第10話 カースト最上位ギャル令嬢(バカ)
「ふぁぁあああ……」
五月中旬の火曜日の通学路にてリンゴがまるまる一個入りそうなほど大きく口を開いた欠伸をしながら歩いている制服姿の青年がいた。
眠たげに細められた目の下にくっきりと刻まれた隈に所々跳ねた寝癖のせいで冴えない印象を受けるが、こう見えて彼はネットシーンで人気を博する正体不明の五人組ユニット"orphanS"の一人であるPhoinixこと鳳城零聖なのである。
「……眠い。眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い……」
まるで呪文を唱えるように「眠い」を連呼する零聖。その声色は聞いた相手を呪い殺せるのではないかと思えるほどの怨嗟の念が込められている気がしてならない。
昨夜は珍しく早めに寝床に就けたのだが、零聖は寝付きも悪ければ寝起きも悪い。
完全な眠りに就けたのは布団に入ってから一時間以上後だった。
なので結果、睡眠時間はいつもよりちょっと長かっただけだったりする。
「あ゛あ゛あ゛……休みの日は半日寝たい……」
しかし、そんなささやかな願いも今週は叶いそうにない。土曜日は一姫とのデート、日曜日は"orphanS"が主催するマルチメディアプロジェクト"ローレライ・サーガ"のイベントの打ち合わせで潰れる予定だからだ。
「今週頑張るモチベがない……死期が早まる……」
聞いている方まで気が滅入りそうなワードをボソボソと呟き続ける零聖だったがその時、突如として視界が漆黒に染まった。
「えへへ、だーれだ?」
そう、何者かに後ろから目を手で覆い隠されたのだ。
「朱雀」
「せいか〜い」
名前を当てられた一姫は零聖の前にクルクルと出てくると後ろに手を回した前屈みの体勢で笑いかけてくる。
「何で分かったの?声?」
「いや、オレはまだお前の声を覚えていないし、関心もない」
「ひどい!?」
「ただ今まででこんなことしてくる奴に心当たりがなかったからもしかして、と思っただけだ」
「ほうほう、幼馴染の絆ですな」
「ちなみにオレはまだお前を幼馴染だと認めていないぞ」
「ひどい!?」
たった十秒ちょっとの会話で二度目の「ひどい!?」を披露した一姫にコロコロと表情の変わる奴だなと零聖は思った。
◇
その後も無駄口を叩きながら(何故か)二人仲良く登校したが零聖はとある用事のため途中で別れ、一姫には先に教室へ行ってもらった。
そのとある用事とは……
「部外者への口外はこれ以上やめて頂けないでしょうか?」
沙織へのクレーム。要件は勿論、闇奈に退学の話を洩らした件についてだ。
「……それは騙すような真似をして悪かったと思っているわ。でも、光﨑さんは他人に吹聴するようなことはしないだろうし……」
自分の非を認めながらも言い訳する沙織だが零聖はそれに耳を傾けることなくクレームを続ける。
「そういう問題じゃありません。オレは他人にこの件を話されることを嫌ってるんですよ。それに確かに光﨑先輩はそういうことをする方ではありません。しかし、あの人がああ見えてうっかり屋さんなことは知っていますよね?そのせいで昨日、朱雀にバレてしまったんですよ」
「えっ、朱雀さんに?」
「そうです。こういうこともあるので今後、仲間を増やそうとしないで頂きたいです」
「でも……」
「先生が今後も態度を改めないようなら……こちらも少々強引な手段に出させて頂きますよ」
零聖の強気は言葉に沙織は萎縮する。まるで生徒と教師の関係が逆転したようだ。
その後、零聖は沙織に自身の退学の件をこれ以上他人に口外しないことを約束させると教室に向かった。
◇
「あ、零聖くーん」
教室へ入るなり手を振ってきた一姫に手を振り返すとそのまま席へ向かう。
だが、零聖は自分の席に座れなかった。
「あ、ゴメンゴメン。今どくから」
零聖とその近くの席を合わせて三つ女子三人組が占領していたからだ。どうやら一姫と話していたらしい。
二人が来たことに気付くと一姫の席に座っていた女子は立ち上がりそこを退いたが、肝心の零聖の席に座った金髪の女子は何故か一向に退こうとしない。
「来てるんですけど
上から見下ろすような形で言われた蘭と呼ばれた女子は零聖の方を振り返った。
目つきこそ悪く見えるものの整った顔立ちは整っており、学校指定のリボンを外してワイシャツのボタンを一個開けて着崩した制服という格好に加え髪色もあってギャルという印象を受ける。
「話してるんですけど鳳城サン。あと何見てんの?」
何故か喧嘩腰で話す態度に一姫は戸惑った様子を見せるも零聖は憮然とした態度を崩さず言い放った。
「ああ、悪い。君というバカを見て優越感に浸っていたんだ」
「誰がバカよ!」
売り言葉に買い言葉。零聖の挑発に憤り、立ち上がる金髪ギャル。
その様子に一姫がオロオロする一方で友人二人は呆れたように肩を竦めた。
「また始まった。鳳城と
「恋も懲りないよねぇ。今まで勝てたこと一度もないのに」
どうやら二人はよく喧嘩をしているらしいが、何故か友人二人は止めようとしない。
どうするべきか尻込みする一姫を他所に零聖と恋の口喧嘩はエスカレートしていく。
「このバカが。調子乗ってんじゃねえぞバカ。あの席はお前のじゃないんだよ。持ち主が来たなら退くのが筋だろう。林と論野を見習え」
「別にちょっとくらいいいんじゃん。減るもんじゃないんだし。あと調子乗ってないしバカじゃない!」
「おいよく聞けバカ。お前というバカはな、自分の都合を優先するよりも周囲に気を遣うことを覚えろバカ」
「ちゃんとやれば出来ますぅ〜。アンタに遣う気なんかこれっぽっちもありません〜。あとバカバカ言うな!成績は悪くないんですぅ〜」
「オレに出来ないようじゃ他の奴にも出来るわけねえだろバカぎ。そんなバカな思考回路してるからお前はバカなまんまなんだよ。分かったかバカ」
抑まる様子がない二人の喧嘩だが、相変わらず周囲は止めようとせずそれどころか面白がってさえいる。
確かに零聖が落ち着いている一方で恋が感情的になっているという構図が面白いとも言えなくはないが……ってそれどころではない。
もう授業も始まる。何とかしなければ……
「おっ、ま〜たやってんのか」
そこへ丁度今、登校して来たばかりの嵐が首を突っ込んでくる。
「あ、乱獅子さん。おはようございます」
「おはよう!朱雀さん。びっくりしただろ?いきなり始まった二人の喧嘩」
「ええ……」
「でも、これしょっちゅうやってることだからすぐ慣れると思うぜ。あと、大体蘭の方がいつも言い負かされてる」
促すように嵐が目を遣るとその視線の先では恋が涙目になっていた。
これで直に訪れる恋の敗北とともにこの口喧嘩も終息するだろう。
「まあ、ああ見えてあの二人仲良いんだけどな」
「「仲良くないわ!」」
嵐の揶揄うような科白に零聖と恋がほぼ同時に顔を向け、即座に否定する。
「ほら、息ピッタリ」
嵐がニヤリと笑い指摘すると二人は「あっ……」と声を洩らし、互いに見つめ合う。そして……
「何でアタシと同じタイミングで言うのよ!」
「知るかバカ!何でお前なんかと仲良し扱いされなきゃならないんだよ」
終わるかに見えた二人の喧嘩がまた始まってしまった。
余計なことを……
一姫は火に薪を焚べた嵐をジト目で睨み付ける。
「え、何でオレ睨まれてるの朱雀さん?」
まるで理解が及んでいない様子の嵐に一姫は溜め息をついた。
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