第38話 エリーゼのちから6

 マリージェーンは最近すこぶる機嫌が悪かった。

 理由は簡単だ。エリーゼの話題がよく耳に入ってくるようになったからである。魔力なしで生まれたフォースター家の恥さらし。お荷物娘が、実は希少な能力を持っていたというのだ。


 緑の手っていったいなんなのだ。精霊の生まれ変わりだなんて、よくもそんな見え透いた嘘が言えたものだ。

 大体、あの女は琥珀色の髪の毛に薄茶の瞳という、本当に何の変哲もない色しかしていない。書物に書かれている緑の精霊は皆美しい緑色で描かれている。彼女にそのような身体的特徴など全くないではないか。


 マリージェーンは昔からエリーゼのことが大嫌いだった。伝統あるフォースター家の直系に生まれたお嬢様。自分と大して変わらない年齢なのに、当主の娘とその弟の娘とでは扱いがまるで違う。

 しかもエリーゼは魔力をもって生まれてこなかったのだ。そのような落ちこぼれが、お屋敷のお嬢様だなんて許せない。この世界は魔法が全てなのだ。そう、両親も言っていた。


 魔力測定器で測ったマリージェーンの魔力は多くて、これなら王立魔法学院に入学できると両親は喜んだ。

 いずれはおまえがフォースター家の当主になることも夢ではない。その言葉を聞きながら育ってきた。歴史あるフォースター家を継ぐのは多くの魔力をもった優秀な魔法使いでなければならない。それが古い魔法使いの一族の掟であった。

 マリージェーンはそのためにとても頑張ったのだ。自分にこそフォースター家の当主は相応しい。


「おや、フォースター君ではないか」


 学院の廊下で呼び止められた。変人と名高いガレイド教授だ。研究棟でおかしな魔法植物を育てまくっている彼は、一応は偉いお人なのでマリージェーンは愛想笑いを浮かべた。


「こんにちは。ガレイド教授。授業ですか?」

「ああそうだ」


 彼は最近エリーゼと懇意にしているのだ。それを思うとむかっ腹がたつので、さっさと立ち去ろうとすると、背後から声を掛けられる。


「きみのお姉さんは素晴らしいな。よくよくお姉さんを立てて仲良くしたまえ」


 実際は従姉妹なのだが、マリージェーンは本家に養子に入った。そのため、エリーゼは書類の上では姉なのだ。

 忌まわしいことに、魔力なしの無能者が姉になったのだ。


(あんな女を立てろですって? ふざけないで!)


 マリージェーンの価値観でいうと、この世界で尊ばれるのは、魔力の高い人間だ。アレックス・シェリダインのような、強い魔力を有した人間こそが偉いのであって、魔力を持っていない人間など、弱くて何もできないお荷物だ。

 魔法使いである自分たちが守ってあげているのだ。


 マリージェーンはくるりと顔を後ろに向けた。


「残念ながら、姉とはなかなか会う機会がありませんの。呑気な姉とは違って、わたしは忙しいので」


 こめかみの血管が切れそうだったが、どうにか笑顔を保ってそれだけ言って会釈をして立ち去った。あれでも一応偉いお人なのだ。そのような立場の人間がエリーゼを褒めるのだから、面白くなくて早足になってしまう。


 その後も会う教師たちにエリーゼのことを言われた。

 どうやら、実習園でエリーゼが件の能力を使って、紫胞子の木以下暴走した蔦やらなんやらを一斉に沈静化したらしい。


 話を盛るのも大概にしてほしいし、騒ぎを起こした下級生に対しても怒りたい。

 マリージェーンは将来、魔法省で官僚を目指しているため、地方回りをする予定もない。したがって、田舎に生えている厄介な魔法樹対処の授業も大嫌いだった。


 不機嫌なままフォースター家に帰ると、伯父であるマーカスと顔を合わせた。

 この時間に屋敷に戻っているとは珍しい。


「伯父様、めずらしいですわね」

 素直な感想を言うと、彼は少しばかり疲れた顔をしていた。


「どうやらエリーゼはこの屋敷でエ・デューラ・ベルゾアの種を見つけて、植えて育てていたらしいのだ。発芽をさせることすら運の要素が強いのに、蒔いた種すべてを発芽させ、その上間引きをしたらしい」


 聞いてもいないのに、マーカスはぶつくさ話を聞かせてきた。

 エ・デューラ・ベルゾアは今、フィデリスの魔法使い社会でちょっとした話題になっている花の名前だ。

 なんでも、百年に一度咲くかどうかという幻の花。それをエリーゼが祈った途端咲いたというのだから、ふざけているにもほどがある。


「何代か前の当主が名の知れた蒐集家だったからな。今回のことでガレイド教授から正式に依頼が来た。ご丁寧に王家の手紙までつけてな」


 フォースター家の屋敷に貴重な植物の種が残っているかもしれない。是非とも研究対象にしたい。エリーゼがいるのならまず間違いなく発芽し、成長する云々。

 そういうわけで屋敷内の整理のために早めの帰宅をしたのだとマーカスは締めくくった。


 マリージェーンは憤然とした。


「……まったく。緑の手ではなく、普通に魔力を持って生まれてきてくれればよかったものを……」


 その言葉に、血液が逆流するような錯覚を覚えた。

 マーカスはどこか寂しそうに、零したのだ。独り言のような言い方だった。マリージェーンに聞かせるつもりは無く、単に、彼の無念なのだろう。


「あれと、私の娘なのだから……。素質は十分にあったものを」

 ため息をひとつ吐いて、伯父は歩いて行ってしまった。


「……だめ。フォースター家はわたしが継ぐんだから」


 わたしはフォースター家を継ぐに相応しい。魔力も高く、努力もした。一族の中で、次を受け継ぐに相応しいのはマリージェーンだ。あんな無能者ではない。魔力の一かけらだって有していない、あの女がアレックスの妻になったことだって許せないのに。


 何が緑の手だ。精霊の生まれ変わりだ。

 そんなものインチキに決まっている。


(エリーゼに出来ることが、わたしに出来ないはずはないんだから)


 王家や王立魔法学院の人間を騙そうっていったってそうはいかない。

 凛々しくて素敵なアレックス・シェリダインを篭絡したことだけでも許せないのに、エリーゼは王太子妃にまで取入っていた。人畜無害な顔をして、したたかな女だ。


 荷物を部屋に置いたマリージェーンは、屋敷の中を探索した。

 これまでは、まだどこかこの屋敷に対して遠慮があった。自分の生まれ育った家ではないし、いい子にしておかなければ、能力はあっても後継ぎについてはマーカスの心次第でいつでも変わる可能性があったからだ。


 だから、母はエリーゼを後妻にしようとしたのだ。下手に子供を産まないように、跡取りのいる男の後添いにしようとした。

 マリージェーンの血を確実に次代のフォースター家に残せるように。エリーゼに後々大きな顔をされないように。


 マリージェーンのお披露目の場も済んだ今、この屋敷は自分の家も同然だ。


 だから屋敷内を調べ回っても大丈夫。

 マリージェーンは後日、小さな箱に入った茶色の種を幾つか見つけ、そっと自分の部屋に隠した。

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