試し合い ②


「着いたぞ。ここが俺が暮らしている、そしてお前がこれから暮らすアドネ村だ」


 森を抜けると、すぐ近くに村があった。へぇ、結構広い村だな。人も多いし、栄えているのが良くわかる。トップがよほど優秀なんだろう。


 ん?何だアレ?


 村を見渡していると、場違いなものを見つけた。レンガ造りの洋風の家の中に、瓦葺の大きい屋敷がある。しかも日本庭園の様な物付き。もしかして、日本人がいるのか?でも、アーロンは日本を知らなかったし……後で聞いてみるか。


「時間が勿体無い。早く家に行くぞ。村人に紹介するのは明日でいいだろう」


 アーロンについて村の中を歩いて行ていくと、他の家と比べると一回り大きな屋敷が鎮座していた。


「ここがお前の暮らす家だ。な、無駄にデカいだろ?」


 確かにデカい。確かこの家に三人暮らしって言ってたっけ。このデカさなら、十人家族でも余裕あるだろ。アーロンって何者なんだ?もしかしたら凄く金持ちなのか?


「おーい、帰ったぞー」


「はいはい。あなた、おかえりなさい」


 アーロンが声を上げると、奥から女性が歩いて来た。


 髪は淡く透き通る緋色のロング、その瞳は宝石のような美しい碧眼。思わず見惚れるくらい綺麗な女性だ。


 ……こんなに綺麗な奥さんが居るって、アーロン、勝ち組じゃないか……もっと痛めつけとけばよかったかな?


「あら?そちらの方は?」


「ああ、こいつはカズト。森で偶然出会ってな。どうも記憶喪失らしくて、暫くうちで面倒を見る事にした。お前も色々と気にかけてやってくれ」


「不知火一刀です。よろしくお願いします」


「そうですか……それは大変ですね。妻のアマーリエです。自分の家だと思って、遠慮しないで暮らしてくださいね」


「はい、お世話になります」


 本当は記憶喪失じゃないから良心が痛む……。


「飯は出来てるか?動きすぎて腹が減ってんだ」


 そりゃあ、あんだけ剣を振り回せば腹も減るわな。


「もうすぐ出来上がりますよ。ですが、あなたは食事の前にその汚れを落としてください」


「分かってるよ。そういえば、あいつは帰って来てるのか?」


「まだですよ……」


「またか……あのじゃじゃ馬娘が……」


 アーロンが苦虫を噛み潰した様な表情をする。


「じゃじゃ馬娘?」


「ああ、うちの一人娘だ。これがかなりやんちゃでな、女だてらに毎日男を捕まえては旦那探しと称して叩きのめすんだよ。そのせいで、自信をなくす奴も多くてな。俺やアマーリエの言う事も聞かないし、どうしたもんかと悩んでんだ」


「男を叩きのめすって、結構な腕前なのか?」


「ああ、同世代に敵はいないだろうな。今まで一度も負けた事ないらしいからな。まぁ、負けたら結婚だから、親として喜んでいいやら悲しんでいいやら。複雑な気分だよ」


 アーロンは深くため息をついた。


 同世代に敵無しってのは凄いな。男と女だとどうしても体格の優劣ができてしまうからな。それを補ってあまりある技量があるって事だ。もしかしたら剣の才能があるのかもかもしれないな。


「一回でも負ければちょっとは大人しくなるかもしれないんだが、結婚抜きでちょうどいい相手がいないんだ」


「アーロンが相手すればいいんじゃないのか?」


 ちゃんと鍛錬してるみたいだし、さすがに娘には負けないだろ。鍛えた時間に差があるんだから。


「いや、『おじさん達に興味はないの!そもそも旦那さんを探してるんだから、お父さんと闘う意味ないじゃん!』、だとさ」


 おじさん達ってのは村の大人達か。確かに結婚相手とするなら興味はないか。


「ははは、正論だな。目的は旦那探しなんだから、アーロンと戦う意味はないわな」


「だろ?……そうだ、カズト、今何歳だ?」


「え?二十五だけど」


「よし!カズト、お前が相手をしてやってくれないか?」


「は?何で俺が?」


「カズトなら余裕で勝てるだろう?」


「まあ、勝てるっちゃ勝てるが」


 少なくとも女の子に負けるような鍛えかたはしていないからな。


 もし負けたら、爺に殺されるわ。


「あら、カズトさん、そんなに強いの?」


「ああ、俺相手に剣を抜かずに勝ったからな」


 アーロンは肩を落として悔しそうに口にする。


「あなたに勝った⁉︎それも剣を抜かずに⁉︎」


 アマーリエが両手を口にあてて驚いている。


「ああ、何をされたのかも分からなかった」


「そうですか……カズトさん、お強いんですね……」


 心の底から感心した様な表情でアマーリエが俺を見てくる。


「だから、カズトなら優しく勝ってくれるはずさ。お前もそう思うだろう?」


「……反対したいところですけど、確かにあの娘のお転婆には悩まされてるし……カズトさん、なるべく怪我をさせずに勝てますか?」


「完全に無傷で勝てるかは相手の実力次第ですけどね。まあ、顔とか目立つ所は外しますけど」


「大丈夫だって。カズトの実力なら、あいつは子猫みたいなもんだ。だからさ、なんとかお願い出来ないか?」


「そう言われてもなぁ……年頃の女の子と勝負は気が乗らな___」


「私からもお願いします。今のままでは、いつか大怪我してしまうかもしれません。なので、この機会にお灸を据えて下さい」


 アマーリエがそう言って頭を下げた。


 こ、断りづれぇ……確かに【風柳】を使えば無傷で倒せるだろう。だけど、女の子の身体に触れるのは気が引けるんだよなあ……だって触った事ないんだもん。うちの道場の門弟、むさい男しか居なかったし。


「ただいまー。あーお腹空いたー」


 俺があれこれ思考を巡らさせていると、玄関の方から元気な声が聞こえてきた。


「お、噂をすれば、お転婆娘のご帰宅だ」


「お母さーん、ご飯出来てるー?」


「おかえりなさい。もうすぐ出来るわ。今日はあなたの好きなグラーシュよ」


「やったー!って、あれ?お客様?」


 目の前に現れた少女を見て、俺は驚きのあまり固まってしまった。

 まるで白磁の様な肌、母親より濃い緋色のローツインの髪、目はルビーの様に美しい紅。とても美しい少女だ。

 しかし、俺が驚いたのはそこじゃない。

 髪や目の色は違うが、その容姿は俺の初恋の少女と瓜二つだった。


「ああ、こいつはカズト。暫くうちで暮らす事になったから、仲良くするんだぞ」


「そうなんだ。娘のアスナです、よろしくお願いしますね」


 アスナが手を差し出してくる。


 名前まで一緒か……どんな偶然だよ。


「あ、ああ、こちらこそよろしく」


 差し出された手を握り返し、握手をした。


「そういえば、アスナ。今日も旦那探ししてたのか?」


「うん!今日は年上の人とも勝負したんだけど、全然弱くてさ。誰か強い人いないかなー。あ、お父さん達は抜きだよ」


「そうかそうか。実はな、ちょうどいい相手がいるんだが、一戦どうだ?」


「え、本当⁉︎どこ、どこにいるの?⁉︎」


「ここにいるカズトだ」


「え?カズトさん、強いんですか?そうは見えないですけど」


 おお、辛辣。思った事がそのまま口から出るタイプか。まぁ、強そうに見えないとはよく言われるから馴れてるけどさ。


「強いか弱いかは勝負してみればわかるさ。飯前に一戦どうだ?」


「やる!お父さんの推薦だし、どんな闘い方するのか見てみたい!」


 アスナがどこかで聞いたような言葉を口にした。やっぱり親子だからかな。


「ではルールを決めるぞ。武器は木剣。急所を狙うのは反則。相手が負けを認めるか、武器を破壊されるか、手放した方が負けだ。いいな?」


「了解」


「うん!」


「では……始め!」


「行くよ、カズトさん!」


 アスナは剣を八相に構えて突進してくる。


「はっ!せい!やあ!」


 次々と放たれる斬撃を躱しながら、アスナの力量を分析する。


 さすがアーロンの娘なだけあって太刀筋はいい。速度と手数もいい。……しかし、それだけだな。小柄な体格だから、間合いも狭いし、スタミナがないからすぐに限界がくる。今までやられてきた男って雑魚ばかりだったんだろう。ある程度の実力があれば、スタミナ切れを待って動きが鈍ったところを攻めるけどな。


「はぁはぁ……ほらほら、躱すだけじゃ勝てないよ!」


 父親譲りの斬撃を躱しながらアーロン達の方を見ると、アマーリエは心配そうに観覧し、アーロンはアスナの言葉に苦笑している。


 さすが親子。言ってる事がよく似ている。


 さてと、初恋の人に似た少女を傷つけたくないし………そろそろ決着をつけるか。やっぱり身体に触るのは気が引けるけど。


「そうだね。じゃあ、これで終わりにしよう」


 素早く振り下ろされた剣を握る手を掴み、そのままその手を引き武器を奪い取る。


「え?」


 アスナは何が起こったのかわからない様子で、一瞬思考が停止した様な状態になった。


 こうなると後は簡単な作業だ。


 彼女の足を払い、身体を支えながら出来るだけ優しく地面に倒し、奪った剣を未だ思考停止中の彼女の喉元に突きつけた。


「チェックメイトだね」


「さすがカズト、ちゃんと無傷で倒してくれたな」


「本当にありがとうございます。これでこの子も大人しくなってくれればいいのだけど……」


 アーロンからは賛辞の言葉、アマーリエからは感謝の言葉をいただいた。


「ほら、お前も起きてカズトに対戦の礼を言え」


「-…………」


 アスナは地面に寝転んだまま、顔を赤くして微動だにしない。


「おい」


「ふぇ⁉︎」


 アスナはアーロンの声に驚いて飛び起きた。


「カズトに勝負の礼を言えって」


「あ、あの、カズトさん……あ、相手をしていただいて、ほ、本当にありがとうございました!」


「こちらこそ楽しかったですよ」


「私も楽しかったです!じゃあ、私は身体を洗って来ますのでまた後で!」


 顔を赤くしたまま、アスナはダッシュで家の中に入って行った。


「なんだ、あいつ」


「あらあら、春ねぇ」


 アマーリエがくすくす笑う。


「?今は秋だぞ?」


「そう意味じゃないですよ。カズトさん、あの子のことよろしくお願いしますね」


「え?あ、はい」


 どういう意味だ?また対戦相手になってほしいってことか?


「では私も夕食の支度をするので行きますね。二人とも、汚れを落としてから来てくださいね」


 そう言ってアマーリエも家に入っていった。


「アスナもアマーリエもどうしちまったんだ?」


「さあ?俺にもわからないよ」


 アーロンがわからないなら、今日会ったばかりの俺に二人の心情なんてわかるわけない。


「ま、いいか。それより、俺達も身体洗ってさっぱりしようぜ。他の家と違ってあ、家には風呂があるぞ。沸かしてないから、今日は水風呂だけどな」


 村で唯一風呂がある家か。やっぱりアーロンは金持ちなのか?


「さあ、男同士、裸の付き合いといこうじゃないか!」


「ちょ、ちょっと待った!」


「どうした?」


「今行ったらアスナさんと鉢合わせになるんじゃないか?」


「ああ、それは大丈夫だ。あいつ、他人が居る時は部屋で身体を洗うからな。だから問題ないさ」


「ならいいけど」


「さあいこうぜ!背中流してやるよ!」


 アーロンは楽しそう手招きをしながら、家の中に消えていった。


 凄いハイテンションだ。そんなに俺と一緒に入りたいのか?もしかしてそういう癖が……ないか。あんなに綺麗な奥さんがいて、可愛い娘もいるんだ。じゃあ何であんなにハイテンションなんだ?


「おーい!早く来ーい!」


 考えても仕方ないか。さっさと入ってさっさと出よう。


 アーロンを追って、俺も家へと入って行った。

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