第4話

「わたしたちの間が巧くいかなった理由、それはね」

 なみなみ湛えられたワイルドターキを一息に干し、続ける。

「つまりあなたのその、未だ抜き難き救い難い認識の錯誤が正に元凶よ、テル」

 結局、退勤後テルオは軌道エレベータ軍定期下降便に便乗して地上に下向、本庁勤務のマリーの退勤を張り込み捕まえ落ち合っていた。

 官公庁と隣接するメガフロート観光、歓楽街の一画にある行きつけのバー。

 一歳年上永久名誉姉さん女房マリーは上気した顔で、途切れなく言の葉を紡ぎながらあたま一つ上のテルオをねめつける。

「婚姻も恋愛も目的じゃない、手段、ここを間違えるからその後高のけにあおのけに転ぶのよ、わかってる? 」

 完全にスイッチが入った。

「人間の自然権、幸福追求のよ」

 これである。

 彼女にかかればどんな特殊事例も要素分解、微分ないし積分されたあげく平明な一般解を与えられてしまう。

「恋愛、或いは婚姻の成立要因については理解出来てる? 」

 あいまいに首を傾げ応じる、かんぜんに不出来な聴講モード。 

「相補関係、ないし共依存」

 生物諸相総覧か、組織力学なのか、そこに、愛はないのかせんせい?! 。

「あなたは自分でずぼらだナマケだと自称しながら炊事洗濯身の回りぜんぶ独りでこなせる自己完結独身貴族」

 で、あるか? 。

「対して私は、生活能力皆無だけど補完できる経済力がある」

 二杯目をまた瞬殺。

「加えて私たち二人共に、自己の名誉、尊厳を外部環境に求めない、お互い讃え合わずとも勝手に人生押し渡っていく、ホラ解析完了、同居の要因なんて何一つないわ、こうして」

 三杯目。

「偶に逢って飲んで愚痴って、それで必要十分な関係、ムリに結びついて互いに束縛してぼろぼろに疲弊して、それが望みだった? これが選択の余地なく唯一にして最上のベストリザルト、OK? 」


 立ち入り禁止、立ち入り禁止、立ち入り禁止。

 歩き回るまでもない艦内をぐるり案内され乗艦期間使用自由を許可された個室と、艦内汎用サービスカードキーを貰った。

 これでわざわざ断らずとも食事、簡易娯楽、入浴まで行動許可される。

 ……入浴?! 。

 いまさら孤独を蒸し返したくはない、足は自然個室から艦内中央に向かった。

 そこは乗組員多目的共有区画、ダイニングキッチン兼娯楽兼ジム兼他雑務用途室。

 巨大な「ちくわ」は元気に航宙、太陽に向かって減速フライバイ航程、安全確実に墜落している。

 これだけの図体を持ちながら乗組員最大3名、うち現在、艦長と客員の二人。

 チクワ、竹輪。

 検索一発でリンはジャポネ食文化と、ラムジェト主機がまんま艦体主構造を為す艦長権限パーソナルID「ヘルメッセンジャー」、本実験艦の概ねを理解した。

 その構造は、深宇宙を彷徨うミジンコゾウリムシ以下の微小星間物質を数億キロに及ぶじょうご、電磁スクープ、艦推進方向前方に投じた長大な電磁のなげわ、で捕らえ掴みとり加速吸引、後方から蹴りだし蹴り付け加速前進、人類初の準光速、最高光速の3%まで達成、実験完了無事ここまで戻って来た、おお、お見事。

 単身マリナー11に渡航したタロウ・サクライ艦長、階級大佐はまくしたてるリンにふんふんと頷くと手早く現場検証、すまんが軍命だ俺も知らんと言い置き基地を無人モードで再起動、リンから管理権限責任を自艦へ引き継ぎ、その身柄、同僚のカラダもろともここに移乗させてしまった。

 軍命、軍機。

 ベンリなはなしだ、これ以上突いても何も出ない、恐らく出すモノも無かろう。

 あろう事か、これも実験の一環という、長期航宙必需との衛生管理施設、入浴、シャワールームの使用権限を与えられ、露骨な懐柔? に大満足上機嫌。

 入浴中に届けられた再生素材から排出されたオーダーメイドインナーに着替えラウンジに戻る、エアロック通過時に採寸したらしい手際の良さ。

 と。

 ふたりの間を黒い影が横切る。

 何、クロネコ? 。

 不吉な。

 ……はい? 。

「ネコー!! 」

「……ああ」

「クロネコー!! 」

「うんそう」

 じゃなくて!! 。

「なんで!! ネコ!! 」

「イヌじゃない理由は、空間適応能力の差」

「ち・が・う!! 」

 眼が合う、なー。

 抱きしめた!! 。もふ、もふ!! 。

「好き~!!! 」

 なー。

 とどめに愛玩ペットまで積載。

 これも長期航宙クルーメンテ機材。

 なー。

 なんなんだ、天国とはこのことか。

 航宙実験艦? まるで伝説の海賊船だ。

「逆、実験艦、だから」

 常用の現用艦ぜんぶこんな豪華仕様にはしない、それはそうか。

 紹介されたラテル♂の喉を撫でながら。

 いや。

 じわり、我に返ると眠らせた想念が一息に膨れ上がった。

 なにも、何一つ解決していない、もちろんだ。

 事がナノメディ医療体制の、今次露見した未知の重大失陥であるとしたなら。

 現場当事者の一方であるわたしの、立場は。

 ナノメディ障害解明の、生体サンプル……。

 いやあああああ!。

 突如恐慌に陥った客人にタロウ、唖然。

「どうした、何があった、ドクター、リン、博士? 」

「近寄らないで! 」

 らんらんと獰猛な光を双眼に宿しリンは昂然と向き直る。

「判った、ようやく判った、生存者の私をこうして拉致監禁して、事態そのものの隠蔽を!! 」

 あー。

 タロウは何処か、疲れた顔でしかし、優しく、諭すように言葉を掛ける。

「長期の単独待機、お疲れさま、私もほら、ちょうどその体験のあとだから、気持ちは、あ、ラテルもヘルも俺には居たか」

 がるるるる。

 いっこう収束の気配を見せない客人の様子に心底とほうにくれた表情を見せ、更に、あー、あー、ああ、と、何かに得心した様子を表し。

「誤解だリン、今は未だ詳細を明かせないが誤解なんだ、他意は無い」

 中空に視線を遣り必死に言葉を探し、続けた。

「一部認める、事態の隠蔽についてだ、でも君が推察している方向じゃない、俺たち、宙保はもっと実際的な危機に直面していて」

「だから! 唯一の生存者、証人の口を封じるのね!! なんて安っぽい軍の陰謀劇、事実はまんまフィクション通りなのね!! 」

 緊張で、息が切れた。

 過呼吸状態になりリンはその場にうずくまる。

「生死を問わず、わたしも回収する必要が……」

「それは違う! 」

 叫び。

 初めての、大佐の、タロウの。

「仮に、仮にそんな命令が届いたら」

 決然と。

「断固、拒否する」

「……軍人でしょ」

 その本分は! 。

「国民の安全、生命財産の保全だ、これを、この原則を侵すというなら」

 叛乱も、辞さない。

 リンは、指を立て。

「聞いてるよ? 」

「かまわん」

 どうする、俺の指揮権を剥奪するか? 。

「No Sir」

 と副官。

「地球連合環境省宇宙庁航宙保安局外宇宙艦隊所属1番艦エンタープライズ00、本艦は特殊作戦任務中であり、軍令にて特命、特例により、その指揮権は完全に独立、最先任乗組員のみに付与されるものである事を、ここに確認します」

 またエンタープライズである。

 ヤンキーの資金が1セントでも絡めばそうなる、お約束定番宇宙大作戦、これは公理だ致し方ない、で、せめてもの抵抗のパーソナルIDなのだそうなのだ、ヘル。

 ま、全部載せ実験艦だからな。

 ラテルが首を伸ばし、リンの顔を舐める。

「それ、塩分補給だから」

 しってるけど……タイミング。

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