室町時代

観応の擾乱:ある家族の話

 読み終えた本について話をしていきます。

 きょうは亀田俊和さんの「観応の擾乱じょうらん」です。

 中公新書から出ています。

 先に呉座勇一さんの「応仁の乱」を手に取ったのですが、文章が合わなかったので代わりに読みはじめました。

 ところどころ分かりにくい表現はありましたが、おおむね読みやすかったです。


〇本の構成


 新書の構成としては、六章をかけて擾乱の流れを説明したのちに、終章で「観応の擾乱とは何だったのか?」と話をまとめています。

 まず著者の主張を確認してから細部を見るというのは、読書の方法の一つです。

 しかしこの本に関して言えば、中世史に詳しくない方は、頭から読んでいかないと終章を理解するのは難しいと思います。

 頭から読んでいくにしても、作者が「奇怪な内乱」と呼んでいる擾乱を理解するには、人間関係が複雑なうえに幕府の恩賞や裁判に関する制度の変遷を把握する必要がありますので、読み切るには骨が折れます。

 読みやすくするのに限度のある内容ですので、読みづらいと感じた場合、それは擾乱自身の複雑さのせいでしょう。


〇大河ドラマ


 NHK大河ドラマ「太平記」はテレビも良かったですが、『NHK大河ドラマ「太平記」大全』というサイトが私は好きでした。

 「太平記」の影響で「観応の擾乱」を読んでいる間中、真田広之さんと高嶋政伸さんの顔がずっと頭に浮かんでいました。

 その「太平記」の中でも、観応の擾乱は視聴者を置き去りにしていました。


〇もしも、観応の擾乱をライトノベルにしたら


 観応の擾乱は室町初期に起きた大内乱です。

 固有名詞をヨーロッパ風にしたうえで長編小説に仕立ててカクヨムに載せたら、「プロットが複雑すぎる」「登場人物の行動に整合性がない」「話にリアリティがなさすぎる」などと非難を受けて、おそらくだれも最後まで読んでくれないでしょう。

 観応の擾乱とは、そういう代物しろものでした。


〇観応の擾乱とは何だったのか


 本を読んで、私なりにつかんだ擾乱の概要は次のとおりです。

 擾乱が起き、長期化した要因は二つ。

 ひとつ目は武士階級の恩賞に対する不満。

 ふたつ目は足利尊氏あしかがたかうじを巡る複雑な人間関係。

 文章にすると、「武士階級の恩賞に対する不満が尊氏の周辺を揺り動かし、それが深刻な幕府内の対立を生じさせ、全国に波及して大内乱となった」です。

 そして、上に挙げた二つの要因が解消されたことで、擾乱は収束しました。

 その二つの要因が解消された過程を今から説明していきます。


〇観応の擾乱とは、武士階級の不満が解消されていく過程のいざこざ


 擾乱のバックボーンにあったのは、武士階級の恩賞に対する不満です。

 それが解消されたけいを私なりにまとめてみます。


 前段階:だいによる親政が、討幕の恩賞に対する武士の不満を無視して崩壊。

 第一段階:室町幕府が成立し、重臣こうの師直もろなおが恩賞問題を担当するが不首尾。

      武士の不満の矢面に立たされ、師直の政治生命が傷つけられる。

 第二段階:師直を排した直義ただよし(尊氏弟)が権力を握るが、恩賞の不満解消に動かず。

 第三段階:直義を排した尊氏・よしあきら親子により、恩賞に関する整備が進む。

      武士の恩賞に対する不満が解消の方向へ進み、内乱が収束していく。


〇観応の擾乱とは、尊氏を巡る複雑な人間関係が解消されていく過程のいざこざ


 擾乱では、きのうの敵がきょうの味方になり、きょうの味方が明日の敵になるという、目まぐるしい人間関係の中で事態が進展していきました。

 なぜ裏切ったのか、どうして味方についたのか分からない事例が多々あります。

 しかし、なにより複雑怪奇だったのは、擾乱の主人公尊氏を巡る人間関係です。

 尊氏周辺の対立関係をまとめてみます。

 一、尊氏と直冬ただふゆ(尊氏次男)

   直冬は尊氏の実子でしたが、生理的に嫌われて弟直義の養子になります。

   直義が兄尊氏・重臣高師直と争った際は、九州で直義派として活躍します。

   そして史実なのですが、擾乱最後の決戦は尊氏と直冬の間で行われました。


 二、直義とよしあきら(尊氏嫡男)

   高師直を殺した直義は室町幕府の実権を掌握します。

   しかし師直を殺害したために、おいの義詮が終生の敵に回ります。

   師直がその政治生命のすべてを義詮に賭けて、彼を支えていたためです。

   義詮から見れば、叔父直義は忠臣師直のかたきでした。


 三、尊氏と義詮

   尊氏の前半生は消極的な行動が多く、幕府成立後は直義に政務を任せます。

   しかし高師直が殺されて直義との対立がはじまると、一転積極的になります。

   それは義詮の将来を案じたためでしたが、親子は直義を巡って対立しました。

   弟とどうにか仲直りをしたい尊氏と師直を殺した叔父が許せない義詮。

   尊氏軍が義詮軍を攻めた。尊氏と直義の和議を知り義詮が逃亡した。

   などのうわさが流れる始末でした。


 四、尊氏と直義

   この兄弟の争いは、高師直の処遇を巡って始まりました。

   いくさまで起きましたが、お互いの命を奪おうとまではしませんでした。

   特に直義は兄と争うことについては消極的でした(直冬もそうでしたが)。

   直義は尊氏に暗殺されたとする説もありますが、私は懐疑的です。

   兄との争いや嫡男の死に苦しめられながら、直義は四十六で死にました。

   尊氏が弟に勝った最大の要因は、彼のカリスマ性にあったと思います。

   尊氏は、日本人にはあまりいないタイプの柄の大きい人物でした。

   劉邦りゅうほうは言い過ぎですが、劉備と並べてもおかしくないぐらい。

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