友人


「ただいま戻りましたー」


「おかえりなさい、カズトさん」


 家に入ると、エプロン姿のアマーリエが出迎えてくれた。


「あれ?アスナはいないんですか?先に帰ったはずなんですが」


「ああ、あの子なら、雑貨屋に行ってますよ。カズトさんが帰って来たら、迎えに行こうと思ってたんです」


「そうなんですか。それなら、俺が迎えに行きましょうか?」


「いえ、そんなに遠くないので私が行きますよ。カズトさんはのんびり待ってて下さい」


「了解です。じゃあ庭で稽古してますので、戻ったら声をかけて下さい」


「分かりました。では、行って来ますね」


 雑貨屋へ向かうアマーリエを見送って、俺は庭に出た。


 さてと。


 アスナ達が戻るまで、朝の続きでもやるか。


 アイアンボアが拍子抜けすぎて、なんか消化不良だから身体を動かしたいんだよな。


 素振りは千回やってるから、型稽古するか。


 ………

 ……

 …


「はっ!せい!はあ!」


 よし、良い感じに身体が温まってきた。


 これで爺さえいれば完璧なんだけどなあ……。まあ、無い物ねだりしても仕方ないか。


 ………

 ……

 …


「はあ!せや!せい!」


 じー。


 ん?


 じー。


 どこからか視線を感じる。


 辺りを見渡すと、門のそばに少女がいた。


 誰だろ?アスナと同じ年頃に見えるから、アスナの友達なのかな?


 じー。


 ……ずっと見られてるから、集中できない。ちょっと休憩するか。


 剣を置き、適当な丸太に座ると、少女が小走りで近づいて来た。


「お兄さん、誰?ここで何してんの?」


 あー、なるほど。知らない男が知り合いの家で木剣振り回してたら、話しかけづらいわな。


「俺はカズト。昨日からここで世話になってるんだ」


「ふーん、そうなんだ。あ、あたいはユヤ。よろしくな、カズト」


 ユヤと名乗った少女が手を伸ばしてくる。


「こちらこそよろしく」


 俺はその手を握り、握手を交わした。


「アスナに用があって来たんだけど、アスナいる?」


「雑貨屋に行ってるらしくて、今アマーリエさんが迎えに行ってるよ」


「そっか。じゃあ、すぐに帰ってくるね。一緒に待っててもいい?」


「構わないけど」


「よいしょっと。ねえねえ、カズトは何で村長ん家で世話になってんの?」


 ユヤは俺の隣に座り、雑談を始めた。


 近い近い。広い庭で何でわざわざ俺の隣に座るんだよ。随分と距離感が近い娘だな。


「森を彷徨ってる時にアーロンに出会ってね。で、色々あって世話になる事になったんだ」


「へえ、そうなんだ。あの森は危険な魔獣がいるから、運が良かったね」


「そうだな。本当に運が良かったよ」


 マジでそう思う。アローンに出会ってなければ、あの森でサバイバル生活をするところだった。食い物には困らないだろうが、水の確保や火起こしとか、そういうサバイバルの知識なんてないもの。


「そういえば、カズトはアスナともう戦った?カズトみたいなタイプなら、間違いなく旦那探しの標的になるはずだけど」


 標的って。まるでアスナが肉食獣かハンターみたいないいようだな。


「ああ、戦ったよ」


「あの子、強かったでしょ。この村じゃ敵無しなんだよ。だから、負けても恥じゃないからね」


「俺は負けてないよ」


「……え?今なんて?」


 俺の言葉を理解できないようで、もう一度聞き直してきた。


「だから、俺は負けてないって」


「えー⁉︎負けてないって事は……まさか、あの子に勝ったの⁉︎」


 ユヤは信じられないものを見るような目で俺を見てくる。


「ああ、楽勝だった」


「アスナが負けるなんて信じられない……そっか、じゃあ、カズトがアスナの結婚相手なるのか。良かったね、美少女がお嫁さんになって」


「なんでそうなるんだよ⁉︎」


 予想してなかった発言に、思わずツッコミを入れてしまった。


「だって、旦那探しでカズトがアスナに勝ったんだから、アスナの旦那はカズトじゃん」


「いやいや、ないない。アスナにも選ぶ権利があるんだから、俺みたいなおっさんじゃなくて、同年代に良い相手がいるさ」


「おっさんて。カズトは何歳なのさ?」


「二十五」


「二十五って、全然おっさんじゃないじゃん。ていうか、カズトはアスナの事、どう思ってるのさ」


「どうって、凄く可愛い女の子だと思う。それこそ、年の差がなければ、お嫁さんになって欲しいくらいだよ」


「カズトってやけに年の差を気にするね。そんなの愛の前じゃ関係ないのに。アタイの婚約者だって六歳上だよ?」


「婚約者⁉︎」


 え?この娘、まだ幼さが残る容姿なのに、もう婚約者がいるの?


「何をそんなに驚いてるのよ。アタイも十五だし、婚約者くらいいるわよ」


 いや、驚くよ。日本じゃ結婚なんて縁のない年頃だもの。


「アタイの婚約者凄いんだよ!村長の弟子で、強くてカッコいいの。今日だって、村長と一緒に魔獣狩りに出かけてるんだから。村長に頼りにされてて凄いでしょ」


 ん?魔獣狩りに行ってた?じゃあ、あの三人の内の誰かがこんなに可愛い娘の婚約者なのか?


「ちなみに、その婚約者の名前は?」


「ヨセフだよ」


 あいつ、リア充だったのかよ……確かに女性にモテそうなタイプだったけどさ……歳下で美少女な婚約者とか、正直羨ましい……。


「カズトはヨセフを知ってるの?」


「ああ、俺も魔獣狩りに参加してたからな」


「そうなんだ。じゃあ、カズトがここにいるってことは、ヨセフも帰ってくるんだね」


「今は魔獣の死体を運んで来てるよ。俺とアスナは先に帰って来たんだ」


「え⁉︎アスナ、魔獣狩りに行ってたの⁉︎」


「ああ、俺が護衛になる条件付きでな」


「へえー、カズト、村長に信頼されてるんだね」


「まあ、少なくとも剣の腕は信用されてるみたいだな」


「それって凄いことだと思うよ。まあ、あたいのヨセフの方が凄いけどね!」


 ユヤはえっへんと胸を張る。


 この子、ヨセフのことが大好きなんだな。俺にも、こんなに俺のことを想ってくれる人と出会えるかな。


「ただいまー。カズトさん、先に帰ってごめんね。って、なんでユヤが一緒にいるの?」


 ユヤと話し込んでると、アスナが帰って来た。


「おかえりー。アスナに用があって来たんだよ」


「私に用事?」


「マキナ達が、一緒に街まで買い物に行かないかって言ってるんだけど、アスナはどうする?」


「今回は遠慮するよ。カズトさんに稽古つけてもらいたいし」


「そっか、じゃあマキナ達には都合が悪かったって言っておくよ。ていうか、カズトに稽古つけてもらうって、弟子にでもなったの?」


「そうだよ」


「へえ、旦那で師匠なんて不思議な関係だね」


「旦那って……まだ違うもん!」


 まだ?まだって言った?え、え?これって脈ありってこと?いやいやいやいや、焦るなカズト。希望を持つんじゃない。勘違いだったら一生立ち直れないぞ。


「『まだ』、なんだね。良かったね、カズト。どうやら脈ありみたいだよ」


 やっぱりそうなのか?いやでもな……いかん、恋愛経験なさすぎてどうしたらいいか分からん。


「ユヤ!」


「あはは、ごめんごめん。ちょっと揶揄いすぎたね。さてと、お邪魔虫はそろそろ帰るよ。またね、カズト」


「あ、ああ、またな」


 ユヤは大きく手を振りながら帰って行った。


「まったくもう……ごめんね、カズトさん。あの子、悪い子じゃないんだけど、人を揶揄うのが好きなんだよ」


「俺は気にしないよ。さ、約束通り、稽古を始めようか」


「うん!よろしくお願いします!」


 元気よく敬礼するアスナを見て、俺は冷静になりどんな稽古がいいか考えるのであった。

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