魔獣狩り ②


「お父さん遅いね」


「え?まだそんなに経ってないけど?」


 時計が無いから正確な時間は分からないけど、まだ三十分くらいじゃないかな。


「どうせいつものメンツなんだから早く来てほしいよ」


「いつものメンツ?」


「うん。お父さんに師事してる三人組。ちなみに私より弱いよ」


「師事って事は弟子ってことか。てことは、アスナの兄弟弟子ってことになるのか」


「立場的にはそうなるのかな。でも、年下の小娘にぼろ負けする人達を兄弟子とは言いたくないよ」


 相変わらず辛辣な物言いだな。まぁ、言いたい事はわかるけど。


「まあ昨日見た限り、アスナは筋が良いからそこらの男じゃ勝てないだろうね」


「本当⁉︎私、才能ある⁉︎」


「その歳であれだけ出来れば、才能あるんじゃないかな」


「やったー!師匠に褒められたー!」


「調子のらない。才能はあるけど、それに胡座をかいたらその先はないよ。慢心せず、実直に剣に向き合う。それが強くなる道だよ」


 俺も爺によく言われた言葉だ。調子にのって慢心すると、どれだけ才能があっても剣は鈍る。常に己を鋭く研ぎ澄ます。それが武術の基本だと。


「わかりました!」


 まあ、アスナは素直だから大丈夫だろう。


「よしよし、アスナは素直だね」


 俺は手を伸ばし、アスナの頭を撫でてやった。


「は、はわわわ……」


 頭を撫でていると、アスナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 あ、ちょっと気安すぎたか。悪気はなかったんだがな。


「ごめん。嫌だったか?」


「ううん、ちょっとびっくりしただけ。だからもっと撫でて……」


 顔を赤く染めたアスナがそう言って頭を擦り付けてきた。


 凄く可愛い……小動物みたいで、めっちゃ甘やかしたくなる。


「よしよし。こんな感じでいいか?」


「うん、凄く気持ちいい……」


「じゃあ、アーロン達が来るまで撫でてあげるよ」


「ありがとう、カズトさん……」


 なんか女の子の身体に触れるのに緊張しなくなってきた。


 相手がアスナだからかな?


 ………

 ……

 …


「おーい!アスナ、カズト、待たせたなー!」


「あ、やっと来た!遅いよ!どれだけ待ったと思ってるの!」


「悪い悪い、コイツらが準備に手間取ってな。責めるなら俺じゃなくてコイツらにしてくれ」


「そりゃないぜ、村長。朝っぱらからいきなり魔獣狩りに行くぞって家に来られて、すぐに準備出来るわけないだろう」


 村長?アーロンって村長だったの?まあ、村で唯一風呂がある大きい家に住んでるんだから一般人じゃないとは思っていたけど、まさか村長だとは思ってなかった。


「言い訳すんな。いつ如何なる時もすぐに対応できるように準備しておけっていつも言ってるだろ。ほら、文句言う前に、カズトに自己紹介しろ」


「あーそうだったな。俺はケネディ。村長の一番弟子だ。よろしくな」


「僕はヨセフ。これからよろしくお願いします」


「レーガンだ。よろしく」


 ケネディにヨセフにレーガンか。随分と個性的な三人組だな。


 ケネディは金髪リーゼントの髪型に鋭い目つき。一昔前のイキったヤンキーみたいな見た目だ。


 ヨセフは眼鏡をかけた学級委員長タイプ。華奢な身体でパッと見剣術を学んでるようには見えない。


 で、最後のレーガン。コイツは凄い。服がはち切れそうなほどの逞しい筋肉。まるでボディービルダーみたいだ。剣士じゃなくてレスラーの方が似合ってる。


「俺は不知火一刀だ。これからよろしくな」


 一人ずつ握手をしていると、ケネディが俺の手を強く握りしめてきた。


「なあ、村長。こいつ、強いんだろ?」


「ああ。信じられないくらい強いぞ」


「へえ、そうなのか」


 アーロンの答えに、ケネディが目をギラつかせている。


「おい、お前まさか……」


「なあ、あんた。俺と一戦やらないか?」


 はぁ?また勝負?この世界の人間は戦闘民族なのか?


「はあ、やっぱりな。やめとけやめとけ。お前じゃ絶対に勝てないから」


「ケネディ、村長がやめておけって言ってるんだからやめておこうよ」


「ヨセフの言う通りだ。それに、これから魔獣の相手するんだぞ?怪我でもしたらどうするんだ」


「大丈夫大丈夫。みんな心配しすぎだって。なあ、いいだろう?軽くやり合うだけだけからさ」


 アーロン達が諌めるもケネディは聞く耳を持たない。


「はぁ……まったくお前は……カズト、すまないがこいつの相手をしてやってくれないか?手加減しなくていいからよ」


 えー、面倒くさい。これから魔獣の相手をするんだから怪我させたくないんだけど。


「やっちゃえ、カズトさん!ケネディなんてボコボコにしちゃえー!」


 よしやろう。アスナに応援されるとやるしかない。可愛い弟子にカッコいいところ見せたいからな。


「わかった。ルールはどうする?」


「そうだな……じゃあ、武器は無し、素手でやろうぜ。その方があんたの怪我が少なくていいだろう?魔獣狩りの前に大怪我させるわけにはいかないからな」


 ……あ?今なんて言った?俺を格下って言ってるのか?ムカつくなぁ……よし、少し痛い目にあってもらおう。


「その条件でいいよ。アーロン、立ち合い人を頼んでいいか?」


「お安い御用だ。両者準備はいいか?」


「ああ、問題ない」


「俺もいつでもいけるぜ!」


「……始め!」


「うおおおおお!くらえぇぇぇぇぇ!」


 ケネディは勢いよく間合いを詰めて、力を込めたパンチを放ってきた。


 なんだ、このパンチ?腰の入ってない手打ちじゃないか。あんな挑発めいたことを言ってたのに、蓋を開けるとこのザマかよ。


 俺はケネディの一撃を躱し、ガラ空きの鳩尾とレバーに全力の半分くらいの力で拳を叩き込み、


「ぐふっ⁉︎」


 落ちてきたケネディの顎先を返す刀で掠めるように打撃を放った。


「⁉︎」


 脳を揺らされたケネディは意識を手放し、糸が切れた操り人形の様に前のめりで倒れた。


「ケネディ!おい、ケネディ!」


 レーガンが慌ててケネディを抱き起こし、身体を揺さぶる。


 おいおい、脳震盪をおこしてる人間を揺さぶるなよ。


 しかも、まだ試合中だぞ。


「おい、レーガン。ケネディの様子はどうだ?」


「駄目です。完全に気絶してます」


「そうか。ケネディ戦闘不能により、この勝負、カズトの勝ち!」


「やったー!さすがカズトさん!」


 アスナが勢いよく抱きついてきて、危うく倒れそうになった。


「おい、いきなり飛びつくと危ないだろ」


「えへへ、つい興奮しちゃって。凄くカッコよかった!」


「あ、あのアスナさんが懐いてる……信じられない……」


 ヨセフが奇異の目で俺達を見ている。


 人懐っこいアスナが誰かに抱きつくのって、そんなにおかしい事なのか?


 いや、男に抱きつくのがおかしいのか。


 でも本人がそれでいいなら問題ないと思うけどな。


「ううん……」


「おい、大丈夫か⁉︎」


「レーガン……俺は……俺はどうなったんだ……?」


「お前は負けたんだ。カズトの攻撃で気絶してな」


「攻撃……?駄目だ……身体は痛むが、何をされたのか思い出せない……」


「まったく情け無い……俺の一番弟子を名乗るなら、簡単に負けんじゃねえよ」


「すみません……」


「これに懲りたら。格上相手に喧嘩を売らない事だな」


「はい……」


 ケネディは鳩尾とレバー抑えながら項垂れている。


「そろそろ森に入りたいんだが、もう大丈夫か?」


「はい、もう大丈夫です、っと」


 ケネディはその場で立とうとしたが、上手く立てずに尻餅をついてしまった。


「全然大丈夫じゃないじゃないか。お前がいないと話にならん。お前の回復を待って森に入るからな。回復するまで動かずに座ってろ」


「はい……すみません……」


 俺達はすっかり大人しくなったケネディの回復を待って、森へと入る事にした。

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