第49話 呪い設定のその後 後編

「ええええぇ! バートさんは呪われていないんですか⁉」

「結論から言えば。ええ、バートはいたって健康体かと」


 衝撃の事実である。キャロルとディースリーはお互いに顔を見合わせた。


「初恋を拗らせた旦那様の独占欲が斜め上に暴走した結果の世迷言でございます。本当に……ご立派に迷走されて」

 シェリダイン家の執事、リッツはどこからともなく手巾を取り出し、目頭を押さえた。

「迷走って……」

「それはご立派なのですか?」

 ディースリーの乾いた声に釣られてキャロルも突っ込みを入れてしまった。


 一体どうしてこんな話になったのかというと。呪いにめげずに都度話しかけてくるバートの頑張る姿に、キャロルが思い悩んでいたからである。「何か悩み事でも?」と水を向けられてお屋敷の執事様に聞いてもらっていたのだ。


「もちろんご立派でございますよ。最近はずいぶんと人間らしくなってこられました」

「初恋を拗らせたって……旦那様、奥様が初恋なんですか?」


 キャロルは恐る恐る尋ねてみた。なんだか、自分の知る国一番の魔法使い像がガラガラと崩れ去っていく気がしている。


「旦那様は遅すぎる春を迎えられて、今が青春真っ盛りなのです。エリーゼ様のことがそれはもう大好きで、おそらくはバートと話すことを厭い、あのような出まかせを言ってエリーゼ様とバートが仲良くなるのを邪魔したのでしょう」


 なんだそれは。子どもか。キャロルは思わず叫ぶところだったのを寸前で押し留めた。相手はこのお屋敷のご主人様。自分の雇用主でもある。


「ええと」

 ディースリーがこめかみ付近を揉み始めた。何となくその気持ちは分かる。キャロルだって、現在消化不良を起こしている。


「エリーゼ様のことを深く愛していらっしゃるので、独占したいのでしょうね。いやはや、微笑ましい限りで」

「微笑ましい……?」

 ディースリーがリッツの言葉の一端を復唱する。


「あの、何にも興味を示さず冷めきった子供だったアレックス様が人を愛したのですから大進歩です。長生きはするものだと、日々感動していますよ」

「はあ……」


 ディースリーは突っ込みことを放棄してしまった。生返事をしたまま口元が硬直している。ちなみにキャロルも同じ気分である。とはいえ、きちんと確認はしておきたい。


 キャロルは顔を改めてリッツに問いかける。

「ええと、まとめると旦那様はエリーゼ様を独占したくて、バートさんが女性と話すと苦しむ呪いに掛かっていると奥様にお伝えになられたと」

「ええ。既婚女性と話すと余計に苦しみだすという不可解な呪いだそうです」

「はあ……」

 最後は生返事になってしまった。


「ですから、お二人ともバートとは普通に話して構いませんよ。他の侍女にもそのように伝えてくれて構いません」

「なんだかなぁ~、もう」


 キャロルは拍子抜けしてしまった。結構真剣に悩んだのだが。真実はだいぶしょうもないものだった。こちらの心配を返してほしい。

 真実呪いなど存在しないのだからバートも話しかけてくるわけだ。


「アレックス様もエリーゼ様おひとりに言い聞かせるつもりだったのでしょう。しかし、真面目なエリーゼ様はバートを心配して侍女たちに注意を促した。バートは相当に項垂れていましたからねえ」

「まったくわたしたちの心配を返してほしいです」

「まあまあ、キャロル」


 ディースリーが宥めに入った。この同僚はキャロルよりも冷静なのだ。一方の自分はわりと感情で動いてしまうところがある。このお屋敷で働き始めてひと月ほどが経過した。なんとなく、同僚の人となりもつかめてきた頃合いだ。


「折を見てあなた方には真実を話そうと思っていたので、ちょうどよかった」

「奥様の誤解は解かないのですか?」

 ディースリーが真面目な顔で尋ねた。


「アレックス様ももう少しすれば落ち着くと思いますので、時期を見て私からお話する予定です」

「なるほど。ではよろしくお願いします」

 ディースリーが頭を下げたのでキャロルも倣っておいた。





 あの、アレックス・シェリダイン閣下が嫉妬心からエリーゼにそんな世迷言を話すだなんて。大魔法使い様は想像よりもだいぶ可愛らしいお人だった。いや、拗らせているという方が正しいのか。


(わたしの心配した心を返してほしいものだけれど。ていうか、バートさんがやたらと積極的に話しかけてきたのって、お師匠さんの嘘なんか知るかって、いう反骨精神?)


 呪い持ちで苦しむのが分かっているのに、やたらと話しかけてきたなとか、そういえば苦しそうにしていなかったなとか、色々と思い出す。

 真実そのような呪いにかかっていなかったのだから苦しむも何もないのだ。

 思い起こせば、ヒントは色々と出ていたのだ。


(でも、バートさんが苦しんでいなかったのだから、よかったのよね。振り回されちゃった感はあったけど)

 とにかく、バートが健康体でよかった。


「あれ、キャロルどうしたんだ?」

 ちょうど屋敷から出たところで、後ろから声を掛けられた。


「バートさん!」


 反射的に振り返って、名前を呼べば彼は少しぽかんとした。いつものようにあわあわしていないのだからびっくりしたようだ。


「あの、さっきレデンガーさんから聞きました。バートさんの呪いの真実」

「あ、ああー……」

 バートが目を明後日の方へ向けた。


「もう。バートさんもこっそり教えてくれたらよかったのに」

「いや、ほら。エリー……いや、奥様達めちゃくちゃ信じていたし。師匠のこと幻滅されたら俺があとで殺され……ゴホン、悪いかなって」

「レデンガーさんが言っていました。旦那様はバートさんと奥様が仲良く話すのが嫌なんだって。なんていうか、結構可愛らしいお人ですよね、旦那様って……あ、これは内緒にしておいてください」


 バートの雰囲気が親しみやすくてつい余計なことまで話してしまった。弟子に向かって師匠を可愛いと評するとは何事か。

 慌ててバートを窺うと、彼はけろりとした顔で「可愛いっていうか面倒で偏屈なだけなんだよなー」という辛辣な評価が返ってきた。


 それ、聞いちゃってもいいんですか、と問いただしていいのだろうか。それともここは侍女スキル、聞かなかったことにする、を発現させるところだろうか。


「俺はせっかく新しく仲間に加わった子たちと仲良くなりたかったっつーのに。そういえば、どうしてこんなところにいるんだ?」

「ええと、呪いのせいだと思い込んでいたのが原因なんですけど、これまで話しかけてもらったのに無視しちゃったりしていたので、おわびにお菓子を持ってきたといいますか」


「あれは師匠の拗らせた初恋が原因だからキャロルが気にすることないよ。俺のこと心配してくれて、みんな返事を躊躇っていただけだろ。俺も半ば意地になって話しかけてたところあったし」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

 バートは笑いながら頷いた。


「なんだかなあ、もう」

 新しい職場は色々とびっくり箱だ。魔法使いの屋敷で働くのは初めてのことで、日々驚きの連続だというのに。


「でもこれからは普通に話しかけられるのか。ああ、俺にもやっと春が来たぁぁ!」

 バートがガッツポーズをつくった。

「でも、奥様はまだ信じていますので、奥様に見えないところでお願いしますね」

「え、エリ……奥様の誤解は解いてくれないの?」


 キャロルはくすっと笑った。彼は明るくて話しやすい。何でも笑い飛ばせる度量があるのか、師匠のおかしな発言に対しても、このやろう! の精神で受けて立っている。


「レデンガーさん曰く、もう少しアレックス様が落ち着いたら話すとのことなので」

「師匠のことなんてほっといて大丈夫なんだけどなー」

「一応雇用主なので」

 キャロルは苦笑いをつくった。


「そうだ。時間あるならお菓子一緒に食べない?」

「え?」


 バートがずいっと身を乗り出してくる。人懐こいのは構わないのだが、少々軽すぎやしないだろうか。それに、キャロルはまだお仕事の途中というか、エリーゼの側に付いているのが自分の役目というか。


 キャロルが返事を躊躇っていると、ふいに声が響いた。


「バート、奥様付きの侍女の仕事の邪魔をするのなら、あなたは女性と同じ空気を吸っているだけで呼吸困難に陥る呪い持ちだと吹聴しますよ」


 いつの間に現れたのやら、リッツが少々厳しい声を出したのだ。

 しかも、内容がとんでもない。


「うわぁぁ、リッツさん。これ以上おかしな呪い設定だけは勘弁してくださいよ」

「あまり鼻の下を伸ばさないように」

「分かっていますよ。ただ、俺だってたまには浮かれたいんです!」


 なんだかんだと、賑やかで楽しい職場なのではないだろうか。キャロルは執事と魔法使いの弟子のやり取りを間近で見ながらそんなことを思ったのだった。


☆**☆あとがき☆**☆

まだ書きたいことはあるのですが、今回の更新でひとまず完結設定にさせていただきます。

理由は、書籍作業で年末まで忙しそうというのと別のコンテスト向けの新作を書くためです。

魔力なし令嬢、年明け2月ごろに番外編を色々更新したいです

そのときはよろしくお願いします。エリーゼとアレックスのほのぼのいちゃいちゃも更新する予定です


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