声を聞いたまめたんっ!


「――――お疲れ様フェア。それにレオス。君たちのおかげで、無事今回の災厄を未然に防ぐことが出来たよ」


 崩落したグラーフ要塞。

 特殊な法衣に身を包んだ侍従を大勢連れて現れた法皇エクスが、目の前に立つフェアとレオスに笑みを浮かべて感謝の言葉を口にした。


「フン。エクスよ、なかなか良いタイミングだったぞ。連王国のハイランス聖教への背信も決定的だ。貴様らにとっては良いことづくめであろう」


「はは。ハイランスとしてはそうだよ。でも、私としてはかなり散々な目にあってるから、そこは大目に見て欲しいね。ぐるぐるパンチとか、お腹に風穴を開けられたりとかね」


 皮肉めいた口調で片眉をつり上げるフェアに、エクスは両手を広げて肩をすくめ、下唇を突きだして首を左右に振った。


「あの……法皇様、この後王様はどうなるんでしょう?」


 そしてそんなエクスとフェアのやり取りにに、横からおずおずと、しかしはっきりとした意志を込めてアルルンが声をかける。

 アルルンの視線の先には、エクスの後方で担架に乗せられ、運ばれていくロエンドールの姿があった。


「やあアルルン。君も今回は本当にお手柄だったね。さすがは大敵アークエネミー……と言ったところかな。彼はこれからハイランスで裁かれることになる。教会への反逆罪が主な罪状になるけど、彼自身の野望はまだ本格的に実行に移されていなかった。刑期がどうなるかは、今後の彼次第だろうね」


「そうですか……」


 エクスの言葉に、深い憂いをその表情に浮かべるアルルン。


 ――――あの最後の時、アルルンはフェアとピコリーの三人と力を合わせ、ロエンドールの命を救った。


 異形と化したロエンドールを蝕んでいた憎悪。


 ロエンドールがなぜあそこまで魔王の力との融合を果たせたのか。

 それらは全て、彼の持つ憎悪への渇望と、彼が今までの生涯で集めた膨大なヘイトによるものだった。

 本来、神ですら抵抗できないはずの全挑発オールヘイトにすら、即座にするほどのヘイトへの渇望――――。

 ロエンドールの持つ異常なまでの憎悪への渇望は、魔王の持つ無限の力と深く結びつき、あのような異形の力となって発現したのだ。


 アルルンは全挑発オールヘイトの力でロエンドールの持つヘイトも、またロエンドールに集まっていたヘイトも共に自分が引き受けた。

 それによって魔王の力との結合力を失ったロエンドールは、その膨張した肉体をフェアに焼かれ、傷ついた生身をピコリーの力によって治療されていた。


「だがアルルンよ、なぜ貴様はあの土壇場であのようなクズを助けようとしたのだ? あやつはピコリーを攫い、レオス達を襲っただけではない。吐き気を催すような惨たらしい行いを散々やってきたはずだ。あのまま燃え尽きて当然の男だと思うがな」


「それは――――」


 責めるでも無く、かといって賞賛するわけでも無いフェアのその言葉に、アルルンは僅かに俯き、そして少し考えた後、自身を見つめるフェアの目を真っ直ぐに見据えて答えた。


「聞こえたんです。全挑発オールヘイトで王様の持っていたヘイトを支えた時に――――」


「聞こえた?」


「はい……僕が王様のヘイトを引き寄せたとき、王様は……泣いてました。止めてくれって、って――――」


 アルルンは自身の胸の前に手を当て、自分があの時に感じたこと、ロエンドールが抱え続けてきたヘイトから伝わった想いを必死に伝えようとした。


「僕には、王様が今までどんなことをしてきたとか、そういうのはわかりません。この後王様にどうなって欲しいとか、そういう気持ちもありません……でも……それでも僕は……あんな風に泣いてる人を、もっと殴ったりするのは……嫌です」


「……そうか」


 フェアは、アルルンのその精一杯の言葉に薄く笑い、目の前の少年の頭にぽんと手を置いて、優しく撫でた。


「それより、ピコリーの方が僕なんかよりもっと凄いと思いますっ。自分をあんな目に遭わせた人を、すぐに治そうとしてくれるんだもの!」


「えっ!? あの……その……私は……アルルンが凄く必死だったから……なにかお手伝いしたいなって思っただけで…………ま、まあ……正直に言うとあの人はどうでも良かったですーっ!」


「ええええっ!? そ、そうだったの!? いや、でも治してくれたのはピコリーだし、やっぱりありがとうだよっ!」


 不意に話を振られたピコリーは、あたふたと両手をばたつかせてアルルンにぶっちゃける。実際のところピコリーとしては、あの場で必死にロエンドールを助けようとしていたアルルンの凜々しい横顔しか目に入っていなかったのだ。


「法皇様。この場をお発ちになられる前に、我々の総意をお伝えしたい」


「やあレオス。大体何を言いたいかは予想がつくけど――――なにかな?」


 そしてその場に現れる勇者レオスと賢者ルーントレス。

 少し離れた後方にはヤグラとデュオキスも控え、勇者パーティーの全メンバーがこの場に集っていた。


「魔王の存在理由とハイランス聖教の関係。そして我らが崇める神の意志――――全てをすぐに飲み込むことは出来ませんが、理解はしたつもりです。そしてその上で申し上げたい。我々はこれから、魔王を討伐するのでは無く、魔王の力を消滅させるために旅を続けようと思います」


「まあこうなりますよねぇ……まさか魔王の正体がこんな可愛らしくて優しい女の子なんですから……外見はともかく、私どもは悪意のない者を断罪する主義ではありませんので……」


「うん。それでいいと思う。私は君たちの決断を大いに尊重するよ。魔王が存在する限り、世界に魔物は出現し続ける。そいつらの相手もまだまだしてもらいたいしね」


 レオス達勇者パーティーのその言葉に、エクスはそうだろうという様子で頷き、即座に許可を出す。

 元よりエクスは魔王がレオスに討伐されようがされまいが、どちらでも良いという考えだった。

 かつて、太古の時代に神から与えられたエクスの使命は人類の管理と制御。現状、魔王がいようといまいと特に問題なく人類が日々の営みを送っている。

 エクス自身の魔王という役割そのものに対する興味関心は、その創造理由からして低かったのだ。だが――――。


「いいや、そうはいかん。エクスよ、貴様と違って私の創造理由は魔王と魔物、そして人類への試練の管理なのでな。そのような現状維持の方針は到底受け入れられんぞ」


「おや。そうなのかい? なら君には何か他に注文が?」


 エクスとレオスの間に、フェアが異議ありとばかりに割って入る。


「私もいい加減このような茶番を続けるのにも辟易へきえきしてきたところだ。魔王に勇者。大敵に天使。丁度役者も揃っていることだ、そろそろご帰還願っても良い頃合いだろう――――」


 フェアはその美しい相貌に挑発的な笑みを浮かべると、その場にいる全員を驚愕させる言葉を発した。


「我らを見捨てて逃げ去った、神にな」



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