夜逃げ少女と幻の魔法使い
岡矢 射懐
Prologue
“怪人”ロナルド・フォクシーの名を聞いてフェリダ王国の首都リオンを訪ねる者は少なくない。
彼には常に人智を超越した噂が付きまとうからだ。
曰く、大地を隆起させて一晩で要塞を築き上げた。
曰く、潮流を操り決して辿り着けない島に宝物を隠した。
曰く、空を駆け回り海賊の王を子供のように嘲笑った。
ある者は彼の技を一目みようと足を運び、ある者は彼に弟子入りをしようと門戸を叩きに行き、またある者は彼の残した数多くの伝説の真偽を確かめに向かう。
しかし、半数以上の人間は彼の屋敷を訪ねると踵を返し、口を揃えてこう言う。
「“怪人”なんて大層な御仁はいなかった。俺たちはまんまと狐に摘ままれたってわけさ!」
それもそのはず。彼の屋敷には表札が無く、その代わりに妙な看板が掛けられている。
『依頼成功率1000%!!!天才探偵(絶世の美女)があなたの探し物を必ず見つけます!』
ここで彼の屋敷を訪ねた半数以上の人間が騙されたと思い、屋敷を後にする。
残された意地の強い頑固者や好奇心に身を任せた者、「絶世の美女」という単語に踊らされた愚か者らのみが、かの屋敷に上がることができるのである。
だが、彼らもまた試される立場にある。
彼らのうちおよそ99%は屋敷に上がり、しばらくすると屋敷を飛び出すことになる。
彼らの多くは顔を真っ赤にしてこう言うのだ。
「“怪人”なんて大層な御仁はいなかった。あそこにいるのはクソ生意気な世間知らずのご令嬢だけだ!」
ゆえにロナルド・フォクシーの実在を疑うものは後を絶たない。
伝説などというものは得てしてそういったものであるという知りたくもない現実を受け入れることになるのだ。
それでは屋敷に留まった残り1%の人間は何を目にしたのか。
それは最後の試練を乗り越えた者のみぞ知る。
もっとも、“覚えていれば”の話であるが。
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