第11話 朝から疲れた……
「大丈夫、零聖くん?」
「朝から疲れた……」
朝礼が終わった後の休み時間、恋との言い合いで体力を著しく消耗した零聖は机に力なく倒れ込んでいた。
「あいつがさっさっとオレの席から退いてくれたらこんなことにならなかったのに……」
零聖は口を尖らせながら不満げに言った。
「でも、零聖くんの言い方もちょっとキツかったんじゃない?」
「いいや、ああいう奴は下手に出たら調子に乗るからな。強気に出るのが得策なんだよ」
声に力はないものの頑なな態度は崩さずに言う零聖。どうやら幼馴染は納得いかないことにはとことん抗する性格に成長したようだと一姫認識した。
「相変わらずの強硬姿勢だな鳳城は」
そこへ同じ感想を持っていた誰かが声をかけてくる。
一姫が目を向けるとそこには赤髪にピアスといういかにも不良のような外見の男子生徒がいた。
「おはよー尼崎」
「おっす」
零聖は机に横になった体勢でコツンと拳をぶつけて挨拶交わす。
「知り合いなの?零聖くん」
一姫が尋ねると零聖がコクリと頷いた。
「尼崎柊夜。昨日転校してきた朱雀さん……だっけ?よろしく」
「はい、朱雀一姫です。よろしくお願いします」
そこは「夜露四苦」じゃないんだと思ったが見た目とは裏腹にそこまで怖い雰囲気ではないことに安心し、一姫は挨拶を返した。
挨拶を終えると柊夜は元の話し相手であった零聖に体を向け、呆れと親しみの混ざった笑みをこぼした。
「鳳城、お前だって何も蘭と喧嘩したいわけじゃないんだろ?だったら少しくらい穏和な態度で接しても……」
「オレは何も悪くありませーん。売られた喧嘩を買っただけでーす。向こうに仲良くする気がないのにこっちが仲良くしようとしても無駄なんでーす」
学内唯一の友人の言葉にも零聖は拗ねたような口調で反論して意見を変えようとしない。
零聖はよく言えば信念を曲げない、悪く言えば頑固な性格をしており、自分が「正しい」と思ったことは中々意見を曲げないのだ。
尤も自分勝手というわけではないので道理を貫けば相手の意見を尊重する寛容さは持ち合わせているものの少しでも筋が通っていないならば相手が泣くまで口撃をやめない上、口が立つことから生徒はおろか教員にまで警戒されている節がある。
そのことを再認識した柊夜は零聖の言う"前提"を崩すことで説得を試みることにした。
「そうとも限らないかもしれないぞ?」
「何が?」
柊夜の含みを持たせた科白にそっぽを向いていた零聖が体を向ける。
「蘭の方も別に敵対する気がなかったとしたらどうだ?」
「……まさか。そんなわけがないだろ。あの態度を見れば明らかだ」
「いやいやいや。そんなこと、あるかもだぜ?」
そう首を突っ込んできたのは今まで隣で話を聞いていた嵐。
「オレが断言しよう!蘭は別におまえを嫌っていないと!」
疲弊させられた元凶の一つである嵐の闖入に零聖は鬱陶しげに顔を顰めるもその言葉を即座に否定しようとはしなかった。
この隣人はその学力の低さに反して観察力に優れており、その長所を利用して話を盛り上げたり、人助けをしているのを見たことがある。零聖も二年生になりたての頃、一年の三学期ぶりにこの教室で再開した嵐に「久しぶりだが……なんかあったか?」と尋ねられた時は内心驚いたものだ。
その優れた観察力を恋愛、勉強方面に活かせないのが不思議でならないが今はどうでもいい。
兎に角、そんな観察力に秀でた嵐が言うのだから全くの見当違いではないのかもしれないし、零聖も友人である柊夜の言葉を疑うようなことはしたくない。
だが、零聖にはどうしても解せない点があった。
「別にお前達の意見を真っ向から否定したいわけじゃないんだが……なら何で蘭はあんな態度を取るんだ?」
何故、別に嫌ってもない相手に必要以上にキツい態度を取るのか、である。
零聖は仲良くしたい相手に接するなら優しい態度で接することを心がけると思う。嫌いじゃない相手に何故そんな嫌われるような真似をするのか理解が出来なかったのだ。
しかし……
「はぁ……」
「おまえなあ……」
柊夜と嵐はまるで出来の悪い生徒を見るような目を向けてくる。「何でそんなことも分からないんだ」とでも言いたげに。
「何だその反応は……いささか不本意なんだけど……」
「だってなあ……」
「素直になれないんじゃないからかな?」
嵐が何か言うよりも先に一姫が零聖の問いに答えた。
「素直になれない?」
「うん、言いたいこととかがあっても恥ずかしくてどうしても出来なかったり……それを誤魔化すためにまったく逆の行動取っちゃったりすること、って言ったら分からない……かな?」
一姫はそう力説するもどこか自信なさげに目を逸らし、頬を人差し指で掻く。
だが、零聖はその考えを自分なりに噛み砕き考えてみる。
「照れを誤魔化すために……か。なるほど。確かにそうかもしれないな。とある女の子がとある男と一緒のソファで寝たいのに恥ずかしがってて、『どうしたんだ?』って聞かれても『別になんでもない』って答えるみたいなものか」
「なんか妙に例が具体的だな……」
零聖が挙げた特殊な事例に嵐は不審がるような目を向ける。
「まあ、そんな感じだと思ってくれたらいい。本当に嫌いな奴ならそもそもお前と関わろうとしないと思うぞ?何言われるか分からないからな」
「ひっでえ言いようだな」
零聖は柊夜の歯に衣着せぬ物言いに苦笑するものの一理あるように思った。
普段このような陰キャ風な見た目からか元々話しかけてくる同級生は少なかったが、あの事件以降それがより一層減ったように感じる。それは多くが零聖のことを恐れているからだろう。
その証拠に昨日、一姫にクラスメイトが集まった時も零聖に関わろうとする者はほとんどいなかった。
もしかすると交友関係が広げられなかったのも零聖が退学を望む理由の一つなのかもしれない。
今や零聖に話しかけてきたりするのは柊夜や嵐のような変わり者だけだ。
とするとそんな自分を嫌いもしなければ恐れもしない恋は変わり者なのだろうか?
そんなことを考え、零聖は一人笑った。
「どうしたの零聖くん?」
「いや、なんでもない」
零聖がそう言うと同時に一時間目の授業が始まる合図であるチャイムが鳴る。
「それじゃ、鳳城」
「じゃなー、尼崎」
「はああああぁぁ……授業ダリいなぁ……」
「おい乱獅子、今日は寝かさねえぞ。オレも眠いんだからお前も少しは我慢しろ」
「今日は寝かさない?まあっ!零聖くんのエッチ」
「埋めるぞお前」
嵐の揶揄いに零聖は殺意で返すと恋とどうやってこの面倒な関係に終止符を打つか考え始めた。
(いや、これはオレが残りの学校生活を楽に過ごすためであって別にあいつが気になるとかそんなんじゃないからな)
誰も何も言っているわけでもないのに零聖は言い訳のように胸中で呟いた。
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