第6話
マナとハピーの二人が隠し通路を歩き始めた。
隠し通路はあまり整備されておらず、明かりもわずかにあるだけで薄暗い。
じめじめとしており、地面に水滴の落ちる音がぽつりぽつりと響き渡っている。何かが出てきそうな不気味な雰囲気が漂っていた。
普通の幼女なら怖がってまともに歩けなくなりそうな道だが、転生前の記憶を取り戻したマナは特に怖がる事なく平常心を保っていた。
歩き始めて数時間が経過する。
何か良からぬ者が潜んでいそうな雰囲気だが、襲われることはなかった。ただ、別の問題が発生していた。
「はぁ……はぁ……」
マナがかなり体力を消費していた。
幼女の持つ体力ではだいぶ無理な距離を歩いているので、それも当然だろう。
(な、情けない……この程度の距離を歩いたくらいで力尽きそうになるなんて)
白魔導士でありながらそれなりに運動も出来たマナは、息を切らしながら自分の体力低下を嘆いた。
「マナ様! ここは私が!」
そう言いながら、ハピーがマナをお姫様抱っこをした。
いきなりのハピーの行動に、マナは動揺する。
「な、何のつもり」
「これならばマナ様は疲れません」
これ以上歩くのは難しい以上、ハピーの行動は正しいとマナは分かっているが、彼女の変態性を知っているのであまりいい気持にはなれない。
「絶対に変なことはしないでね!」
「し、しませんよ。ご安心なさいませ!」
焦りながらハピーは否定する。
マナは怪しむような視線を向けるも、下ろすようには命令しなかった。
「でもアタシを抱えたままだときつくない?」
「大丈夫です。マナ様はお軽いので」
幼女になったマナの体重はかなり軽く、訓練を重ねた屈強な肉体を持つハピーは負担にならなかった。
「じゃあ、出口までお願いね。助かるよ」
「か、かしこまりました!」
マナに頼られて、俄然やる気を出したハピー。
張り切りって全力疾走を始める。
「ちょ! 早すぎない!? 疲れるでしょこれじゃあ!」
「大丈夫です! マナ様を抱えていていれば、疲れなど吹き飛びます!!」
全力疾走を初めて五分後。
「はぁ……はぁ……すいません……少し休んでいいですか?」
息を切らし、すっかり走るのが遅くなっているハピーの姿が。
「疲れなど吹き飛ぶんじゃなかったの?」
「め、面目次第もございません」
「アンタは変態というだけでなく、アホでもあったようね」
マナに怒られてハピーはしょんぼりする。
「しばらくこの辺で休憩しましょう。少しお腹もすいてきたし」
朝、あまり食べていないので、マナは腹が減っていた。
「あ、私も実は少し空腹でした。何か食べましょうか」
ハピーは抱えていたマナを下ろし、そのあと、背負っていたリュックを下ろす。
保存食が入っている。
飢えを満たすには十分だが、味ははっきり言って良くない。
それでもマナに不満はない。
前世では戦の最中、食べ物がなく、その辺に生えていた草で飢えをしのいだ経験から、食べられれば何でもいいという考えをマナは持っていた。
食べ終わった後、二人は急いで出発する。
「出口まであとどれくらい?」
「数時間ほどです。まだバレてはいない可能性が高いですが、念のため急ぎましょう。再びマナ様をお抱えいたします」
「次は走んないでよね」
「心得ております」
ハピーはその言葉通り、次は抱きかかえても全力疾走するようなことはしなかった。無理のないペースで、通路を進む。
「ねーねー、ちょっと疑問なんだけど、アタシは外に出て大丈夫なの? 翼族たちに殺されちゃったりしない?」
進んでいる間、無言なのも何なので、マナは質問をした。
マナの前世の知識に、魔族は基本的に人間を憎んでいるというのがあった。翼族も例外ではない。
子供が殺されまでする可能性は低いが、過激な者はそういう行動に出ても不思議ではなかった。魔族は人間が悪党で殺すべき存在だという教育を、子供の頃から受けるのだ。
徹底した教育で憎しみを抱かせるというのは、魔族だけでなく人間もである。
人間も同じくらい魔族を憎んでいた。
マナはとある経験から、魔族たちはそう悪い者たちではないと知ったので、あまり憎んではない。
戦にも参加したくはなかったのだが、人質を取られせざるを得ない状況になった。
「え? 何で殺されるのですか?」
ハピーは首を傾げる。
「いや、だって魔族って人間の事嫌いじゃん? 村とか町とかどこにもよらずに国まで行けるような位置にあるの? この城って」
「えーと、バルスト城はアミシオム王国の中央部にあるので、それは無理ですが……でも、町に行っても殺されることはないですよ。魔族たちが人間を憎んでいたのは大昔の話です」
「昔の話?」
「ええ、大昔、魔族と人間が大戦をしていたころは、そんな事もあったかもわかりませんが、何度も戦をして魔族も人間も戦う事が馬鹿らしくなったのか、和平協定を結んで、それからは割と友好的になっています。マナ様が人間だからという理由で殺されることはありませんよ。そもそも人間が住んでいるところもありますから。数は少ないですけど」
「え、えー!?」
魔族と人間は友好的になっていると聞いて、マナはかなりの衝撃を受ける。
どちらかがどちらかを滅ぼすまで、魔族と人間の争いは終わらないと思っていたからだ。そこまで深く憎しみあっていた。
(そうか……五百年経てば色々変わるんだなぁ……)
マナはしみじみとそう思った。
「それじゃあ、今は平和なんだ」
「いや……そんなことはありませんよ。今が一番荒れた時代なんじゃないでしょうかね」
「え? ど、どうして?」
「魔族は元々、翼族とか鬼族とか、色々種類がありまして、そもそも魔族と一くくりにされてますが、本来はそれぞれ全く別の存在なのです。人間という共通の敵があったから、一つの国として纏まっていたようですが、人間が敵でなくなってから、魔族同士で争いをはじめ、戦が絶えません」
「そ、そんな」
「さらに人間は人間で、同じ種族なのに争う生き物でして、魔族が敵でないとなると内戦を初めました。国が五つに分裂したようです。現在十以上の国家が乱立して、それぞれが大陸の覇権を争って戦をしているような状況です。そんな状況がもう百年は続いています。とてもじゃありませんが、平和だなんて言えません」
話を聞いてマナは虚しい気持ちを抱き、ため息を吐いた。
「何でそんなにみんな戦いたがるのかなぁ……平和が一番なのに」
「それは……私にも分かりません。戦は嫌いです。子供の頃、私は両親を戦でなくしました」
「そ、そうなんだ……」
ただの変態だと思ってたハピーに、重い過去があることにマナはかなり意外に思う。
「この城の主、ジェードラン殿に才能があると言われ取り立てられるまで、裏社会で生きてきました。それ以外生きる道はありませんでした。ジェードランは優れた人物で、私も忠誠を誓っておりました。あ、今はマナ様に私の全てをささげる気持ちであります」
(何だか申し訳ないわね。アタシのスキルのせいで、恩人のジェードランとやらを裏切らせたことになるんだから……)
忠誠を誓う相手を変えるという事は、大きくその者の人生を変えることになる。
申し訳なく思ったが、それでもハピーに裏切りをやめろとは今更言えないし、言う気もマナにはなかった。それだけ脱獄したいという意思は強かった。
ただ、これからはド変態だからと邪険にはせず、もう少し優しく接しようとマナは思う。
すると、いきなりハピーがマナの頬に自分の頬を近づけていた。
「うわ! 何すんの!」
「はっ! 失礼しました!」
マナに注意されて、ハピーは慌てて頬を遠ざける。
「マ、マナ様のその柔らかそうな頬を見て、頬ずりしようとしたらどれだけの至福の感覚が得られるのかと思ったら、体勝手に動いていました。大変申し訳ございません」
やっぱこいつただのド変態だ、とマナは呆れ返った。
「あ、光です。出口に着きましたね」
それから数時間歩き、道の先に光が見えてきた。
「あそこから出て、それからさらに歩いて、人里に行く必要がございます。時間が経てばマナ様と私が指名手配される可能性がございますので、なるべく早めに国外に脱出しないとなりませんね」
「そうね……」
(アタシがどれだけ重要な人質か分からないけど、お姫様だからな……逃がしたくないことは確かだし、結構追手が来そうだよね。今のアタシは戦えないし……魅了スキルで味方を増やしていけば、何とかなるかな……?)
ハピー以外にどのくらい通用するか分からない魅了スキルを、マナは信頼しきってはいない。
逃げきれるかどうか不安になる。
(大丈夫。アタシは前世では運がいい方だったし、今回も何となるでしょう)
根拠のなくそう思った。
ポジティブな性格を持つ者は、自分の運がいいと思いがちであるが、実際は良くも悪くもないことが多い。マナはまさにそういうタイプだった。
考えていたら突如ハピーが足を止めた。
そしてマナを地面に下ろす。
「どうしたの?」
「……すみません、私の失態です」
頬に一筋の汗を流してハピーはそう言った。
彼女の視線の先は、隠し通路の出口。
マナもそこに視線を移すと、男が出口を塞ぐように仁王立ちしていた。
「ここから先は一歩も通さん」
低く恐ろし気な声でそう言った。
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