第3話 貴方が私の光になる

 私に残されている時間はどの位あるのだろうか。宇宙服単体なら一時間。機体に残されている酸素残量は不明。


 まあいいさ。

 その間に手紙でも書こうと思った。私は常に、コクピット内に手帳とペンを忍ばせている。何かあった時、その時の思いを書き綴ろうと思っていたからだ。まあ、人型機動兵器トリプルDで何かあった時に余裕を持って手紙を書くなんて無理だろうと思っていたのだけど、こういうシチュエーションも有るものだなと思った。


 さて、親にメッセージを書くか。それとも、私をこっぴどく振ったあいつに何か書くか。あいつが好きになったという他の女に恨み節でも書くか。そんな事を考えていると、途端に心が疼いて来た。私も、案外ダーティーな気分を楽しむことができる事を発見した。


 先ずは、あいつを寝取ったであろう謎の女に対しての恨み節を書く。そう決めてペンを取ったのだが、機体がガクガクと揺れ始めた。そして、ブラックアウトしていたモニター類が点灯を始めた。メインパネルは損傷していて真っ暗なままだったが、周囲のサブモニターは生き返った。しかし、機体のAIは起動しない。


「アオ01。綿貫中尉。生きているか。こちらシキシマ護衛隊の花宮だ」


 花宮? 智昭ともあき

 彼、意識が戻ってないのでは?


「どうした明子あきこ。俺が救助に来たら不満なのか?」

「いえ。そうではなくて、意識が戻らないって聞いてたから」

「ああ。その事か。話せば長くなるんだが……」


 私はコクピットから引っ張り出され、救助艇へと移動した。私のバリオンは別動隊が回収に来るらしい。

 救助の傍ら、智昭が話した。


「実はな。意識がこっちに戻ってこない間、俺は守護天使と話してたんだ」

「守護天使?」

「ああそうだ。全ての人間には一人ずつ守護天使が付いているんだ」

「その話は聞いたことがあるけど」

「俺の守護天使はな。ナチス政権下の旧ドイツ軍でパイロットだった男だよ。名はヴェルナー・ヴォルフ。誇りあるドイツ空軍ルフトヴァッフェのパイロットで、メッサーシュミットbf109に乗っていたんだ」

「そんな話をされても」

「すまない。いやね、彼が教えてくれたんだ。明子がピンチだから助けに行ってやれって」

「本当に?」

「ああ。本当だ。そこで活を入れられて意識が戻った。そしてシキシマの山崎艦長に直訴してな。無理やり救助艇を出したって訳だ」

「そうなの。心配して損しちゃったかも」

「悪かった。あ、そうそう、そこでな。お前の守護天使とも会ったぞ。何とロシア人だった」

「え? 本当に?」

「本当だ」

「まさか、熊のような大男だったとか?」

「ふふ。ちゃんと女性だったよ」


 その一言で少し安心した。私はわりと大柄で、時々ヒグマとかシロクマに例えられたりしたからだ。でも、どこぞの女傑かもしれないと少々心配になったのだが、ここでは敢えて聞かない事にした。


「それで、君に謝りたい事があるんだ」

「何の事? 他に彼女ができたんならその彼女とよろしくやってればいいんじゃないの? 私に気を使う事なんてないし、そういうの、かえって迷惑なんだ」

「ごめん。アレ、嘘なんだ」

「嘘?」


 腹の底から怒りが込み上げてきた。

 こいつ、嘘ついてたのか。いや、待て。何故嘘をついた。他に女ができたんじゃないなら、嘘をつく必要なんてないだろう。


「どういう事? 説明してくれるかしら?」

「不安だったんだ」

「何が」

「ランスに乗ることが、家族に多大な不安を抱かせると聞いた。で、君に心配させることが耐えられなかった」

「そっか。私、反対したもんね。あれ? って事は、他の女ってランスの事?」

「そういう言い方もできるかな。今回意識が戻らなかったんで、予備役に回されたんだ。ランスで出撃する事はもうない」

「ざまあ」

「え?」

「言ってみたかったんだよ。あんたが女に振られた時に」

「酷いな」

「ふふ。あんたに比べりゃ可愛いもんでしょ」

「かもな」


 救助艇はシキシマに着艦した。

 着艦デッキには大勢の乗組員が迎えに来てくれていた。宇宙軍では、遭難した人員を救助した場合、救助した艦が総出で祝福する伝統がある。

 そして艦内に音楽が流れ始めた。それはあの、アニメ映画のエンディング曲「貴方が私の光になる」だった。


 ヘルメットを取った私をあいつが抱きしめた。そして、大きな声で叫んだ。


「明子。俺と結婚してくれ!」


 確かに、あの曲は盲目の少女が幼馴染の男の子と結ばれるストーリーだ。だからってあの曲をかけながら、こんな衆人環視のなかでプロポーズしなくてもいいだろう。


「返事は?」


 聞いて来るな。馬鹿。

 私は恥ずかしくて、ゆでだこのように真っ赤になっていたと思う。でも、勇気を振り絞ってあいつの瞳を見据える。


 そしてあいつと唇を重ねた。


 その瞬間、大歓声が艦内に響き渡った。


[おしまい]

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