎しみヘイトは今、この時確かに昇華した――――。


 

 

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