第30話 迫り来る尾行者

 結局、一姫は試着したスーパーワイドパンツと白のスタンドカラーシャツ、コルセットを購入した。


 「う〜ん!いい買い物した!」


 背筋を伸ばした一姫が大きめの声で言うもどこかから元気気味だ。

 理由は勿論、先程の事故。頬にはまだ赤みが刺しており、恥ずかしさを誤魔化すために独り言を呟いているのだ。


 零聖もそれに気が付いているため変に指摘をしようとはせず、「それは良かった」と当たり障りのない言葉を返すに留めた。

 しかし、いつまでもこれでは中々に気まずい。いかにして調子を取り戻してもらおうか、そんなことを考えながらなんとなく後ろを向いたのだが、


 「……!」


 何かに気付いたように零聖はそのまま動きを止めた。


 「どうしたの?」


 「いや……何でもない。それよりも次は何処へ行こっか?」


 それに気づいた一姫が声をかけるも零聖は何事もなかったように前へ向き直ると歩き出す。

 しかし、零聖は気付いていた。自分達の後を尾けてくる尾行者に。

 念のためスマホのカメラ機能を使って背後を見てみるがやはり物陰に隠れながら尾いてくる小柄な人影がいた。


 握手会から尾けてきたファンだろうか?そう思い、背後を映したカメラに目を凝らしていたが、その正体に気がつくと驚いたように目を見開いた。


 「愛舞……何でここに」


 何と尾行者の正体は"orphanS"のメンバーの一人であり、零聖の同居人でもある愛舞だったのだ。恐らく自身のイベントが終わった後にここへ駆けつけたのだろう。


 (でも、どうしてこの場所が……)


 零聖は訝しんだように顔を顰める。

 愛舞にはイベント後のスケジュールは一切教えていない。零聖がここにいることを知っているはずがないのだ。

 それに愛舞のイベントの時間は零聖よりも遅いため、イベント終わりの零聖を尾行してここにいると突き止めることも出来ない。

 なら、どうやって愛舞は自分がここにいると突き止めたのだろうか?


 「まさか……」


 考えた零聖はある可能性に思い至った。しかし、今それを確認する暇はない。

 それにはまず愛舞を撒かなければならない。そう判断すると零聖は一姫に顔を向けた。


 「朱雀、今お腹空いてないか?」


 「へっ?あ、うん……もうお昼だしそれなりに……」


 「じゃあ、どっか店入ろうか」


 「あ、でもわたしさっきの服で手持ちが……」


 「じゃ、奢る。早く行こうか」


 「えっ……ちょ!」


 そう言うと零聖は有無を言わさず一姫の手を握り、早足になった。


 ◇


 「あっ……」

 

 零聖が一姫を引っ張り早歩きになったのを見た愛舞は尾行がバレたのかと思うよりも先に嫉妬を抱いた。

 ズルい。デートで手を繋ぐなんて。まるでカップルみたいではないか。


 そのせいで二人が早歩きになったことで彼我の距離が急速に離れていくことに気付くのがワンテンポ遅れた。

 こちらも不自然でない程度に早歩きになり、後を追う。


 途中二人がこの通路と並列して造られている別の通路に繋がる横道に曲がり、見失ってしまうがすぐに駆け足で急ぐ。


 しかし、そこに二人の姿はない。


 焦った愛舞は横道にあったトイレを通り過ぎ、向かい側の通路に出るもやはり二人はおらず周囲を見回しても姿は見当たらない。


 「でも……」


 まだ終わっていない。


 愛舞はポケットからスマホを取り出すとデジタルマップを映し出した。これはただのマップではない。GPSアプリの位置情報共有機能だ。

 発信機は既に零聖の持っている鞄にいれてあり、どこにいるかは常に把握出来る。

 マップに表示されている零聖の位置を示す点滅は愛舞の背後を指していた。

 その場所はトイレ。男子トイレ、女子トイレ、多目的トイレの三つがあったがGPSの反応があるのは多目的トイレだった。


 しかし、ここで不可思議な点に気付く。多目的トイレの鍵が開けられたままなのだ。


 零聖が閉じ忘れたのだろうか?そう訝しむが待っていても埒があかないので愛舞は思い切って扉を開けるもそこに零聖はおらず代わりに赤ん坊を乗せるオムツ替えシートに何かが置かれている。


 それは零聖の鞄に入れたはずのGPSだった。


 「――やられた!」


 これで完全に零聖達の居場所が分からなくなった。この広い施設内で手がかりもなしにどう探せばいいのか全く検討もつかない。


 だが、まだそう遠くに離れてはいないはずだ。

 愛舞は先程の通路へ引き返し、零聖達の捜索を再開した。


 ◇


 愛舞が去った直後、零聖は男子トイレから顔を覗かせた。


 「愛舞は上手く撒けたか……」


 GPSが仕込まれている可能性が高いと考えた零聖はすぐ処分しようとしたのだが、背後には愛舞の目がある。GPSを処分したとしても撒くことは出来ない。

 だからと言って逆も駄目だ。撒くことに成功したとしてもGPSで居場所はすぐバレる。


 ならば両方を行えばよい。愛舞とて目で追える内は電池を節約するためにもGPSは見ないだろう。

 なので撒いた直後にGPSを捨てる。こうすることで零聖は愛舞の尾行を振り切ったのだ。


 これは半分は賭けだった。この作戦を成功させるには二つの条件がある。


 一つはGPSを捨てるところを見られないこと。これは先述の通りだ。

 二つ目は捨てたGPSを愛舞自身に発見させることだ。こうすることで愛舞を焦らせ、零聖達がもうその場にいないと印象付けらことが出来るからだ。


 そこで零聖は男の自分が入ることが出来、女子である愛舞も入ることが出来る多目的トイレに捨てることにした。

 一姫に女子トイレで捨てさせることも出来たがそれでは愛舞が警戒するかもしれなかったのでやめた。


 愛舞を撒いた零聖は多目的トイレにGPSを捨てて彼女が反対側の通路に行っている隙に男子トイレに移動することでやり過ごしたのだ。


 「零聖くん。お待たせ」


 その直後に一姫が女子トイレから出てくる。


 「おーっす」


 愛舞のことを一から話すと面倒なので単純にトイレに行きたくて急いだということにしてある。ちなみに一姫も「化粧をし直したい」との理由で都合よくトイレに行ってくれたため、愛舞を見つからずに済んだ。


 (それにしても愛舞……GPSを鞄に仕込むとは……)


 以前にもやられたことがないわけではないが、またやられては敵わない。帰宅後注意しておこう。


 「じゃ、早く昼飯食べに行くか。もう昼過ぎだしな」


 そう言うと零聖は愛舞が行ったのとは逆方向――つまりさっきまで歩いていた通路に戻っていく。


 (これで普通にデートが出来るな)


 そう思い通路に出た零聖だったが、横を見た瞬間にその表情は固まった。


 「……面倒臭え」


 一難去ってまた一難。零聖の視線の先でクラスメイトである嵐が間の抜けた表情でこちらに向かって歩いてきていたのだ。

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