第18話 都市伝説研究部

 「さようなら〜」


 水曜日のホームルームが終わると零聖は早々に帰路に就こうとする。

 昨日、帰り時間が遅くなったことにより愛舞を不機嫌にさせてしまったからだ。


 『一緒にゲームしよって言ってたのに……』


 そんな事情もあって今日こそは早めに帰ろうとしたのだが……


 「ねえ、零聖くん」


 一姫に声をかけられてしまう。


 (よし、無視しよう)


 ここで時間を食うわけにはいかない。

 気づかないフリをして逃げようとするがそれを阻止するかの如く背後から肩をガッと掴まれてしまう。


 「ねえ、何で無視するの?」


 「チッ……聞こえていなかっただけだ」


 「なら何で舌打ちするの!?」


 「何のよう?」


 「こないだ部活入ろうか悩んでるって言ったでしょ」


 「ああ、そうだったな」


 零聖は一昨日の下校時の会話を思い出した。


 「だからどんな部活があるのか一緒に回って欲しいなあ〜って」


 「何でオレが同伴しないといけないんだ。お前一人で行けばいいだろ」


 「だって、どの部活がどこにあるかとか分からないし学校案内の時みたいに案内してくれる人がいたら楽でしょ?」


 「それはあらかじめ自分で調べておくものだろ」


 「そうだけど……」


 零聖の反論に一姫は何故か膨れっ面を見せる。そんなに論破されたことが悔しいのだろうか?


 「む〜……少しくらいいいじゃない……」


 その少しとは具体的に何分のことだろうか。少なくとも三十分以上はかかる。

 そんなに時間をかけていれば確実に帰りは遅くなり、愛舞の機嫌を損ねる。


 やはりここは断るしかない。


 「お願い!頼れるのは零聖くんだけなの!」


 だが、一姫も中々引き下がらない。


 最近思ってきたのだがこの子は幼馴染という関係に信頼を置きすぎではないだろうか。

 こう言うが一姫はこの三日間で早くもクラスに馴染み始めており交友関係を広げつつある。特に美少女に目がない嵐に頼れば二つ返事で了解してくれるだろうに。


 そう思い、横の嵐の席に目を遣ったのだが……


 「……あれ?」


 そこに嵐はいなかった。それどころか教室中に零聖と恋以外に誰もいない。

 それもそのはず、普通ほとんどの生徒は放課後部活に行くか残りの用事ない帰宅部生はすぐ帰るのだから。

 恋と嵐は部活をしている。恐らく一姫はそれで二人に遠慮したんだろうことにも零聖は思い至った。


 出来ればオレにも遠慮してほしかったが……


 「お願い!」


 一姫は両手を合わせ再三のお願いをしてくる。


 中々頑固な奴だと零聖は自分のことを棚に置いて思った。


 「……分かった。ただし二十分、いや十五分だけなら付き合おう」


 「やった!ありがとう零聖くん!」


 一転して一姫への協力を了承した零聖だが、これは決して根負けしたからではない。

 時間をかければ断り切れるかもしれないがその時間が惜しいと思い、妥協した結果だった。


 「じゃあさっさと行くぞ」


 「ああっ、待ってよー!」


 既にこのやり取りで無駄な時間をロスしている。

 有無を言わさないとばかりに教室から出て行く零聖の後を一姫は鞄を担ぐと急いで追いかけた。


 ◇


 「ここは美術室で美術部が活動していて、あそこが漫画研究会の部室になっている」


 「研究会ってことは部活じゃないの?」


 「ああ、同好会だな。だが、ちゃんと部費は部よりは少ないけど出るみたいだぞ」


 一昨日の学校案内同様、スムーズに部活紹介を進めていく。

 全ての部活を回っていては十五分などあっという間に過ぎてしまうので今日紹介するのは校舎内で活動している部活だけに絞っている。

 それでも校舎内で活動している部活、同好会(ほとんどが文化部である)は意外と多いため急いで回らないと時間に間に合わず、零聖は早口で簡単な説明を済ますとすぐに次へ急ぐ。


 「どこか気になった部活はないか?」


 とは言え、一姫の気持ちを蔑ろにしていては部活紹介をしている意味がないので時折こうやって確認を促している。


 「う〜ん、特にはないかな。他の学校にもありそうなものばかりだし」


 一姫の反応は芳しくない。お気に召す部活はないようだ。

 零聖としてはその方がスムーズに済むのでありがたいのだが。


 「で、ここが都市伝説研究部だ」


 「都市伝説研究部?」


 聞き慣れない部活名に一姫が聞き返す。


 「ああ、その名のUFOにUMA、怪奇現象から噂話と言った胡散臭いことについて調べている部活だ」


 「へえ〜珍しい部活だね」


 「そうだな。部長も中々変わっている奴だぞ」


 一姫に同意しつつ部室の扉に目を向ける。


 扉には達筆な字で「都市伝説研究部」と書かれた紙が貼られているだけで特に他の教室と変わったところのある外観ではないが何故かそれだけで他の教室とは異なった独特な雰囲気を漂わせていた。

 部屋のそんな空気が外にまで漏れ出しているのか、もしかしたら心霊スポットにでも行った際についてきた霊が部室から瘴気でも発しているのかもしれない。


 「ねえ!わたしここ見たい!」


 なんとなく察してはいたが一姫が興味津々に食い付いてくる。

 零聖は頷くと都市伝説研究部の扉をノックした。


 「おーい、雲母いるかー?」


 しかし、扉の向こうから声は帰ってこない。


 今日は部活が休みなのだろうかと思ったが扉に手をかけると鍵はかかっていない。


 「入るぞー」


 訝しみながら扉を開け、部室に入るもやはりそこには誰もいない。あるのは室内を囲むように設置された都市伝説関連の書籍が詰め込まれた本棚とショーケースの中に或いはそのまま置かれた怪しげなグッズ、中央に置かれた机にばら撒かれた何かしらの資料だ。外に漏れる独特の空気はこれらが醸し出しているのが分かる。


 「誰も……いなそうだね」


 「そうみたいだな。気になるならしばらく待ってみるか?」


 「う〜ん……今日はいいや。またにするよ」


 一姫の言葉に「そうか」と頷くと零聖は部室を後にしようとするが、扉の真横の壁に寄りかかるように何がいることに気付き足を止める。

 それは灰色の体毛に覆われた身の丈三メートルほどの人型の何かだった。


 「ビッグフットか」


 UMAに関して人並の知識しかない零聖でも知っている有名なUMAの人形だった。


 「わ〜すご〜い!」


 一姫も零聖と同様に着ぐるみの存在に気付いたようで近づくとマジマジ見つめたその時だった。


 「ガアアアーーーーッ!」


 立てかけられていたビッグフットが威嚇するようなポーズとともに唸り声を発したのだ。


 「きゃーーーーーー!」


 突然動き出した人形に一姫は仰天し、近くにいた零聖に反射的に抱きついた。


 「おい、落ち着け」


 「でも、でも!」


 対照的に零聖は落ち着いており、パニック状態に陥っている一姫を宥めながらビッグフットを薄目で睨んだ。


 「お前も早く出てこいよ。中にいるのは分かってるんだぞ雲母」


 「ハッハッハッ!ごめんごめん。ちょうどこの中に入っていた時にキミ達が来たものだからね。少し悪戯心が出てしまったんだよ」


 零聖が呼びかけるとビッグフットの中から篭った女性の声が返ってきた。


 「……え?」


 まだ状況が掴めていない一姫が戸惑っているとビッグフットが自身の頭を帽子を取るかのように外し、中から薄みがかった青髪の女子生徒が現れた。


 「キミがここに来たということは……やっと我が部に入ってくれる気になったのかい!?」


 女子生徒は理知的な瞳を輝かせ顔を寄せてきた。


 「いや、オレじゃなくてコイツがな……」


 「ふむ、彼女は入部希望者かい?」


 女子生徒は一姫に視線を向けると口元に笑みを浮かべた。


 「それは嬉しいね。ボクは雲母幽吏、都市伝説研究部の部長でキミと同じ二年一組の生徒さ。さっきは脅かしてゴメンね」

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