VSアリス=クランメリア
セレスティア魔法学園・第一訓練場。
まる屋根に分厚い石壁で囲われた重みのある無骨な造りの円筒状の建物の中には、石畳の舞台とへりに沿ったように一段高い観客席が全周に敷き詰められている。
外観からも想像できるように相当数が収容できる広さで、満席になることなど滅多にない。
そのはずなのだが、今日に限っては例外的な人気を誇り、ぎっしりと詰まった生徒達で賑わい今か今かと試合を待ちわびていた。
「な、なんでこんなに人が……?」
「当り前じゃない。学年3位と噂の魔法学園唯一の男が対戦するなんて、気になって野次馬が集まるのも無理ないでしょ」
注目する舞台に立っているのは三人。件の対戦者と審判を務める担任のクガサだ。
どうやら昨日の今日でアリスと対戦する話が広まったようで、1年のクラス問わず全学年から人が混在していた。
戦闘自体にもそうだが、これでは別の方向でも緊張が高まってしまう。
ゼクスは落ち着くためにも昨日のことを反芻して、なすべきことを再確認する。
やってやる、と腰から下げた剣の柄頭を撫でた。
剣はどこにでも売っている市販のもので特別な細工も施していない、学園の備品から貸し出しされているものだ。
そんなありふれた一品を見て、アリスは鼻で笑う。
「
「いいんだよ。それよりお前は武器を持たなくてもいいのかよ」
見ればアリスは何一つ持っていない。
胸元には白い守護石の嵌められた刻印式の彫られた金属製の徽章を着けられているだけで、制服姿でふらりと近所に出向いたような、心身共にそういった身軽さがあった。
「専用魔動機もあるけど、使ったら
ゼクスはその言葉に目を細めた。言外には「勝つための武装など必要ない。目的は甚振ることだ」と語られている。
お姫様は私怨で泥臭い試合がお望みのようだ。
「そうだ、もしアンタが勝ったら何でも言うこと聞いてあげるわよ。大好きなパンツだって頂戴するわ。まあ万が一にでも、ない可能性だけどね」
「そりゃどうも、けど後悔するなよ。本当に勝っちまうかもしれないからな」
ゼクスが剣を抜き出して白銀煌めく切っ先を、余裕綽々といった具合のアリスへと向けた。
勝ちを確信した目でもない、一層の真剣みを帯びた眼光は自信より不安の勝る、しかし諦めからは程遠い。そんな瞳だった。
正直
魔道具が故障して偶然にも大浴場で出くわしたこと、完全な悪気などなかったこと。
しかし、理解できるからと言って、
「言ってなさい」
十分に距離を取った両者の間にクガサが入り、お互いの準備完了を確認した後、高々と声を張り上げる。
「それではアリス=クランメリア対、ゼクス=ライラックによる個人戦を執り行う。なお、ルールは護石破り、お互いに胸に付けた守護石を破壊するか、相手を気絶させたほうが勝ちとなる。いいな?」
「「はい」」
剣を構え、相手を見据える。
不安に揺れる瞳を受け、アリスも姿勢を正す。
「――試合開始!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おおぉぉっ!!」
走ったのはゼクスだった。
やるべきことは単純。魔法も使えないゼクスは相手に接近して一撃を叩き込み守護石を破壊する。それ以外にない。
弓矢を番えた人間に剣一本で立ち向かうような無謀さはあれど、今は危険を秤に掛けてまでほんの僅かな勝機を手繰るしかないのだ。
アリスの魔法は直線投射。
なるべく狙い撃ちできないよう、少し角度をつけて弧を描くように彼女の領域へと進入する。
だが、相手は余裕を持ってただ様子見と、懐を許して近づかせてくれるわけもなく、
「"砕破の焔矢よ"」
牽制の一撃を即座に準備した。
寮の浴室で見た時と似たように炎が熾り細い矢が形成されるが、それは以前のものとは幾分か小さい。
一縷の隙もなく漲らせた魔力によって、身体が意識だけで動くように軽い。
黒い
「"加速し敵を穿て"!」
一閃。
ドォン!と耳を揺さぶる爆音と共に赤い一条の光がゼクスの隣を過ぎた。
気付いた時には背後から空気を叩いたような鈍い破裂音が響き、振り返り遅れながらにその光景に危うさを悟る。
「――え?」
熱気でゆらめく石畳には鋭利な爪で引き裂かれたように亀裂の走っていた。
その様相に、戦慄が込み上げる。
ちらりと見えた赤い光こそが放たれた魔法であり、それはゼクスの意識を置き去りにして着弾していた。
まるで反応できなかった。
今更ながら身体から汗が噴き出し、思わずごくりと息を飲んでしまう。
剣を構えて半身を捻った状態だったから当たらなかったものの、それも偶然だ。
――速過ぎる……ッ!
以前見た彼女の魔法はもっと遅かったはずだ。
決定的に違ったのは魔法が放たれる前、手元で小規模な爆発が起きたこと。
状況を砕いて理解する前にアリスが疑問に答えた。
「私の魔法の特性は爆発よ? 単純な使い方だけじゃなくて、こうして魔法に推進力を与えることもできるの」
まあ、精度は良くないけどね、と口角を上げて小悪魔のように笑う。
「……ッ!」
聞かされて理屈を知ったところで、意味はない。
そもそも速過ぎて触れられないのであれば、ゼクスが剣を持ってリーチを伸ばした理由が破綻するのだ。
暫定として黒の魔力の性質は『魔法の打ち消し』の能力と認識している。
強力であれど、同時に欠点もあった。
それは魔法は消せても魔力は打ち消せない点だ。
魔法とは魔力を
だが、魔法に込められている指向性を持った膨大な量の魔力には何の効力も発揮しない。
アリスの魔法の場合であれば、爆発や炎熱といった効果は無視できるが、爆発後の衝撃で拡散された魔力や純粋に速度のある突き刺すような魔力には、こちらも相応の魔力量を込めて防御しなければダメージを貰う。
ゼクスはその『爆発後の衝撃で拡散された魔力』を警戒して、爆発する以前に剣で斬りつけることによって魔法を無効化して
しかし、『純粋に速度のある突き刺すような魔力』に関しては対応の術がない。
当初の予定では、爆発さえなければ避けられる、と高を括っていたのだがここまで速いと爆発効果を消して避けるのは無理だ。
切っ先を掠らせて魔法としての効力を消したところで、固く凝縮された赤の矢は確実に黒の被膜を破ってくる。
かといって避けるのに専念して真横で爆風を浴びせられては、ひとたまりもない。
――まずいな。
「だから言ったでしょ。本気じゃなかったって」
赤い燐光が滾り、獲物を見つけた獣を想起させるような鋭い双眸がゼクスを射止める。
迫力に怯みそうになるが、気持ちを入れ直すように柄を握り締める。
「負けてから"それ"言うなよ」
試合はまだ始まったばかりだ。
それに彼女はゼクスの黒い魔力の性質に気付いて魔法を使ったわけではない。
ならば、まだ勝ち目はある。
「さあ、哀れに踊りなさい。じわじわと炙って料理してあげるわ」
にいっと緋色の髪を靡かせた炎姫が笑う。
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