第10部 文句は言わせない

 「華奈未かなみちゃん、ズルい!…いつだってそういう風に、私を悪者にするんだもんね?…私達、長い付き合いの親友なのに、酷いよ…。」


自分が主役若しくはヒロインだと、楽観視していた咲歩子さほこちゃんは、例の如く泣きそうに表情をして、1年生のクラスメイト達の前で、私の方が悪いという印象付けをした。しかし私よりも早く反応した人物が、「何を言ってるの?」と私の前に立ち塞がって、彼女を軽蔑するように言葉を紡ぐ。この人物の顔は、私からは死角でよく見えなかったが、彼の背中から殺気が感じられるのは、多分…気のせいではないような。


 「…南部のべさん。前回俺は君に、そのままゲームのヒロイン役でいいかどうかを、君の意思を確認したよね?…そして君は、それで良いのだとはっきりと、然も嬉しそうに答えてくれたよね?…それともあれは、俺の勘違いだったと言うのかい?…それとも君は、を、するのかな?」

 「…えっ……そういう訳ではなく……」


…ああ。そう言えばあの時、「そのままヒロイン役に決まったよ。」ではなくて、「そのままヒロイン役でも、良いかな?」と、ゆっくんが確かに問うていたっけ。なるほど、ゆっくんは抜け目がありませんね…。これは敵に回したら、マジで怖いタイプだよ。良かったあ、彼が私側の味方で……。


今こうしてゆっくんに敵視された咲歩子ちゃんは、泣きそうな調子からビクッという感じで、固まって。そして段々と顔の色がなくなっていき、カタカタと小刻みに震え出す。あ〜あ、やっぱり気のせいでは、なかったのね…。ゆっくんのその殺気は、マジで怖いって……。


 「心外だなあ。今回の劇の発案者は、か…森村さん兄妹だ。2人の雑談を偶然聞いた時、いい案だなあと思いその案を採用させてもらった。シナリオは、俺が考えた自信作なんだよ。君に合う役柄だと思って、用意した役なんだけどなあ…。」


慌てて取り繕おうと咲歩子ちゃんは、言葉を続けようとしたみたいだけど、それに被せるように言葉を紡ぐ、ゆっくん。森村兄妹が発案者ということは、お兄ちゃんも発案者扱いなんだね…。発案者と言われるほどではないけど、ああ、そうか…。私=発案者だと咲歩子ちゃんが知られれば、彼女の神経を余計に逆撫でするかも、しれない。何故か彼女は、私が活躍したり彼女よりも目立ったりするのが、心の底から気に入らないみたいなの…。


あっ、やっぱり…ゆっくんが、シナリオを考えたんだ…。脇役モブの私が主役の時点で、何となく…そうじゃないかな〜と、思っていたよ。いつも脇役の私を、主役として登場させようと無謀な策を取るのは、私の性格をよく知るゆっくんくらいだわ…。それにしてもよく3年生の先輩方が、ゆっくんの提案を受け入れてくれたよね…。あ、そう言えば…お兄ちゃんも、同じクラスだったっけ…。


 「そ、そんな……。佐々木先輩がシナリオを書いたなんて、知らなくて…。私がヒロインだと聞いて、遣りたいと思っただけなのに…。華奈未ちゃんが主役になることで、と思うと……」


……いくら何でも、酷っ!…私も失敗したら困るとは思うけど、咲歩子ちゃんから言われる筋合いはないよ。結局は私を主役から降ろして、自分が主役になりたいんだろうね、彼女は。ゆっくんが一生懸命考えたシナリオを、自分勝手な理由で変える気でいる彼女に、私に味方するクラスメイト達が騒めく。彼女側の味方の生徒達も、今の彼女の発言には…怪訝な表情をしている。


 「もし文句があると言うならば、南部さんは出なくても良いよ。代わりに出てくれる子は、他にも大勢居るからね。では君には代わりに、裏方をやってもらおうかな。他にも俺の設定に文句のある人は、劇から降りて良いよ。」


…うわあ。ゆっくんの顔が…真顔だ。何時もにこにこした笑顔を絶やさない、あのゆっくんが…。超怖いよ、ゆっくんのその表情…。別に怒った顔をしている訳じゃないのに、どうしてこんなに身体に震えが来るのか…。笑顔のままで殺気を放っている、ゆっくんも超怖いけど、今の真顔で冷たい表情の顔も、相当に怖いよ…。


真顔のゆっくんに見つめられた佐保子ちゃんも、彼女を味方している生徒達も、顔の色が真っ青を通り越して、やや真っ白になっていた。ああ、これって…魂が抜けた状態に、近いよね。やっぱり…ゆっくんは、いけない…。


 「…べ、別に…文句なんて……ないので、ひ、ヒロイン…やります……」

 「ふうん…。まあ、やりたいのなら、やってもいいよ。但し、主役の森村さんに何かしたら、俺が絶対に許さないからね?」

 「………」






    ****************************






 …ふうん。あそこまでゆっくんに否定されて、佐保子ちゃんが自分からやると言うとは、正直思っていなかったな。余程裏方には、なりたくないらしい。私的には主役をぐらいなんだけど、流石に佐保子ちゃんにはチェンジしたくないし、ゆっくんの面目の為にも出来ないかな…。


ゆっくんはクラスメイト達の前なので、私のことは苗字で呼ぶ。普段は下の名前の略称で呼んでくるから、何か変な感じだ。鼻がムズムズするような、耳がモゾモゾするような、胸がチクチクするような…そんな感じで。まあ確かに私も逆の立場では、ゆっくんのことを佐々木先輩と呼んでいる。親しい親友には普段の呼び名で話しても、他の生徒達に前では顰蹙を買うだろうことは、そういう事情に疎い私でさえも、十分に想像できる範囲内である。


そう言えば今日知ったんだけど、ゆっくんの役柄は第二王子だった。なるほど、私の役であるミーシャーナの婚約者なんだね。それで私のフェローが出来るという意味が、漸く理解が出来たよ。あれから台本を読み込んだ私は、私の役が単なるモブではないと判明し、更なるプレッシャーを感じていた。ゆっくん、私のセリフが多すぎだよ…。もう少し…削ってくれないかな?


その後は3年生も交えて、お芝居の練習をしたり衣装合わせをしたり、忙しく過ごしていた私達。咲歩子ちゃんはあれから、何か言って来るかと思ったのに、どちらかと言えば私を完全に無視していた。ゆっくんの脅しみたいな言葉に、恐怖を感じたのかな?…それとも単に怒りで、私の顔も見たくない程…怒っているのかな?


咲歩子ちゃんからの報復を危惧したのか、私の味方側のクラスメイト達、ゆっくんやお兄ちゃん、そして何故か3年生の皆さんまで、私の傍には誰か必ず何人か居てくれた。そんなに心配してもらわなくとも、流石に咲歩子ちゃんも、そこまではしないでしょうに。そう思っていた私は、甘過ぎるのだろうか…。


こうして文化祭で発表するお芝居は、着々と準備が進んでいく。主役の私は、お嬢様らしい動きやセリフの練習も、思っていた以上に大変だったし、衣装を着て動くのはもっと大変で、学校での練習だけでは追いつかない状態だ。だから家でも、自主的に練習している。お兄ちゃんやゆっくんと一緒に。


ゆっくんは凄いよ。短時間で、王子様らしい動きやセリフを、身につけて。私なんて、どれだけ練習したことだろうか…。それでも漸く様になって来たけど、姫と呼ばれるような令嬢の動きとしては、まだまだ…ぎこちない動きだと思う。


咲歩子ちゃんが言う通りになれば、ゆっくんに恥をかかせてしまう。私が馬鹿にされるよりも、ゆっくんが馬鹿にされる方が、絶対に嫌だ!…だから私は、誰にも文句を言わせないような、完璧な演技をするのだ。完全に公爵令嬢に、成り切ってやるのだ。そういうイメトレも、1人でしている。私の所為で、お芝居が失敗したなんて、


こんなにお芝居の練習をしたのも、こんなにお芝居の練習を頑張ったのも、これが生まれて初めてなんだよね…。普段は脇役の私が、まさかの主役を演じるなんて、夢でさえも…見たことがないのに。


今日その努力は実を結び、血の滲むような努力の甲斐もあり、主役の演技を見事に演じ切った私。お芝居が終わった後の拍手と歓声は、私にとって自分の演技を認められたような気がして、多分一生忘れられないものとなるだろう。こんなにも清々しい気分は、初めてだったもの…。


これもそれもゆっくんやお兄ちゃん、そしてりっちゃん達クラスメイト達みんなのお陰である。ちぃちゃんも違うクラスなのに、暇を見つけては色々と手伝ってくれたのだ。本当にみんなのお陰だよ、ありがとう!


その後、乙女ゲームのお芝居の主役として、前代未聞のお芝居だったとして、私は更に違う意味で注目を浴びることになったよ。そのお陰もあって咲歩子ちゃんは、私に容易な嫌味を言えなくなったようで、以前のようには近づけなくなったみたいだ。それに以前は、私のことを悪く思わせる陰口を、誘導していたこともあるらしいけど、その後は一切なくなり、そして何故か彼女の姿も、一切見かけないようになる。


あれから私の味方は、確実に増えている。お兄ちゃん達のクラスメイトの先輩達には、「私達は華奈未ちゃんを、応援するからね!」と言われ、一体何を応援されるのだろう…と、逆に不安になった。やっぱり、咲歩子ちゃんとのことだろうね…。その時の私は、そう思っていた。に…。


乙女ゲーにハマる女子も、以前より増えたみたいだ。私達のお芝居が切っ掛けで、乙女ゲーに興味を持ってもらえたのならば、それはそれで…嬉しいかな。私も今回のお芝居で沢山の人達と関わり、大勢の人達から声を掛けてもらえて、主役をやって本当に良かったよ。


あとは…咲歩子ちゃんとも、いつか分かり合える時が来れば良いなあ、という理想を抱きつつも、ちぃちゃんやりっちゃんとそして…ゆっくんと、仲の良い人達に囲まれた私は、今日も元気で幸せですっ!





                完






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 今回で本編は、主人公視点で最終話となりました。


最後は駆け足になった感はありますが、抜けた部分は番外編で補足したいと考えていますので、もう暫くお付き合いくださいませ。


お芝居の練習が始まった後の話は、長くならないようさらっと流しました。最初から10話程度を目安としていた為、切りも良いので本編はこれで終了としました。補足したい事項もあるので、番外編で纏めて行こうかと思います。


現実世界での悪役令嬢枠だった少女は、途中から姿が見られなくなりますが、その理由は番外編にて語られることでしょう。


この物語自体が、本当は異世界でもなく乙女ゲーの世界でもなく、また転生者も存在しない現実世界でしたので、断罪は法でしか裁けないものであり、最終的には悪役令嬢枠の少女がバットエンド的な最期を迎えました。但し、死亡とかそれに近い展開ではない為、これからの彼女次第では、ハッピーな人生が待っているかもしれません。(※詳しいバットエンド的な内容は、番外編で書く予定。)


主人公達以外のカップリングは、省略させてもらいます。また機会があれば、脇役キャラのその後でも書けたらいいなあ、ぐらいには考えていますが…。短編か何かで…。


番外編は主に現代版の断罪を、より明確にする方向で投稿する予定です。この物語自体が、乙女ゲーム版と現実版の断罪がメインなので…。



※本編は丁度切りの良い10話にて、終了とされていただきます。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。今後5話程度の番外編を予定しておりまして、もう暫らくお付き合いいただけますと、嬉しいです。宜しければ、他の作品もご覧いただけますと、大変光栄です。


※次回は、登場人物の紹介の予定です。本編でも出て来ない情報が…。

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